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- 改めて高橋財政に見るインフレへの警鐘
米国のドナルド・トランプ大統領は関税を武器に他国・地域へ多様な譲歩を迫っているが、これは1930年に米国がスムート・ホーリー法を施行して以来のことだ。関税戦争により貿易は縮小、世界恐慌が深刻化して第2次世界大戦の背景となった。当時、日本も厳しいデフレに落ち込んだが、立て直しを主導したのが高橋是清である。内閣総理大臣、大蔵大臣、日本銀行総裁を歴任した唯一の政治家だが、1931年12月、首相となった犬養毅の懇請を受け4度目の大蔵大臣に就任した。1)金本位制からの離脱、2)金融緩和、3)日銀による国債の引き受け、4)積極財政を矢継ぎ早に実施、主要国のなかで日本が最も早くデフレから脱却したのである。良く言えば「積極財政派」、悪く言えば「放漫財政の使徒」として高橋が評価されることは少なくない。また、日銀による国債引き受けに注目が集中しがちだ。しかしながら、それは高橋財政の一側面に過ぎない。高橋財政とその後の経緯は、現代の日本における財政・金融政策の出口の難しさを示唆しているのではないか。
■ 高橋は世界恐慌から日本経済を立て直した
米国での株価急落を受け世界恐慌が始ったのは1929年秋だ。高橋財政の期間を1932~36年とすれば、日本は1933年頃にはデフレを脱却、「列強」と呼ばれた主要国において最速でデフレを克服した。経済学に多大な影響力を及ぼしたジョン・メイナード・ケインズが『雇用、利子及び貨幣の一般理論』を発表したのが1936年であり、高橋はそれより以前に財政による有効需要の創出を実践した政治家だ。
■ 高橋財政は「放漫財政」ではない
金融緩和で経済成長に必要な通貨を供給した上で、犬養内閣は高橋の政策に基づき積極財政に転じた。1930年度は前年度比4.0%、31年度も9.6%減少していた歳出は、1932年度33.7%、33年度19.0%の大幅な拡大となっている。ケインズによる「有効需要の創出」に他ならない。ただし、景気の回復を受け、1934年度の財政支出の伸びは11.5%へ鈍化、翌1935年には0.7%に止まった。
■ 日銀は国債を引き受けたが持ち切りにはしなかった
高橋財政に関する大きな誤解は、日銀による国債引受けに関するものだろう。高橋財政下、日銀は35億5千万円の国債を引き受けた。ただし、この5年間に31億9千万円を市中で売却している。つまり、当時の日銀は国債を一時的に保有はしたものの、残高を積み上げてはいない。むしろ、高橋は1935年7月の国民向け声明で、国債を日銀が背負い込めば、悪性インフレに陥りかねないと警告した。
■ 高橋財政下では名目成長に合わせマネタリーベースを供給
1932~36年の5年間、マネタリーベースの平均増加率は年7.0%に留まり、この間の名目成長率の7.3%を若干ながら下回った。高橋財政は財政による有効需要拡大策だが、マネタリズム的なデフレ脱却策ではない。量的金融政策として高橋が目指したのは、金本位制の離脱によりマネタリーベース供給上の制約を取り払い、その増加ベースを名目経済成長率と一致させることだったわけだ。
■ 高橋後の財政ファイナンスが戦後のハイパーインフレ招く
日本がハイパーインフレに陥ったのは戦後だ。高橋がニ・ニ六事件で暗殺された後、軍部の力が強まるなか、戦費調達のため日銀は財政ファイナンスを拡大した。戦後、日本が国際市場に復帰すると、大量に供給されたマネタリーベースにより、円の急落が避けられなくなったのである。このインフレを鎮静化させる上で、1946年には預金封鎖、新円切り替え、財産税などの措置が講じられた。
■ 改めて高橋財政に見るインフレへの警鐘:まとめ
第2次安倍政権の経済政策であるアベノミクスは、デフレ脱却を目指す上で高橋財政との類似性が指摘された。しかしながら、高橋財政がマネタリーベースの供給を名目成長率と一致させようとしたのに対し、アベノミクスは期待に働き掛ける観点から、経済規模に対して過剰とも言えるマネタリーベースを供給した。また、経済が立ち直ったと判断したことで、高橋は軍事費を中心に歳出に大鉈を振るい、財政の健全性を維持しようとしたのである。高橋は積極財政の継続と日銀による財政ファイナンスが続けば、やがて悪性インフレになると懸念していた。それが故に陸軍青年将校の恨みを買い、ニ・ニ六事件で暗殺されたのである。高橋の死後、歳出拡大と財政ファイナンスに歯止めを掛けることは困難になり、戦後、ハイパーインフレを招いたと言えるだろう。足下、デフレを脱却したにも関わらず、財政支出の拡大が続き、日銀による出口戦略も非常にペースが遅い。この状態が続けば、中長期的には円が売られ、構造的なインフレ期から抜け出せなくなる可能性がある。インフレへの備えが必要ではないか。
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