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- 米国:金融政策の正常化か労働市場の救済か?
労働市場を通して、米国の今後の利下げサイクルを考えてみます。
■概要
● 労働市場の穏やかな緩和が基本シナリオとなっています。失業率は、2023年4月の3.4%を底に、2024年8月には4.2%まで上昇しましたが、これは需要よりも供給要因によるものでした。2023年に失業率が上昇し始めた当初は、それまで極めて低い水準にあった解雇が正常化したことと、高い水準にあった労働需要が低下したことが原因と見られていました。最近の失業率の上昇は、労働市場に新たに加わった労働者が、すぐに仕事を見つけられなかったことから生じており、解雇ではなく、採用(労働需要)の弱さを反映しているものと思われます。したがって、2024年8月までの失業率の上昇は、サーム・ルールの発動が示すような通常の循環的な転換点とは異なっているように見えます。
●しかし、インフレ懸念が後退し労働市場が調整されていることから、現在の金融政策の立場は過度に制約的です。労働需要が弱すぎて一時的に高まった労働供給の伸びを吸収できないという状況はゆっくりと進行する問題であり、米連邦制度準備理事会(FRB)は金融政策を緩和することで対処できる可能性があります。
●解雇の急激な増加や、積極的な政策対応を必要とするような雇用の悪化の兆候は見られません。よほどの金融ショックがない限り、FRBは年内に複数回の利下げを行い、政策正常化サイクルをスタートさせると思われます。
●ただし、より前倒して緩和する可能性、つまり大幅な利下げやより速い中立水準への回帰の可能性が高まっています。労働需要の低下や解雇の増加が明確に現れれば、FRBは力強く対応するでしょう。
●現在の低い採用と解雇の水準は、脆弱な均衡状態である可能性があります。まず、こうした状態により、労働市場は外的要因の影響を受けやすくなります。また、労働需要が堅調であっても、雇用の伸びの変動などによって、一時的に給与水準が低くなることが避けられません。大きな懸念は、採用の鈍化が人件費削減や大規模な解雇につながり、雇用の減少と支出の削減との間で負のループが発生する可能性があり、政府の対応が困難になる可能性があることです。
低水準の採用と解雇は、脆弱な均衡状態となり得る
米国労働市場の冷え込みが、ソフトランディングに向けた一歩なのか、それとも景気後退に向けた一歩なのかは、今後数か月にわたる緩和サイクルの性格を決定する上で重要です。ソフトランディングの場合、金融政策の正常化が進み、利率が徐々に中立水準まで引き下げられるでしょう。一方、景気後退や労働市場の救済の必要性がある場合は、政策金利は中立水準、またはそれ以下まで大幅に引き下げられると思われます。
米国労働市場は調整され、移民の増加やプライム・エイジ(25~54歳)層の労働参加率の上昇により供給が需要に追いついた一方で、求人数の大幅な減少により労働需要は鈍化しました。
「コップ半分の水」の視点からすれば、これは安定した労働市場であり、2018年と似た状況です。しかし、「コップの半分は空」の視点からすれば、望ましい状況とは言えず、労働市場の勢いはかなり失われています。
現在の景気循環サイクルでは、物価上昇率と失業率の関係を示すフィリップス曲線などの他のモデルを用いるよりも、失業率と欠員率の関係を示すベバリッジ曲線の方が、より有益な指標となっており、この枠組みを通して見ると労働市場は転換点にあると言えます。ベバリッジ曲線は当初、欠員率が減少し、その後に失業率が上昇し始めることを示しています。FRBのウォーラー理事は、求人数の減少による、比較的小幅な失業率の上昇により、労働力需給のバランス調整が可能であると予測していました。しかし、ウォーラー理事はまた、求人率が4.5%以下(現在は4.6%*)に低下し続ける場合、失業率が大幅に上昇する可能性があると指摘しました。
これまでのところ、労働市場の状況は、軟化はしても悪化はしていないと見るべきでしょう。給与所得の伸びは、家計の可処分所得の主要な源泉であり、新型コロナ感染症の世界的大流行(以後、パンデミック)以前の範囲の中間地点まで減速しています。これにより、消費者支出は鈍化していますが、まだプラスの状態を維持しています。
家計のバランスシートは、金融資産や不動産資産の蓄積による高い純資産、管理可能なレバレッジ、上昇傾向ではあるものの急騰していない金利コストを含め、総じて健全な状態を保っています。
しかし、低所得世帯の財務状況は逼迫し、明らかに苦境に立たされています。余剰貯蓄は使い果たされ、延滞率が上昇し、住宅ローンに比べてクレジットや自動車ローンの割合が高いため、利子負担は引き続き高い水準にあります。これにより、労働市場は予期せぬ逆風に対して脆弱性を高めることとなります。
労働市場は景気後退には至っていませんが、採用と解雇が減少しており、脆弱な均衡状態にあります。失業率の要因はさておき、失業率の上昇自体は需要と供給のミスマッチを反映しています。重要な問題は、労働コストの削減のために採用が鈍化し、さらには広範な解雇につながり、労働市場を崩壊させるかどうかです。
労働市場が穏やかに緩和していくという見方は、採用の緩やかな減少と解雇の大幅な増加がなく、失業率がわずかな上昇にとどまるという点にかかっています。以下では、最近の労働市場の動向と、見通しへのリスクについて詳しく見ていきます。
採用は明らかに減速
雇用の減速は、雇用統計、家計調査、および企業報告書を通じて明らかです。非農業部門の雇用者数は、2024年初から3ヵ月平均でみて、242,000人から116,000人へと減少しました(図3)。家計調査による雇用者数は、変動が大きい傾向にあるものの、過去1年間のほとんどにおいて、事業所調査による雇用者数よりも弱い状態が続いています。非農業者部門雇用者数の改定は大まかに見てマイナスの傾向があり、雇用者数の増加は依然として一部の産業に集中しています(図表4)。労働統計局(BLS)による非農業部門雇用者数(NFP)のベンチマーク見直しのための予備的な推定によると、2023年4月から2024年3月までの雇用水準は、当初の推定よりも毎月68,000人少ないとされていますが、移民の報告漏れや最終的な公表での上方修正の可能性を考慮すると、実際の弱さの程度を過大評価している可能性があります。
パンデミック後の労働市場は、大量退職から大量残留へと移行し、現在は以前と比べて状況が単純ではなくなっています。求人率はパンデミック前の水準にまで低下し、仕事を失った人々は新しい仕事を見つけることがますます困難になっています(図表5)。
レイオフは依然低水準、失業率は低下リスクの方が大きい
失業率は2023年4月の3.4%を底に、2024年8月に4.2%まで上昇しました。この上昇は、需要よりも供給要因によるものでした。2023年に失業率が上昇し始めた当初は、それまで極めて低い水準にあった解雇が正常化したことと、極端に高い水準にあった労働需要が低下したことが原因とみられていました(図7)。最近の失業率の上昇については、新規の求職者がすぐには仕事を見つけられなかったことによるもので、解雇ではなく、むしろ採用の弱さを反映していると思われます。移民の増加に加えて、プライム・エイジ層の労働参加率は歴史的な高水準に近く、人口に対する雇用者の比率は2000年代初頭以来の最高水準を維持しています。実際、2024年初以降は、長期的に仕事を失った労働者の割合は減少しています。したがって、8月までの失業率の上昇は、サーム・ルールが示すような通常の景気循環の転換点とは異なっているように見えます。
過去数か月間で、解雇は極端に低い水準からわずかに増加しましたが、これらは実質的には重要ではありません。FRBのベージュブックや企業調査、企業の決算報告によると、従業員数の削減も一般的には低い水準であることが示されています。失業保険申請件数、雇用動態調査(JOLTS)、州の要件に基づくWARN通知**などによって示される解雇の規模も依然として低い状態です。
*本稿は2024年9月11日時点の情報を元に執筆されています。
** WARN法は中小企業には適用されず、州によっては、当初は一時的な解雇を意図していました。後に恒久的な解雇となった場合には適用されない場合があります。
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