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トランプ関税を受けたECB金融政策のプレビュー
梅澤 利文
2025/04/16

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概要

欧州経済研究センター(ZEW)の期待指数は急落し、ユーロ圏の景況感悪化が示された。トランプ大統領の関税政策がECBの金融政策に影響を与える可能性をも示唆しているようだ。市場は4月の利下げを予想するが、ECBメンバーのコメントも概ね4月利下げ支持に傾いている。天然ガス価格の下落やユーロ高などは利下げ支持要因だろう。ただし、利下げの最終到達点は不確実性が高く見通しにくい。



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トランプ関税を受け、ユーロ圏の景況感は急速に悪化した

欧州経済研究センター(ZEW)が4月15日に発表した4月の期待指数はマイナス14と、市場予想の(プラス)10、3月の51.6から大幅に低下した(図表1参照)。ユーロ圏で最大の経済規模を持つドイツの景況感は、3月に財政政策拡大への期待から急回復したが、4月はトランプ大統領の関税政策を受け急速に悪化した。

欧州中央銀行(ECB)が会見などで言及することが多い総合(製造業とサービス業)購買担当者景気指数(PMI)は4月3日に発表された3月分が現時点では最新となるが、50.9と拡大・縮小の目安となる50を上回っている。ユーロ圏PMIの4月分(速報値)は4月23日に発表される予定だ。

4月の会合を前に、ECBの主要メンバーは利下げを支持している印象だ

ECBは4月17日に政策理事会(会合)を終えて、金融政策の結果を発表する予定だ。先物市場などが織り込む市場予想を見ると、4月会合では0.25%の利下げが見込まれている。4月会合を控え、金融政策についての発言を控える期間(ブラックアウト)前のECBメンバーの主なコメントを振り返っても(図表2参照)、4月の利下げに反対しそうなのはオーストリア中銀のホルツマン総裁らに限られそうだ。他のタカ派(金融引き締めを選好)メンバーであるシュナーベル理事は5日にトランプ関税を批判するコメントをしているが、追加利下げについては、ユーロ圏の物価鈍化が進行している点を指摘するなど、今回の利下げを明確には否定していない印象だ。

ユーロ圏の景況感の悪化は4月のZEW期待指数には明確に表れた。(関税の影響を反映するとみられる)4月のPMIが発表されるのはECB会合の後で間に合わないが、4月7日に発表された別の景況感指数である4月のセンティックス信頼感指数も大幅に低下した。景況感についてはPMIを待つ必要性は低そうだ。

景況感のようなソフトデータに対し、売上や鉱工業生産などのハードデータは依然堅調だ。例えば15日に発表されたユーロ圏の鉱工業生産は前月比で1.1%増と、前月を上回った。しかし、ハードデータは更新が遅く、例として示した鉱工業生産指数は2月が最新だ。小売売上高など他も同様で、そのままでは判断材料となりにくいだろう。

ユーロ圏のインフレ率もデータ更新時期の問題はあるが(最新は3月分まで)、物価目標に向け鈍化を続ける可能性も見いだせる。複数のECBメンバーも、(関税の内容次第という条件付きだが)ユーロ圏の物価の落ち着きを見込む発言をしている。インフレ鈍化を見込む要因としては、ユーロ圏の主要なエネルギー源である天然ガス価格が下落傾向であることや(図表3参照)、原油安、さらにユーロ高や、ECBの調査によると賃金の先行きも鈍化が期待されること、などが挙げられる。

ECBが推定する(名目)中立金利はターミナルレートの目安だが

関税政策はECBの金融政策に影響を与える可能性はあるが、報道によれば今週の欧州連合(EU)と米国との交渉では進展が得られなかったようだ。EU(およびユーロ圏)に対する20%の相互関税は90日間の一時停止となっているに過ぎない。今後の展開は交渉次第だが、このペースだと4月会合までに驚くような進展も想定しづらい。

ECBは不確実性が高いものの、景気悪化懸念と、インフレの落ち着き(期待)を背景に利下げ姿勢を維持するものと思われる。これを支持する要因として、足元の政策金利(預金ファシリティ、2.50%)が中立金利を上回っていることが挙げられる。

ユーロ圏の中立金利は利下げの最終到達点(ターミナルレート)とも見られているが、ECBは2月に最新の推定値として1.75%~2.25%を示唆した。利下げに慎重だったシュナーベル理事は(当時)中立金利が(ECBの推定より)上振れている可能性があり、利下げ余地は限定的と主張していた。シュナーベルが中立金利は上昇していると考える理由の1つは「コンビニエンス・イールド」の低下だ。投資家は国債を保有する動機はリスク・リターンの安全性以外に、流動性の確保や金融危機への対応も含まれるが、この対価として本来の利回りからの低下分がコンビニエンス・イールドのイメージだ。内容が複雑なので、コンビニエンス・イールドと中立金利の関係に議論を集約すると、コンビニエンス・イールドの低下は中立金利(名目ベースの自然利子率)の上昇という関係がある。シュナーベル理事は関税騒動が起きる前まではコンビニエンス・イールドの低下による中立金利上昇の可能性を見込んでいたように思われる。市場は4月の利下げを織り込んでいるが、不確実性も高いことからターミナルレートの予想を積極的に変更していない(できない)ように見える。関税交渉の内容次第では中立金利から想定されるターミナルレートについても見直しが必要かもしれない。


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梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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