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トランプ政権との付き合い方
市川 眞一
2025/04/11

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概要

ドナルド・トランプ米国大統領による『相互関税』は、9日0時1分に予定通り発動されたが、市場の厳しい反応に直面、わずか13時間程度で90日間の停止に追い込まれた。こうした朝令暮改による混乱は、米国の重要経済政策が、連邦議会の議論を経ず、大統領周辺で決められている弊害と言えよう。激しい市場のボラティリティに対応するには、分散投資が極めて重要なのではないか。



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■ 関税政策の隠れた意図

トランプ大統領は、9日13時18分にトルゥースソーシャルへ投稿、同日0時1分に発動した相互関税について、90日間の停止を発表した。ただし、一律10%とした基礎部分は据え置き、鉄・アルミ、自動車など個別品目を対象とした関税も継続している(図表1)。さらに、対米報復関税を発表した中国に対しては、税率を125%へ引き上げた。


相互間税の算定に関し、米国通商代表部は根拠の説明をしているものの、結局は「相手に対する米国の貿易赤字額/相手からの米国の輸入額」を当該国・地域の関税率とした上で、その半分が相互関税率とされた(図表2)。もっとも、この算出方法の合理的な説明は困難だろう。


特にとって貿易が黒字の英国、サウジアラビア、シンガポールにも基礎税率として10%を課している。こうした非論理的な制度設計となったのは、関税を課すことが目的化したからではないか。



興味深いのはメキシコ、カナダへの対応だ。合成麻薬鎮痛剤フェンタニルの搬送経路として25%の関税を課したが、『米国・カナダ・メキシコ協定』(USMCA)の原産地基準を満たす場合は課税を見送り、相互関税は当初より対象外だった。


2024年、米国の対メキシコ輸出額は3,340億ドル、対カナダは3,494億ドルに達する(図表3)。両国が報復関税を導入した場合、米国の産業・企業も甚大な影響が避けられないだろう。従って、米国の輸出が少ない中国、日本など他の主要貿易相手国・地域と差を付けたと考えられる。トランプ政権が関税に拘る理由は、貿易不均衡是正が理由とされてきた。しかし、真の狙いが別にある可能性は否定できない。ハワード・ラトニック商務長官が度々指摘してきたように、建国から19世紀後半まで、米国連邦政府の税収等のうち90%程度を関税が占めていた(図表4)。一方、所得税は1913年に制度として恒久化され、現在は税収等の50%程度に達している。

関税は米国の輸入事業者が納税義務者となるが、最終的には製品に転嫁され、消費者が担税者と言えるだろう。つまり、実質的な連邦間接税だ。トランプ政権は、貿易不均衡是正を理由に関税の税収を大幅に拡大し、それを財源に所得税を減税することで、税収の構造を20世紀初頭の状態へ近付ける意図なのではないか。


■ ファンダメンタルズの問題点


トランプ大統領による一連の関税政策は、いくつかの点で大きな問題を抱えている。その一つは、マクロ経済環境に対する認識の不足だ。


同大統領は、自らの関税政策によって米国に生産拠点を回帰させ、雇用を生み出すと繰り返してきた。もっとも、4月4日に発表された3月の雇用統計によれば、失業率は4.2%である(図表5)。これは歴史的な低水準だ。また、2月の求人及び転職統計(JOLT)から算出された求人倍率は1.07倍であり、依然として1倍を超えている(図表6)。

一方、トランプ大統領は、国境管理を強化すると共に、不法在留者に対し国外退去など厳しい姿勢を明確にしてきた。ただし、不法在留者を含む移民は、米国経済にとり重要な労働力の供給源であることも事実だ。米国の人手不足は続くだろう。

つまり、企業が米国の生産拠点を強化する場合、建設労働者、工場労働者の不足に直面、コストの大幅な上昇が見込まれる。また、工場建設には計画段階から長期間を要するため、生産拠点の米国回帰は簡単には進まない可能性が強い。結局、高額の関税を払って輸入が続き、物価が上昇するのではないか。それは、景気停滞下におけるインフレのシナリオだ。トランプ政権発足以降、相互関税を強硬しようとした4月8日まで、米国株が世界指数のパフォーマンスに一人負けしていたのは、市場がスタグフレーションの可能性を織り込みつつあったからと考えられる(図表7)。

■ 正当性はあるのか?

アメリカ合衆国憲法第1条第8節は、関税を含む課税について、連邦議会の権限と明記している(図表8)。また、1913年に当時の48州中42州の批准によって制定された修正憲法第16条でも、課税、徴収は連邦議会の権限とされた。米国は「代表なくして課税なし」を掲げて英国から独立した歴史を持つ。従って、連邦議会による課税は極めて厳格な原則とされてきた。

ところが、トランプ大統領の関税政策は、国際経済緊急事態権限法(IEEPA)、国家緊急事態法(NEA)、1974年通商法修正301条などに基づき、大統領令で行われている。これらは緊急事態に対する応急措置で、本来、戦争、内乱、パンデミックなどでの発動が想定されていた。

税制が連邦議会で審議される場合、時間を要するが、そのプロセスは公開され、企業、消費者、市場、そして外国政府は事前の準備が可能だろう。一方、今回の相互関税は、少数の大統領側近だけが決定に関わり、内容は伝えられていなかった。9日午後に発表された90日間の延期も、極めて唐突感が強い。それは不意打ちになり、米国を含む世界の金融市場のボラティリティが急拡大した。

それ以上の大きな問題は、巨額と想定される関税について、最終的には米国の消費者(≒国民)が負担することだ。選挙によって選出された大統領による命令とは言え、本来、連邦議会が持つべき権限を広範に侵している可能性は否定できない。結局、後に禍根を残すことになるのではないか。

■ 90日の中止で残る二つの課題

トランプ大統領による、9日のトルゥースソーシャルへ投稿は、1)中国への追加関税率を125%へ引き上げること、2)報復措置を講じなかった他の国・地域に関しては、90日間、一律10%の税率を適用すること・・・2点がポイントだ。同大統領の就任以降、米国の株価は急落していた(図表10)。結局、マーケットに屈したと言えるだろう。

株価下落が続く場合、逆資産効果への懸念だけでなく、民意がトランプ大統領の政策へ不信感を強めていた可能性がある。リアルクリアポリティクスによれば、3月13日以降、世論調査による同大統領へ支持率は、不支持率を下回った状態だ(図表11)。この傾向がさらに強まる場合、同大統領の指導力に影響が生じかねない。ただし、全てを見直せば敗北であり、中国へ強硬姿勢を維持した上、基礎税率の10%を残したのではないか。

この朝令暮改は歓迎すべきことだが、二つの点で大きな課題が残った。

一つ目の課題は、トランプ政権が、90日間を使い、日本を含む通商相手国と厳しい交渉を行うと想定されることだ。トランプ大統領は、この1週間、高率の相互関税が経済・市場へ与えるダメージの大きさを認識したのではないか。ただし、振り上げた拳を振り下ろす過程において、成果を誇示するため、他国に対し無理難題を押し付けることも考えられる。それを受け入れない国・地域をある程度絞り込み、改めて高率の相互関税率の復活を図る可能性は否定できない。

二つ目の課題は、56ヶ国に課した高率の相互関税は中止されたものの、全貿易相手国・地域に対する10%の基礎税率は維持されたことだ。さらに、中国に対して125%の高率の関税が適用される。米国の国内産業が輸入品の代替を供給できるとは考え難い以上、これは、米国のコストを上昇させ、インフレ圧力になるのではないか。市場が織り込む期待インフレ率は3%を超えている(図表12)。

■ 注目される2026年中間選挙

4月3日、上院財政委員会の主要メンバーである共和党のチャック・グラスリー、民主党のマリア・カントウェル両上院議員は、超党派で『2025年通商審査法案』を提出した。趣旨は、1)新しい関税の導入、税率の引き上げに際し、大統領は48時間以内に連邦議会へその内容を通知する義務を負う、2)連邦議会は60日以内に新関税の承認を決議し、さもなければ全ての新関税は失効する、3)連邦議会は不承認決議を可決することで何時でも関税を廃止する権限を持つ・・・の3点だ。

昨年11月の総選挙で共和党は大統領、連邦上院、下院を何れも制した(図表13)。下院の共和党議員は、トランプ大統領の熱烈な支持者が多く、仮に上院でこの法案が可決されたとしても、現段階で下院を通るとは考え難い。

しかし、来年年11月には中間選挙があり、上院はクラスIIの33議席、下院は全435議席が改選になる。上院の場合、クラスIIは民主党の現職が13名なのに対し、共和党は20名と多い(図表14)。仮に米国経済がスタグフレーションに陥った場合、国民の反発は強まるだろう。結果として上下院の何れかで共和党が過半数を失えば、トランプ大統領は任期を2年残してレームダック化が避けられないのではないか。

それ以前の問題として、選挙前に共和党議員の間で同大統領への批判が強まるだろう。連邦議会が大統領の独断による関税に歯止めを掛ける法案の成立を図る可能性も否定できない。同大統領が拒否権を発動しても、両院が3分の2以上の多数で再可決すれば、当該法案は成立する。

今の時点では、トランプ大統領に忠誠選の強い共和党下院において、多くの議員が同大統領から離反するとは考え難い。しかし、民主主義社会である以上、自らの選挙が近づき、不利な状況であれば、劇的な政局の変化が起こり得るだろう。

■ 不安定な分断の時代こそ分散投資

世界最大の経済規模を誇る米国は人による支配により重要政策が猫の目のように変化するなか、市場の予見可能性は大きく低下した。こうした環境こそ、投資には分散が必要なのではないか。

分散投資の有効性を確認する上で、4資産による累積投資のシミュレーションを行った。具体的には、資産バブルが崩壊した1990年1月から、月末に1万円を金、日本株(TOPIX)、米国株(S&P500)、米国10年国債へ2,500円ずつ等金額投資するものだ。リターンを計算する上で、取引コストは加味していない。

今年3月で開始以来422ヶ月が経過した。仮に1年定期で同じく月1万円の累積預金を行った場合、現在の時価総額は436万円だ。一方、4資産のポートフォリオの時価総額は2,565万円になった(図表15)。あくまで結果論だが、リスクを負った成果は十分と言えるのではないか。

月毎に過去10年間の年平均リターンを見ると、マイナスになったのは、2009年1月、同年6月の2回しかない(図表16)。また、リーマンブラザーズが破綻したのは2008年9月だが、その10年後における過去10年間の当該ポートフォリオの年平均騰落率は8.8%だった。「100年に1度」と言われた国際的金融危機下においても、累積投資を粛々と継続することが重要だろう。

ちなみに、当該4つの金融資産のなかで、金は他の資産の値動きに対する相関が極めて低い。その結果、最もパフォーマンスの良いS&P500に比べ、累積分散ポートフォリオはリスクを限定しつつ、結果として良好なリターンを残している(図表17)。

相互間税は90日間停止されたとは言え、トランプ政権の経済政策による米国及び世界経済の不透明感は拭えない。そうした不安定な分断の時代こそ、資産、通貨、時間の分散により、長期的な資産のリターンの安定を図るべきではないか。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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