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知識としての暗号資産。今後の行方を考える
大槻 奈那
2025/02/18

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概要

暗号資産の取引が始まって約15年。その口座数は、世界の人口の1割弱程度に達したとも試算される。米国ではトランプ政権下で規制・制度が変革を迎えつつあり、日本でも修正が行われる可能性がある。今後、政府や機関投資家等、暗号資産投資家層の拡大もありえなくはない。依然、価値の評価は確立しておらず、ハッキング対策や量子耐性等に対する懸念も根強いものの、マネーの新たな潮流をフォローするためにその動向に注意を払っておくことは有益だろう。



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■ 暗号資産を取り巻く環境の変化

トランプ米大統領による暗号資産に対する制度見直しが始動した。今月、米通貨監督庁(OCC)長官と、商品先物取引委員会(CFTC)の委員長に、いずれも暗号資産業界に関連する背景を持つ人物を指名した。並行してAIとデジタル資産市場に関する作業部会も設置している。

日本でも、暗号資産に関する規制のあり方について、金融庁が検討を行うと報じられた。


バブルが発生し崩壊するたびに、良きにつけ悪しきにつけ市場で大きな話題となる暗号資産(=仮想通貨)だが、こうした規制・制度の変化で再び関心が集まっている。暗号資産の現在位置を確認し、今後の見通しを検討する。

■ 暗号資産の現状と市場規模


ブロックチェーンは1991年に暗号会社のハーバーとストルネッタという2名の開発者が発明した。これを基に匿名の研究者サトシ・ナカモトが2008年に暗号資産の論文を公表、2010年5月から取引が始まったとされる。

現在世界の取引所で取り扱われる暗号資産の時価総額はおよそ500兆円に上る。このうち約6割の300兆円がビットコインである。それ以外の暗号資産は現在1100万種類を超える。2017年末の約1700種類から、毎年3.5倍ずつに膨らんでいる計算になる。

ビットコインの価格は、これまで4回の大きな波に直面した(図表1)。最初の波は2012年の半減期(=新たな取引の証明を行う作業報酬が半分になる時点)やキプロスの金融危機による暗号資産ブームから渋谷に本社を置く暗号資産取引所マウントゴックスの資金流出事件で終止符を打った。第二回は2016年の半減期から、2018年1月のコインチェック社の暗号資産ネムの盗難被害までのブームである。これを境に、暗号資産の主な舞台は日本から海外に移った。2020年の第三回目のブームは中国の規制強化やステーブルコイン・テラの暴落等で終息。そして今回は、4回目のブームに数えられる。


これらの紆余曲折を経て、世界の暗号資産口座は、6.5億口座まで拡大したと推定されている(Cambridge Research)。重複があることや、法人口座も含まれるため、あくまで目安に過ぎないが、世界の人口80億人の1割弱に相当する。これに対し、日本の暗号資産口座数は1181万と、同じく人口の1割弱となっている。様々な推計値があるが、国別でみると、UAEやシンガポール、トルコ等で人口当たりの保有比率が高いと推計されている(図表2)。なお、短期売買を繰り返す投資家が多いイメージが強い暗号資産取引だが、1年以上取引のない口座が全体の6~7割を占めるとされる(Glassnode)。

■ 主な国の規制対応

現在、暗号資産をめぐる各国の法制度はまちまちである。日本は、2019年頃までは、世界に先駆けて法律を整備した。2017年に暗号資産の交換業者に登録制を設け、2019年には、資金決済法と金融商品取引法を改正し、交換業者にセキュリティの強化を義務付けるなど、既存のデジタル資産との取り扱いを区別した(図表3)。米国では、まだ包括的な暗号資産関連法が整備されていない。暗号資産取引開始以降、様々な法案が提出されてきたが、その殆どが意見の一致をみることなく廃案となっている。現在では、既存の法律の枠組みを生かす形で、それぞれのコインが有価証券かコモディティか判断された後、有価証券なら証券取引委員会(SEC)、コモディティなら商品先物取引委員会(CFTC)の下で監督されている。しかし、その判断に予見可能性が低いという批判も受けている。


これに対しトランプ氏は、就任直後から暗号資産に対する規制整備の方向性を示している。今後の検討の中核を担うのは、冒頭で触れたAIとデジタル資産の検討を行う作業部会である。暗号資産をユーザー向けに提供するペイパルの元幹部をこの作業部会長に任命している。同時に、暗号資産業界が銀行サービスを受けられにくくなっている“デバンキング問題”の解決に向けた議論も始まった。また、暗号資産を保有する企業に対する厳しい会計基準(SAB121)も廃止が決まるなど、急ピッチで改革が行われている。

■ 今後の注目点:米国は機関投資家の動き、日本は投資信託

これまでの動きは、ある程度市場で予想されていたものでもあり、足元では暗号資産価格に大きな動きはない。今後注目されるのは、1)米国の機関投資家層の拡大、2)政府等による暗号資産保有動向、3)日本の規制・税制改正の有無である。

1) 米国の機関投資家層の拡大

前回ブームの2021年頃、米国の大手銀行は、暗号資産関連の情報提供や、自らリスクを取るトレーディング等を検討していたとも報じられている(例えば21/6/18付Bloomberg)。しかし、2022年11月のFTX破綻や、翌年初頭のシルバーゲート、シリコンバレーバンクの破綻から、厳しい管理を促す文書が当局から発出されたことや暗号資産市場の低迷等から、こうした動きは後退した。

一方、機関投資家は、2024年1月のビットコイン現物ETFの承認以降、暗号資産取引を徐々に拡大している。図表4の通り、主要3本のETFの合計で、ヘッジファンドや投資顧問業者の投資が74%、約11兆円を占めている。後述するリスク要因次第ではあるが、投資家層拡大の可能性は高いだろう。

2) 政府等による暗号資産保有動向

米国は既に3兆円相当のビットコインを保有している。これは過去の犯罪等から押収し図らずも保有することになったものだが、トランプ政権は、意図的に暗号資産を備蓄するかどうかの検討を開始した。昨年夏には、段階的に15兆円規模のビットコインを段階的に買い増す、という通称「ビットコイン法案」も共和党議員から提出された。これ自体の実現可能性は現段階ではごく低いと思われるが、今後暗号資産を価値保存の手段として考えうるか否かの試金石として注目される。

また、フロリダ州等20の州で、州予算等から一定の範囲で暗号資産に投資できるようにすべき、という提案が提出されている。コロラド州など一部の州では、既に税金をビットコインで支払うことができることなどから、州の制度が先行する可能性も否定できない。

3) 日本の規制・税制改正の行方

日本では、昨年末に提示された令和7年度の税制改正大綱で、「暗号資産を国民の投資対象となるべき金融資産として取り扱うかなどの観点を踏まえ、検討を行っていく」とされた。暗号資産を金融商品と位置付けることの是非と、その場合、売買益を現在の総合課税から申告分離課税に移行するのかどうかが焦点となる。これに直結するかどうかは不明だが、2月初頭には、金融庁が、暗号資産の発行体や交換業者に求められる情報開示等に関する議論を始めると報じられている。

もう一つの論点は、投資信託の中身に暗号資産を含められるようにするかどうかだ。現在は、暗号資産投資信託法の「特定資産」に含まれないため、国内で暗号資産ETFを組成することはできない。また、海外の暗号資産ETFも、現在販売している証券会社は国内では見当たらない。これらに関する議論の行方が注目される。

■ バリュエーション手法

こうした法制度の変更が材料になるにせよ、そもそも暗号資産の価値が上昇するという説明ができなければ誰も投資できないだろう。暗号資産の価値はどのように評価されているのか。

ビットコインの取引開始から間もない頃、その価格は、「コストベース法」や「ネットワーク効果」などで説明されることが多かった。前者は、マイニングに伴う電力やマシン代の変動をベースに価格変動を推定するものだ。後者は投資口座数が拡大するとその二乗に比例して価値が上昇すると考えるものだ。

また、現在のような半減期終了後は、資源価格になぞらえた「Stock to Flow」という手法が注目される。流通残高を新規の供給量で除し、資産の希少性を見る(多くの新規供給がある資産は希少性が低下するので価値が下がる)という考え方だ。他にも、金の時価総額との相対評価や、株式のようなマルチファクター・モデル(例えば、市場のモメンタムや流動性等を用いる)も登場している(図表5)。因みに、これらの手法で計算された「理論価格」に対し、現在の価格は割安とされている。

しかしやはりまだ、評価モデルは確立しておらず、価格にこれといった軸がないのが現状だ。

■ リスク要因

評価の問題以外にも、暗号市産業界には、まだいくつかのクリティカルなリスク要因が残されている。

第一に、実用性と価格のボラティリティのバランスである。現在は、暗号資産が利用される事例はごく限られているが、米国では、スターバックスや一部の不動産会社等、緩やかながら実用事例の広がりもみられる。今後更に利用が進むためには価格が一定程度安定化する必要がある一方、そうなればボラティリティが魅力である暗号資産の投資家の意欲が減退する可能性がある。このバランスは極めて難しいだろう。

第二に、一定の頻度で発生する不正流出事件である。昨年も、日本のDMM Bitcoinでのビットコインの不正流出が問題となった。なお、2022年の大手暗号資産業者のFTXの破綻は、その後、シルバーゲート銀行、シリコンバレー銀行破綻の引き金になった。暗号資産の市場規模拡大とともに、伝統的な金融システムへの影響にも注目しておく必要があるだろう。

第三に、量子コンピュータの開発である。暗号資産を始めとする様々な暗号は、約1300万量子ビットの能力があれば1日で解読されるとされる。現在の量子コンピュータの能力は、1000量子ビット強とされるので、破られるまでにはまだ相当距離がある。しかし、テクノロジー進化の速度は読めない。米国政府は、量子耐性を備えた暗号技術の開発を行っているし、イーサリアムは数年で量子耐性を実装予定としているが、暗号資産全体としてはまだ準備不足であり、将来的には大きなリスク要因となりうる。

暗号資産については、価格評価が難しい上、こうした重い課題も残っている。一方、規制・制度の変更や、投資家層の拡大等から、今後再び価格が上昇する可能性も十分あるし、様々なユースケースも出てくるかもしれない。少なくとも、マネーの新たな潮流をフォローするために、その動向に注意を払っておくことは有益だろう。

 

 

 

 

 


大槻 奈那
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

内外の金融機関、格付機関にて金融に関する調査研究に従事。Institutional Investors誌によるグローバル・アナリストランキングの銀行部門にて2014年第一位を始め上位。国家戦略特区諮問会議有識者議員、規制改革推進会議顧問、デジタル行財政改革会議アドバイザリーボード委員、財政制度等審議会委員、金融庁・資産運用に関するタスクフォースメンバー、東京大学応用資本市場研究センターフェロー等を勤める。日本経済新聞「十字路」、日経ヴェリタス「プロの羅針盤」、ロイター為替フォーラム等で連載。日経Think!エキスパート・コメンテーター、テレビ東京「モーニングサテライト」で解説。名古屋商科大学大学院 マネジメント研究科教授 一橋大学博士(経営学)


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