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米長期金利上昇による「株安シナリオ」が起きづらい理由
田中 純平
2021/03/02

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概要

2月25日の米10年国債利回りがザラ場で一時1.60%まで急上昇したことから、世界的に株式市場が急落する展開となった。一般的に長期金利の上昇は企業の借入れコストの増加を意味するため、株安の理由としては理屈が通っているかのように思われる。しかし、過去の長期金利と株式市場の関係を見れば、それは必ずしも当てはまらないことが分かる。



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今回のように政策金利が据え置かれる中で長期金利が目立って上昇したのは2013年5月

2013年5月といえば「テーパー・タントラム」だ。これは当時のバーナンキ元FRB(米連邦準備制度理事会)議長が突如として量的緩和の縮小について、5月22日の議会証言で言及したことから、米長期金利の上昇(債券安)と株安を引き起こしたイベントだ。この前日の米10年国債利回りは1.92%(終値)であったが、これが同年9月5日のピーク時には2.99%まで約1%ポイント上昇した。この間、S&P500指数は5月21日から同年6月24日まで5.76%下落することになったわけだが、実はその後は上昇に転じ、米10年国債利回りがピークをつけた9月5日のS&P500指数の終値は、5月21日時点から比較してわずか0.84%の下落にとどまっている。過去の推移から判断すれば、米10年国債利回りの上昇は短期的には株安要因となりうるが、時間の経過とともにその影響度合いは薄れていくことが分かる。つまり、長期金利上昇は(どちらかと言えば)株式の利益確定売りをする際の口実になっていると考えられる。

ファイナンスの世界ではROA>支払い金利であれば問題無し?

長期金利の上昇による株安が短期的な影響にとどまる理由として挙げられるのは、ROA(総資産利益率)と支払い金利(≒10年国債利回り+信用スプレッド)との関係だろう。純利益÷総資産で求められるROAが支払い金利を上回っているかぎり、借入金の増加はROE(株主資本利益率、純利益÷株主資本)を高めるという関係式がある(財務レバレッジと呼ぶ)。また、ROEは株主資本コストを上回っていれば、その企業は株主に対して付加価値を生んでいることになるため、「ROA>支払い金利」、「ROE>株主資本コスト」という関係式が成り立っているかどうかが、株高の前提条件となりうる。

それでは、市場関係者が予想する足元のS&P500構成企業のROAとROEはどれくらいなのだろうか?ブルームバーグが集計した市場関係者の予想(12ヶ月先、中央値)は、今年2月26日時点でROA9.6%、ROE35.9%と高水準だ。支払い金利は米10年国債利回り1.6%に信用スプレッド(簡便的に2%~3%と仮定)を足してもROAのほうが優に高い。また、NY大学の試算による株主資本コスト(今年1月時点)約5.4%の推計を用いると、ROEも株主資本コストを大幅に上回っている。つまり、長期金利がさらに上昇したとしても、十分バッファーがあることが分かる。

米長期金利の更なる上昇によって株式市場が短期的に軟調に推移するリスクはあるものの、企業の業績見通しが良好であれば、いずれはファンダメンタルズを反映した相場展開に回帰するのではないだろうか。


田中 純平
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系運用会社に入社後、主に世界株式を対象としたファンドのアクティブ・ファンドマネージャーとして約14年間運用に従事。北米株式部門でリッパー・ファンド・アワードの受賞経験を誇る。ピクテ入社後はストラテジストとして主に世界株式市場の投資戦略等を担う。ピクテのハウス・ビューを策定するピクテ・ストラテジー・ユニット(PSU)の参加メンバー。2019年より日経CNBC「朝エクスプレス」に出演、2023年よりテレビ東京「Newsモーニングサテライト」に出演。さらに、2023年からは週刊エコノミスト「THE MARKET」で連載。日本経済新聞やブルームバーグではコメントが多数引用されるなど、メディアでの情報発信も積極的に行う。日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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