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米個人のバランスシート悪化は“時限爆弾”となるのか
大槻 奈那
2025/03/18

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概要

米国では、金融市場の「炭鉱のカナリア」とされる個人のクレジット動向に不安な動きが見られ始めた。株価下落を通じた逆資産効果、住宅ローン返済額の膨張、借入延滞の増加、銀行融資の鈍化等である。特に株価については、このまま3月末を迎えた場合、富の減少を通じて名目個人消費をトレンド比で大幅なマイナスに陥らせる可能性がある。こうした消費の減速が更に株価を押し下げるという悪循環が生じる可能性も否定できないことから、当面の傾向には注意が必要である。



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■ 米個人のクレジット市場に注目する理由

クレジット・リスクの悪化は、金融市場の典型的な「炭鉱カナリア」(危機を警告するシグナル)である。特に、個人のバランスシートの状態の悪化は、広い範囲に影響が及ぶので、歴史的にも大きなショックの火種となることが多かった。古くは日本の住宅市場、近年ではサブプライムローン危機がその一例である。

米国では、そのような大きな危機の兆しは今のところ見えない。しかし、最近、個人消費に変調も見られる(図表1)。依然個人所得は前年比5%前後の強い伸びが続いているにも関わらず、消費に弱い動きが出始めたのはなぜか。この背景を、米個人の資産面と負債面に分けて考える。


■ 米個人の資産:株価下落に伴う逆資産効果

2024年12月末の米個人の資産から負債を差し引いた「富」の残高は過去最高の160兆ドル(2.4京円)となった。個人の富と米国の株価指数の間には強い相関があり、12月末まで上昇していた株価が富を押し上げた(図表2)。株式は米個人資産の約4分の1を占める主要項目であり、その他の耐久財や預金、負債項目等は時価の変動が少ないため、富も、株価からの影響を受けやすくなっている。


但し、昨年12月の富の増加率は、過去のトレンドからは下方に乖離している。株価の上昇率も鈍かったが、それ以上に富の増加が鈍化している。保有不動産の減少や、価格変動が少ないMMFに資金がシフトしたこと等が背景にあるとみられる。このような傾向が続くと仮定し、今年の年初来のS&P500株価指数の下落率(5%)を用いて3月末時点の富の増減を推計すると、前期末比で1.5%程度の減少となる。この規模の下落は、コロナ期やリーマンショックを除くと稀である。

■ 逆資産効果の威力

仮に試算通りに富が減少した時、個人の消費動向にはどの程度影響があるのか。図表3の通り、個人の富と消費の間には緩やかな関係性がみられる。この関係が維持されると仮定し、富が1.5%減少した場合の個人消費の変動率を計算すると、前期比でプラス0.3%程度と試算される。辛うじてプラスを維持するものの、この水準は、2000年以降の個人消費のトレンド線に対し1%ポイント程度低い。このレベルの乖離も極めて稀である。


しかし問題はこの先である。個人消費は、特に富が大きく下落した時(とその反動が現れる時)に影響を受けやすい傾向がある(図表3)。例えば、仮に株価が四半期で15%下落すると個人消費は前期比でマイナスに転じる。これらは名目値であるから、実質の落ち込みは更に大きくなる。個人消費が7割を占める米国のGDPにとっては大きな打撃になりうる。

■ 個人の負債(1):ローン返済額

次に負債については、2つの問題点が浮かび上がる。第一に、住宅ローンの返済額の膨張である。家計所得に対する住宅ローンの返済額は中央値で33%と近年急上昇している(図表4)。特に若年層は住宅価格が上昇した後に住宅を購入し、かつ、高金利の住宅ローンを借りていることから、収入に対する返済の割合がかなり高くなっている。例えば、20代後半~40代半ばのミレニアル世代の住宅ローン返済額の割合は45%程度まで上昇していると推計される。因みに、日本の家計収入に対する住宅ローンの返済額の割合は13.3%(総務省。2024年。住宅関連の借金返済がある勤労者世帯の平均値)である。


消費が旺盛な若年層のローン返済負担の膨張は、消費全体に対する下押し圧力が大きいため、注視が必要である。

■ 個人の負債(2):銀行の個人向け融資の減速

個人債務に関する第二の注目点は、個人向け融資の勢いの減速である。

米国の消費は、前述の資産効果とともに、個人の借り入れの容易さが下支えしている。米国の成人は、住宅ローン以外の負債を一人当たり300万円弱程度背負っていると推定される。因みに日本人の類似の値は約35万円程度*である。米国では負債が消費生活上大きなウェイトを占めていることが伺われる (*カード、銀行その他の金融会社からの消費者ローンの残高を15歳以上の人口で除した値)。

しかし、図表5の通り、米国の消費者ローンの残高は、直近で前年比マイナスに転じている。とりわけ、小規模銀行の個人に対する与信の減速が顕著である(図表6)。なかでも自動車ローンについては、データが取れる2016年以降最大の減少率となっている。延滞債権の増加を受けて、自行のバランスシートに不安がある銀行が貸出に慎重になっているのかもしれない。

実際、銀行貸出の償却額(収益に対する比率)は、過去10年で最悪となっている(図表7)。こうした資産の質の劣化に伴い、銀行が融資態度を徐々に硬化させる可能性があるだろう。

■ 今後の注意点

これまで米国の個人消費は、雇用者報酬の増加に加え、資産効果や借り入れの増加によって支えられてきた。しかし、年初からの株価の下落や、最近の銀行の貸出債権の質の悪化や、これを受けた個人向け融資の伸びの鈍化が今後個人消費に影響を与える可能性が高い。

特に株価については不確実性が高く、今後大きく下落した場合、実体経済への影響を通じて、更に株価を押し下げるという悪循環を引き起こしかねない。今後の株価と個人の富、これに対する個人消費の感応度には注意が必要だろう。


大槻 奈那
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

内外の金融機関、格付機関にて金融に関する調査研究に従事。Institutional Investors誌によるグローバル・アナリストランキングの銀行部門にて2014年第一位を始め上位。国家戦略特区諮問会議有識者議員、規制改革推進会議顧問、デジタル行財政改革会議アドバイザリーボード委員、財政制度等審議会委員、金融庁・資産運用に関するタスクフォースメンバー、東京大学応用資本市場研究センターフェロー等を勤める。日本経済新聞「十字路」、日経ヴェリタス「プロの羅針盤」、ロイター為替フォーラム等で連載。日経Think!エキスパート・コメンテーター、テレビ東京「モーニングサテライト」で解説。名古屋商科大学大学院 マネジメント研究科教授 一橋大学博士(経営学)


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