特別インタビュー


モデルナ 最高経営責任者(CEO)

ステファン・バンセル

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ピクテ・グループ シニア・パートナー

ルノー・デ・プランタ




モデルナ社のイノベーションに迫る

ピクテの「目利き力」は、将来のイノベーションを起こすベンチャー企業の発掘においても発揮されています。

モデルナは、アメリカのボストンに拠点を置く、バイオテクノロジー企業です。同社が開発したメッセンジャーRNA(mRNA)の技術は、今のところ、新型コロナウイルスに最も効果があると期待されている解決策の1つと言われており、注目が集まっています。

ピクテは、モデルナに早くから出資し、その事業活動を支援して来ました。

今回は、モデルナの最高経営責任者(CEO)であるステファン・バンセル(話し手)に、ピクテのシニア・パートナー、ルノー・デ・プランタ(聞き手)がインタビュアーとして鋭く迫りました。




ワクチン接種をめぐる競争


ーmRNAワクチンは、その新規性から、多くの人が安全性の問題を懸念しています。これまでのデータから問題点はありますか?

mRNAの技術は、これまでのところ、非常に安全性が高いことが証明されています。これまでに6,500万回以上の投与を行いましたが、血栓症の発症はありませんでした。

mRNAは人間の体内に存在する天然の分子で、ワクチンに使用されている合成mRNAは、注射後48時間以内に体内から排出されます。

一方、古いワクチン技術では、免疫システムを強化する化学物質が添加されていることが多いのですが、有害な副作用がある場合もあります。



ーmRNAワクチンは、どれくらいの期間で新しいコロナウイルスの変異体に対応できますか?

南アフリカの変異体の配列が判明してから、ブースター(追加免疫)の製造まで30日かかりました。冬に間に合うように、夏の終わりまでには世界中の規制当局の承認を得たいと考えています。

このウイルスは、今後も進化する可能性が高いと思いますが、新たな変異体については、ワクチン提供にかかる全てのプロセスを100日以内に終了させて、出荷する事を目標にしています。



ワクチンの製造と供給


ーワクチンを大量に提供するために克服しなければならなかった課題は何でしたか?

私たちの最大の課題は、今回のワクチンが初めての商用mRNA製品であることでした。

2019年、私たちが作ったワクチンは10万回分にも満たない量でしたが、2021年には、第1四半期だけで1億回分以上の出荷を行いました。年内で10億回分を製造するペースです。これは、ワクチンの出荷数が数年の間に10,000倍になった事を意味します。

当社のワクチンの場合、生産機械は既製品ではなく、カスタムメイドで作らなければならず、原材料の調達や専門スタッフの雇用にも問題がありました。しかし、酵素と水を使うmRNAワクチンは、インフラさえ整えば、一気に生産規模を引き上げる事が可能です。

一方、従来の細胞培養技術は、生きた細胞を利用するため、規模の拡張が非常に困難です。



モデルナが引き起こすイノベーション


ー今回のコロナウイルスのほかに、モデルナ社が今後数ヶ月、数年のうちに提供できる治療薬は何がありますか?

現在、私たちが享受している健康レベルには、ワクチン接種が大きな役割を果たしています。1918年以降、人間に危害を加える新しいウイルスが約80種類も発見されました。癌を含め、私たちを悩ませている病気の多くがウイルス感染によって引き起こされていることを、私たちの多くは知りません。

例えば、サイトメガロウイルス(CMV)は先天性異常の第一の原因ですが、現在、このウイルスに対するワクチンは市販されていません。当社は、このワクチン開発で、もうすぐフェーズ3に入ろうとしています。CMVに感染している人は、体内の癌よりもCMVとの戦いに免疫システムが働くため、寿命が短くなるという研究結果があります。

他にも、癌治療では、患者の癌腫瘍の生体検査からカスタムメイドのワクチンを開発しています。現在、アストラゼネカ社との提携を含め、5つの癌治療薬を開発しています。

また、心臓発作が起きた際に心臓に注射することで、心疾患を予防する治療法も開発しています。ヒト由来の自然なタンパク質を用いて、新しい血管を作る方法を体に教え、体の中で再生医療を実現するものです。

このように、mRNA技術は、これまでの医薬品分野を大きく変えようとしています。



飛躍するモデルナの経営に迫る


ーモデルナは、ベンチャー企業からわずか2年で180億ドルの売上を誇る有名企業に飛躍しました。何がその変化をもたらしたのでしょうか?

私たちは飛躍を遂げる準備が出来ていました。

モデルナの将来は、mRNAが幅広く活用されるプラットフォームになり飛躍を遂げるか、倒産するかのどちらかだと思っていました。倒産することを追求するベンチャー企業は存在しませんから、私たちは、大きく成長するために、過去2年間にわたって準備をしてきました。パンデミックの影響で、この結果が3~4年早まり、損益分岐点のキャッシュフローを5~10年早く達成することができました。

今回のワクチン製造においても言えることですが、組織では規模と早さの両立が極めて重要になります。しかし、規模が大きくなり、人や管理の層が厚くなると、物事が遅くなることがよくあります。そこで、私は、モデルナをスケールアップできる大規模なデジタル企業として構築しました。モデルナでは、テクノロジーを徹底的に活用することで、規模と早さの両立を実現しています。ここ数年、IT、ロボット、AI(人工知能)に莫大な投資をしてきました。

AIの場合、最大の課題は経営層の意識改革です。当社では、10年以上にわたって何千もの実験を行ってきましたが、これらのインプットから得られたmRNAのインサイトをコンピュータが提供するようになりました。コンピュータは人間には見つけることができない相関関係を、大量のデータから見つけ出すことができます。AIを会社のDNAの一部にするために、社内のトップ200人がいかにAIを使いこなせるようにするかが課題です。



ー今後、実現したいことはありますか?

私は当社が、今後10年間で10倍の規模になると予想しています。

この 「10倍思考」は、私が経営してきた中でも最も重要な考え方です。私は毎朝オフィスに来るたびに、この事を意識します。人の心の不思議なところは、時間的な制約が厳し過ぎると創造性が失われてしまうことです。10年という時間枠があれば、大きな事を考える余裕が生まれます。

私たちがよく使うもうひとつの考え方は、「もしも魔法の杖を持っていたら」というものです。このようにしてビジョンが合意されると、私たちはこのビジョンとそれを達成するために必要な段階的なステップに向かって、ペダルを逆に踏みます。私たちはこの10年間、毎日この作業を行ってきました。

私たちの最大の課題は、文化の希薄化にあります。私たちは素晴らしい技術を持っており、技術力が劣後するリスクはもはや過去のものとなりました。財務的なリスクも今では緩和されています。計算されたリスクを取り、迅速に行動し、データに適応するという、当社をここまで成長させた文化を維持するように努力しなければなりません。私たちの判断は全てデータに基づいて行われるのです。




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