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- 「トランプ関税」の問題点
米国のドナルド・トランプ大統領が就任してから4週間が経過した。短い期間に大統領令を多発して数々の政策を打ち出し、連邦議会を軽視しているようにも見える。しかしながら、現時点で同大統領を止める強い政治的な動きは見受けられない。特に注力しているのが、関税による対外的な圧力の強化だ。通商関連のみならず、外交や領土問題にも関税が交渉の武器となった。もっとも、米国は自らの生産力を上回る消費により世界に需要を創出、ドルを基軸通貨化させることで国際社会において大きな影響力を行使してきた。つまり、貿易赤字は米国の強さを反映しており、弱さを象徴しているわけではない。また、関税は輸入国の事業者が納税義務者である。関税率を引き上げれば、最終的には消費者が負担することになるだろう。つまり、関税率の大幅な引き上げは新たな連邦間接税を導入したに等しい。結果として、米国内において物価上昇圧力が高まると想定される。関税を武器にした対外交渉は、米国のインフレを加速させることになるのではないか。
■ 基礎的関税の導入を軸に6つの案がテーブル上にある
自らを『関税の男』と自称するトランプ大統領は、選挙期間中、選挙後、そして就任後、大きく分けて6種類もの関税導入の可能性を示してきた。このうち、全輸入品に一律の関税を課す基礎的関税については、就任後、多くを語っていない。むしろ、個別国、もしくは個別品目に特化した関税の導入を急いでいる印象だ。基礎的関税の場合、対象国と交渉する余地のないことがその一因なのではないか。
■ メキシコ、カナダ、中国は最大の貿易相手国
就任後、トランプ大統領が最初に取り組んだのが、合成麻薬鎮痛剤『フェンタニル』の違法輸入に関連し、メキシコ、カナダ、中国へ発動を目指した関税である。メキシコ、カナダに関しては、電話首脳会談により土壇場で発動を30日間延期した。米国の国別輸入額ではこの3ヶ国がトップ3だが、メキシコ、カナダに関しては輸出額も大きい。報復関税が導入された場合、米国企業にとっても影響は無視できないだろう。
■ 強過ぎる消費が貿易赤字の要因
米国の純輸入対GDP比率を見ると、1990年以降で最もマイナスが大きかったのは、2022年の▲4.7%である。新型コロナ禍から経済が正常化へ向かったこの年、米国の実質成長率は2.5%であり、巡航速度と言われる2%を上回っていた。また、純輸入対GDP比率が▲4.4%だった2004、05年も、それぞれ3.8%、3.5%の高成長だ。貿易収支の赤字が米国経済の成長阻害要因になっているわけではない。
■ GDPの7割を占める個人消費が成長率を決める
米国の個人消費はGDPの7割近くに達し、日本の54%程度、ユーロ圏の52%程度を大きく上回る消費主導の経済だ。マクロベースで見た場合、米国の国民は自らの供給能力を超えた消費をすることで、豊かな暮らしを享受してきた。過剰消費体質である以上、それに見合う輸入がなければ、米国経済はインフレに陥りかねない。貿易赤字は米国の弱さではなく、むしろ強さを象徴していると言えるだろう。
■ 貿易収支の赤字は国外からファイナンス
2023年までの10年間、米国の経常収支は5兆8,106億ドルの赤字だった。一方、金融収支は5兆2,721億ドルの流入超過(対外債務の拡大)である。つまり、米国の国民は稼ぐ以上に消費し、基軸通貨ドルによってそのファイナンスをしてきた。結果として、ドルの管理により世界経済に対して圧倒的な影響力を示している。これは、古代ローマや近代の英国にも見られた通り覇権国の特徴だ。米国の強さの源泉のコアの部分だろう。
■ シェアは低下するも依然として50%を上回る
IMFによれば、2024年9月末現在、世界の外貨準備は総計で12兆7,304億ドルだ。このうち、57.4%に相当する6兆7,967億ドルが米ドルに他ならない。この比率は2016年末に65.4%であり、段階的に低下している。それでも、ユーロが20.0%に止まるなかで、米ドルは基軸通貨として圧倒的な地位を維持していると言えよう。ドルが基軸通貨足り得ているのは、巨大な貿易赤字による需要創出が背景だ。
■ 2026年度の税収は3,500億ドルへ
超党派の引退議員らで構成された責任ある連邦予算委員会によれば、基礎的関税が導入された場合、2024年度に814億ドルだった関税収入は、2026年度に3,500億ドルに達すると見込まれている。これは、米国の消費者物価上昇率を1.0~1.3%ポイント程度押し上げるのではないか。トランプ大統領が基礎的関税を断念したとしても、多様な関税が米国の物価に及ぼす影響は無視できないだろう。
■ インフレがバイデン大統領の支持率に大きく影響した
バイデン大統領の支持率は、消費者物価上昇率に反比例するかたちで下落した。インフレを批判して大統領選挙に勝利したトランプ大統領にとっても、インフレは手強い強敵だ。特に2026年11月の中間選挙で共和党が敗北した場合、任期が延長できない同大統領は早くもレームダック化しかねない。インフレ圧力が強まる場合、結局、FRBによる金融政策にインフレ対策を依存せざるを得ないだろう。
■ 「トランプ関税」の問題点:まとめ
トランプ大統領の看板政策は、関税と不法移民抑制だ。もっとも、単純に貿易赤字を縮小させ、不法入国者を止めれば、物価が上昇する結果、米国経済の成長力が阻害されるのではないか。そこに至る過程で、株式や債券、為替市場が警鐘を鳴らすことも考えられる。その場合、トランプ大統領は政策の修正を迫られるだろう。ただし、当面、同大統領の関税旋風が世界を席巻することで、国際的なヒト・モノ・カネの流れに影響が出る可能性は否定できない。それは、世界経済のインフレ圧力と言えるだろう。
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