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- 米国労働市場のソフトランディング
ジャクソンホール会議を前に、改めて市場の関心を平易に整理すれば、インフレ抑制政策と景気後退懸念のバランスが挙げられます。どの程度までの引き締めが必要かに関連して、様々な議論がありますが、問題を解決する妙案は見当たらないのが実情かと思います。経済と政策の制約の再評価をテーマとするジャクソンホール会議で考えるヒントが示されるかに注目しています。
ジャクソンホール会議:今回のテーマは経済と政策の制約の再評価
世界の中央銀行関係者や経済学者らが集う経済シンポジウム「ジャクソンホール会議」が2022年8月25~27日の日程で開催されます。今年の会議全体のテーマは「経済と政策の制約の再評価」となっています。
なお、ジャクソンホール会議に先立ち、サマーズ元米財務長官は、インフレ抑制に向け、米国の失業率上昇につながる「景気抑制的」な金融政策を導入せざるを得ないと明確なメッセージを発信するよう米連邦準備制度理事会(FRB)に求めています。
ソフトランディングとハードランディングを巡る論争が見られる
今回のジャクソンホール会議では、26日のパウエル議長の講演内容に注目が集まっています。9月の米連邦公開市場委員会(FOMC)に関するヒントへの期待が注目する主な理由とは思います。また、この背景として、FRBが目指すインフレを抑制しつつ景気後退を回避するソフトランディング(軟着陸)は可能なのか、それとも景気後退を伴うハードランディングに進むしかないのか、などについてもジャクソンホール会議全体を通じて何らか糸口が見つかるかもしれません。
労働市場におけるソフト対ハードの論争の一つに、FRBとサマーズ氏を中心とする論客との対立が報道されています。詳しい議論の内容は当レポートの範囲を超えるため、概要だけを述べるならば、ソフト路線を支持するFRBは過熱気味の雇用市場を抑制しつつ、失業率の上昇を小幅に抑えられると主張しています。
一方、サマーズ氏(他に国際通貨基金の元チーフエコノミスト、オリビエ・ブランシャール氏など)は雇用市場を抑制すれば、失業率の大幅上昇は不可避と主張しています。
両者の主張を図表1で整理すると、過熱する雇用市場とは足元の高水準の欠員率で示唆されています。欠員率には様々な定義がありますが、ここでは求人件数を労働力人口で割った比率で、これが縦軸に示されています。労働人口は
比較的安定していることから、求人(件数)が多いほど労働市場が過熱しているというイメージです。横軸は失業率で、この組み合わせを2000年12月からプロットしたのが図表1です。求人と失業率との関係は一般にベバリッジ曲線と呼ばれていますが、FRBではウォラー理事などがこの曲線の分析に関するレポートを公表し、サマーズ氏と論争しています。
論争のポイントを述べます。欠員率(求人)と失業率の分布に傾向線を当てはめると原点に凸な曲線が想定されます。そのため曲線に沿って欠員率(求人)が低下すれば、失業率は上昇する関係となっています。ウォラー氏らは求人と失業率との関係を分析して、欠員率が7%から4.6%へ低下しても失業率は約1%程度の上昇にとどまると推定しています。なお、現時点の欠員率は7%弱で、図表1の左上に位置しています。
ここで、欠員率と失業率の関係を、インフレと景気に置き換えると求人数を意味する欠員率は賃金の代替でもあることから、インフレ率の動向と代替されます。一方、失業率は、過去の景気後退の開始局面では失業率の上昇(高水準ではない)を伴う傾向が見られたこから、景気の代替と考えれば、インフレと景気の関係を分析していると見られます。
一方、サマーズ氏はインフレを抑制するため労働市場を抑えれば(求人数を引き下げれば)、当然の帰結として失業率は大幅に上昇すると主張しています。サマーズ氏は6月にロンドンの講演で、失業率の大幅な上昇について言及しています。その講演の数日前、6月の米連邦公開市場委員会(FOMC)が開催され経済見通しが公表されました。FOMCの失業率の予測をみると24年末の失業率予想が4.1%、23年が3.9%と、足元の3.5%程度の失業率から小幅な上昇にとどまると見込んでいます。サマーズ氏からすると、このような都合の良いシナリオは論外で、インフレ抑制には、大幅な失業率上昇を回避することは難しいと主張しています。
なお、サマーズ氏は、インフレを加速も冷やしもしない中立金利の水準が低すぎることも指摘しています。現時点におけるFOMCの中立金利の予測を6月のFOMCの経済見通しから拝借すると、中立金利は2.5%前後と見られます。7月のFOMCでは0.75%の利上げをしたことで政策金利の上限は中立金利に達した格好です。パウエル議長が今後の政策運営はデータ次第と説明したのも、市場に過度な緩和的印象を与えてしまったという点は問題含みながら、予測と整合的な話かと思われます。
しかし、中立金利が低すぎるとするサマーズ氏の立場に立てば、2.5%は単なる通過点に過ぎず、今後も、さらなる大幅な利上げが正当化されると見られます。そのような利上げであれば、失業率がFOMCの予測以上に上昇する展開も想定されます。
この両者の議論に決着はついてないようですが、筆者が注目しているのは求人数でみた米国の労働市場の過熱感です。確かに求人件数は高く企業は雇用者を求めています。その背後にはコロナ収束後の労働参加率の戻りの鈍さに示されるように、労働市場への回帰の遅れが見られます。おそらく、このようなことは過去にほとんど例がないと思われるだけに、求人数が過大となっている可能性があるかもしれず、労働市場のデータの解釈には注意が必要と見ています。
FRBはソフトランディング路線を維持するとは思われますが、これを判断するうえで、経済と政策の制約の再評価をテーマとするジャクソンホール会議や、9月のFOMCに注意を払う必要があるとみています。
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