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- 半導体業界が環境に及ぼす影響
半導体企業は環境汚染を悪化させているのでしょうか、それとも解決策を提供しているのでしょうか?
半導体業界の環境配慮についての信認に厳しい視線が注がれています。その一方で、半導体は(温室効果ガスの排出量と吸収量を正味ゼロにする)「ネットゼロ」社会への移行に不可欠です。
半導体業界が地球に負荷をかけているとの見方が、環境保護論者の間で広がっています。懸念が強まるのももっともです。半導体は資源を大量に消費し、面積が100万平方フィートに及ぶものもある巨大な工場で製造されるからです。また、半導体業界は年間1,000億立法メートル以上の水1を使用し、ほぼ1億トンの温室効果ガス2を排出しています。同様に、希土類金属(レアアース)も大量に消費し、大量の毒性廃棄物を排出しています。
近年、コンピューターの演算能力が増し、業界のエネルギー消費量が急増するに連れて、半導体業界による環境負荷(エコロジカル・フットプリント)を巡る懸念が強まっています。一方、米国や欧州の政府は、国内の半導体製造能力を強化するため、数百億ドル規模の支出を計画しています。信頼できる供給体制の確保が目的ではあるものの、かつてはさほど問題視されることのなかった、工場からの排出ガスや廃棄物を巡る課題の重要性が浮き彫りになっています。
このため、半導体銘柄は一見したところ、環境重視の投資ポートフォリオにふさわしくないように思われますが、詳細に観察すると全く異なる状況が浮かび上がります。
半導体企業と共に、グリーンな社会への移行を推進する
ピクテは責任ある長期の投資家として、ポートフォリオを構築する際に、業界や企業の環境への配慮が信認を得ているかどうかを重視していますが、半導体企業が、環境に配慮した社会への移行(グリーン・トランジション)の過程で果たしている役割に対する評価もなされるべきだと考えています。気候変動に関心を持つ投資家は、半導体業界の温室効果ガス排出量を見るだけでなく、専門家が「ハンドプリント」と呼ぶ、経済面へのプラスの影響も評価することが必要だからです。
半導体企業は脱炭素化の重要な要素である電化に、特に顕著な影響もたらしています。
2050年までに「ネットゼロ」を実現するには、化石燃料に替えて電気を使用し、エネルギー消費量全体に占める比率を足元の約20%から50%に引き上げる必要がある、と国際エネルギー機関(IEA)は試算しています3。
このことは、再生可能エネルギーの比率を30%から90%に引き上げる必要があることを意味します。脱炭素化の実現には、何よりも電化が必要です。エネルギー消費量を減らすことも必要ですが、これは、エネルギー強度の年間の改善率を、現行の2倍に相当する3%へと引き上げなければならないことを意味します。
「半導体企業はグリーン・トランジションを可能にする極めて重要な存在です。」
半導体企業がなければ、どれも実現しません。
特殊半導体の一つである「パワー半導体」は、電化の促進に不可欠であり、主に電力供給管理、(直流と交流の)電力変換、送配電、蓄電等に使われます。
パワー半導体市場の規模は約400億米ドルと、半導体市場全体の僅か5%に留まりますが、極めて重要な役割を果たしています5。
例えば、太陽光発電に際しては効率性が高く、信頼のおけるパワー半導体が、直流から交流への電力変換や、失われる電力量を最小限に抑えた送配電のために不可欠です。
また、電力需給の迅速な調整を可能にするパワー半導体は、送電網の更新にも不可欠です。
自動車業界の場合も同様です。自動車に搭載される半導体の数は、電気自動車(EV)への転換やスマート・カーの開発に伴って、10年あるいは20年前の2倍以上に増えています。
従って、半導体は再生可能エネルギーの開発から、送電網内の電力備蓄、EVやEVの充電に至る「電化のバリューチェーン」全体に不可欠だということになります。
こうした状況は、投資家に難題を突き付けています。半導体企業が自然界に及ぼすマイナスの影響と、半導体製品が経済面にもたらすプラスの影響との両立をどう実現したらよいかという課題です。
プラネタリー・バウンダリー(地球限界の枠組み)とライフサイクル・アセスメント
ピクテのグローバル・エンバイロンメント・オポチュニティーズ戦略運用チームは、上述の課題に、2つの分析フレームワークを使って対応していますが、どちらも企業のグリーン・トランジションへの寄与度の測定に役立っています。
枠組みのひとつは、ストックホルム・レジリエンス・センター(SRC)に所属する世界有数の科学者チームが考案した「プラネタリー・バウンダリー(PB)モデル」です。PBモデルは、地球の健康に極めて重要な気候変動、生物多様性、淡水の利用、化学物質による汚染等、9つの側面を分析し、人間が様々な活動を行うことのできる、安全な活動領域を規定します。
ピクテは、2つ目の枠組み、即ち「ライフサイクル・アセスメント(LCA)」を併用し、投資活動にPBモデルを活用しています。LCAは、製品のライフサイクル上で使われる資材、エネルギーならびに水の量と、使用に伴って排出される温暖化ガス排出量を定量化するための手法です。LCAを使うことで、企業が環境に及ぼす影響をPBモデルの9つの側面に沿って示すことが可能になります。
半導体業界によるフットプリント
図表1は、2つの枠組みがどのように使われるかを例示したものです。このPB-LCAモデルは、半導体機器メーカーがPBモデルの9つの側面のそれぞれに及ぼす影響の定量化に使われています。分析が示しているのは、この企業が生物多様性に甚大なマイナスの影響を及ぼしていること、また、(作業現場における、管理が可能であろう有害廃棄物や汚染水の排出により)重度の化学物質汚染を引き起こしていること、です。2つ以外の側面では、環境負荷は大きくありません。
同様に、半導体業界が環境に甚大な影響を及ぼしていることは事実であっても、他の多くの業界に比べれば負荷は小さいこと、また、絶対値での排出量は多いように見えても、世界の排出量全体に占める比率は僅か0.2%に過ぎないことも示唆しています6。
多くの企業が、グリーン・クレデンシャル(環境配慮の実績や信頼性)の改善に取り組んでいることにも勇気付けられます。ほとんどの企業が、(すべての消費電力を再生可能エネルギーでまかなう)再生可能エネルギー100%やネットゼロ、あるいはカーボンニュートラルを目標に掲げており、半導体気候関連コンソーシアム(Semiconductor Climate Consortium、SCC)は、半導体業界全体の目標として、2050年までの「ネットゼロ」達成に向けた取り組みを推進しています7。
温室効果ガス排出量の削減手段の一つに挙げられるのが、極端紫外線リソグラフィ (EUV)を使うことです。EUVはシリコンウェハー上に微細回路パターンを転写するための先端技術で、旧来型のUVに比べて転写の工程数が少なくて済むため、温室効果ガス排出量の削減を可能にします8。
また、半導体製造過程で排出される有害廃棄物や温室効果ガスの処理法の改善を通じて、排出量を削減することも手段の一つです。半導体メーカーは、製造現場での直接リサイクリングの導入を通じた廃棄物の削減も検討しています。
グリーン・ハンドプリント
半導体メーカーの製造工程だけに注目していると、半導体業界のグリーン・クレデンシャルの全体像を捉えることは困難です。製造工程以外にも目を向け、持続可能経済の構築に半導体業界が貢献していることを考慮することで、投資家は全く異なる結論に達する可能性があると考えます。
ここに半導体メーカーの「ハンドプリント」という概念が生まれるのです。
企業のハンドプリントとは、その製品が、顧客の環境負荷に対して与え得るプラスの影響のことです。企業が、通常よりも環境負荷の小さいソリューションを顧客に提供することで、企業はハンドプリントを生み出すことができます。この概念は、今のところ、二酸化炭素に限って使われていますが、水の消費や資材の使用等、二酸化炭素以外の環境側面にも幅広く使うことが可能だと考えます。
従って、ハンドプリントという用語は環境に与えるプラスの影響を表すものであり、大きければ大きいほど望ましく、大きさについての限度はありません。
とはいえ、ハンドプリントは、基本となるシナリオと仮説シナリオの差であるため、正確な定量化は困難であり、従って、気候変動開示規則に含めることは現実的に難しいと考えます。
しかし、ピクテは、ハンドプリント評価をグローバル・エンバイロンメント・オポチュニティーズ戦略の運用プロセスにおいて、重要な要素としています。環境負荷を最小化するだけでなく、顧客、ひいては経済全体に対するハンドプリントを増やすことのできるソリューションを提供する企業を特定し、投資対象に含めたいと考えているからです。
ピクテの分析が示唆しているのは、半導体機器メーカーのフットプリント(環境や社会に与えるマイナスの影響)が、潜在的なハンドプリントに比べて遥かに小さいということです。半導体機器メーカーは、再生可能エネルギー発電から効率的な電力使用に至る、グリーン・トランジションの推進に重要な役割を果たしています。
MSCIの分析によると、半導体メーカーおよび半導体機器メーカーのおよそ半数が、太陽光発電や電気自動車(EV)等、グリーン・トランジションに直接的に貢献する製品やサービスを収益源としています9。また、グリーン・トランジションに間接的に貢献する企業も多いと考えます。
その影響を定量化するのが難しい上に、入手可能な研究結果は限られています。従って、数値は全て概算値として取り扱う必要がありますが、(コンサルティング大手の)アクセンチュアと持続可能性を推進する国際団体(Global Enabling Sustainability Initiative:GeSI)が行った分析は、通信技術(ICT)業界が提供するソリューションが2030年までに世界全体の二酸化炭素排出量を(足元の排出量の約3分の1に相当する)12ギガトン削減する可能性を示唆し、モビリティー、製造、農業、建設およびエネルギー部門全体で、持続可能な経済成長を奨励しています10。
例えば、エネルギー産業の場合は、エネルギー管理システムの導入、送配電網への再生可能エネルギーの利用の拡大や統合、送配電網の効率性の改善等を通じて、排出量の削減が実現できる可能性があります。また、建設業の場合は、ビル管理システム(Building Management System, BMS)の導入を通じ、排出量を30~40%削減できる可能性があると考えます。BMSはコンピューターを使って、暖房、換気、照明等の機械設備や電気設備の監視および調整を行います。
半導体、ひいてはテクノロジー産業がなければ、これらの削減は難しいと考えます。エネルギー、建設、製造業を併せた削減可能な排出量の総量は、テクノロジー産業の排出量のほぼ5倍に相当する5.8ギガトンに達します11。農業等、3つの産業以外の分野を加えれば、削減量が更に増えることは間違いありません。
現状を俯瞰すると、半導体産業が電化、ひいては脱炭素化に不可欠の存在であり、グリーン・トランジションの重要な構成要素だということは明らかです。
[1] https://www.semiconductor-digest.com/water-supply-challenges-for-the-semiconductor industry
[2] IEA Global Energy Review 2021, SEMI
[3] International Energy Agency
[4] World Energy Transitions Outlook 2023, IRENA
[5] https://straitsresearch.com/press-release/global-power-semiconductor-market-size
[6] IEA Global Energy Review 2021, SEMI
[7] https://www.semi.org/en/industry-groups/semiconductor-climate-consortium
[8] https://www.eenewseurope.com/en/imecs-virtual-fab-models-climate-impact-of chipmaking-processes/
[9] MSCI, Industry Report: Semiconductors & Semiconductor Equipment, 2022
[10] https://smarter2030.gesi.org/downloads/Full_report.pdf
[11] WRI, IPCC, GeSI, SMARTer2020, Accenture, Pictet Asset Management
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