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インフレ動向の整理と、賃金・物価のスパイラルについて
梅澤 利文
2022/11/01

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概要

米国の雇用市場が堅調なことを受け、高水準の賃金が続いています。米国ほどではないにせよ、欧州の雇用市場も比較的堅調です。欧州の賃金上昇圧力は抑えられていますが、今後の賃金動向は交渉次第です。賃金上昇で懸念されるのは物価とのスパイラル的な上昇です。賃金・物価スパイラルの可能性と、今後求められる対応について考えてみます。



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米雇用コスト指数:前期比に頭打ちの兆しが見られたが、前年同期比は依然高水準

米労働省が2022年10月28日に発表した22年7-9月期の雇用コスト指数(ECI、季節調整済み)は前期比で1.2%上昇と、市場予想に一致し、前月の同1.3%上昇を下回りました(図表1参照)。前年同期比では5.0%上昇し、前期と一致しました。ECIは米連邦準備制度理事会(FRB)がインフレ動向を占う上で注目する指標の一つにしていると見られます。

米国の労働市場の強さなどからは、賃金・物価スパイラルが懸念されるが

米国のインフレ動向を占う上で、賃金に対する注目が集まっています。これまでの物価押上げ要因であるエネルギー価格や、新型コロナウイルスに関連する財価格、例えば中古車やパソコンなどの価格動向にこれまでの上昇の勢いが見られない中、賃金と、帰属家賃や家賃などからなる住居費はインフレの押上要因となっています。もっとも、住居費については先行する住宅価格が依然高水準ながら、前月比ベースでは下落傾向です。一方で賃金は米国のみならず欧州の多くの国でも労働市場が強弱の差はあれど底堅いため、賃金の高水準での推移が想定されます。

また、賃金は、賃金と物価上昇が交互に起きる賃金・物価スパイラルがイメージされやすいことも、賃金動向が注目される理由と見られます。

ここで先のECIにより賃金動向を確認すると、前年同期比で5.0%の上昇はコロナ禍前の長期平均(2.7%程度)を上回っています。また、部門別にみると、レジャー・ホスピタリティーが同7.2%上昇、医療・福祉が5.8%上昇、するなど人件費の割合が高いサービス業の賃金が全体を押し上げています。一方で、製造業も4.6%上昇するなど、サービス業に比べ水準は低いものの、非サービス業も堅調です。賃金が足元のインフレ要因となっていることがうかがえます。

もっとも、インフレ動向の変化をより反映しやすい前期比で見ると、7-9月期は4-6月期の1.3%上昇を下回っています。

部門別でも、レジャー・ホスピタリティーの4-6月期は前年同期比で7.8%上昇から7.2%上昇へと低下しました。この傾向が続くか確認は必要ですが、賃金の伸びは高水準ながら、鈍化の兆しも見え隠れし始めているようです。

一方で、賃金・物価スパイラルへの懸念も根強いと見られます。米国の賃金をインフレ率で調整した実質賃金(時給)で見るとマイナス圏で推移しています(図表2参照)。給料をもらう立場からすれば、生活は苦しくなる一方で、賃上げを求める声が強まることも想定されるからです。事情はどの国も同様で、労働者の賃上げ要求も強まっています。

賃金・物価スパイラルのこれまでの事例と、今後の教訓について

ここで、足元の物価と賃金もしくは労働市場の特色を4つの項目に整理します。①インフレ率の上昇、②名目賃金の上昇、③実質賃金の低下(伸びがマイナス)、④失業率の低下、が挙げられます。この4つの特色は米国だけでなく、世界の多くの国で見られます。国際通貨基金(IMF)の22年10月の世界経済見通しで、①~④の局面を条件に、現在と似たような状況に直面した過去のなケースを調査しています。そのうえ様々な分析を加えて問題点などを把握しています。

その調査では先進国の過去約40年(国によってはより長期)のデータを用いて、①~④の条件を複数満たすケースを抽出しました。結果として22のケースを特定し、それらの国で賃金・物価スパイラルが後に発生したかを分析しています。結論から述べると、賃金・物価スパイラルが起きることは多くないとIMFは指摘しています。インフレ率は数四半期で低下し、名目賃金の上昇が小幅であっても、実質賃金は徐々に改善(上昇)し、そして失業率は比較的安定して推移するというパターンが比較的多いようです。

しかしながら、安心は禁物です。第2次石油ショックが起きた79年の米国では1年以上物価が大幅に上昇した上、失業率も急上昇しました。この時期に活躍したのがFRBのボルカー元議長で、インフレ抑制のための急速な金融引き締めで失業率は急上昇しました。また、第1次石油ショック時の米国やベルギーなどでも、長期的な物価上昇が見られたことが指摘されています。ロシアのウクライナへの軍事侵攻によるエネルギー危機が石油ショックと「同じ」というのはあまりに乱暴ですが、状況的にはどちらかというと、石油ショックのような例外的な出来事に伴い発生するイベントとも考えられそうです。なお、別の注意点として、①~④のデータを比較可能な形で長期にわたって揃えるのは困難であるため、サンプル数にもある程度制約がある点に注意は必要です。

ただし、過去の特定の事例だけでは不十分で、IMFは①~④の局面で何が求められるかについても様々な分析をしています。その中で目に付くのは金融政策における期待インフレ率のコントロールです。IMFはインフレ期待が後ろ向き(過去の高いインフレ率に左右される)の場合、インフレ率が上昇するリスクが高まると指摘しており、前倒しの金融政策で期待インフレを抑制する必要があると説明しています。

筆者が思いついた具体例を述べると、頭をよぎったのは賃金交渉です。賃金交渉では物価をベースに賃金の交渉がよく行われますが、その物価として過去の消費者物価が参照されるのは普通でしょう。問題なのは、今後も過去の(高水準の)インフレ率が継続すると考えることが合理的かどうかです。仮に労働者も、価格転嫁を決定する経営者も将来の価格上昇を想定していたならば、賃金・物価のスパイラルが起きる公算が高まるように思われます。あくまでイメージとしての例ですが、期待インフレが物価動向の決定に重要な意味を持つと思われます。

FRBをはじめ世界の多くの中央銀行がインフレ抑制を最優先に金融引き締め姿勢を維持すると共に、期待インフレをコ

ントロールすることの重要性を指摘しています。期待インフレの抑制は長期的な対応が求められるため、金融引き締めの調整はあっても、緩和に転じるのはまだ先と見られそうです。多少の金融引き締め姿勢の調整があったとしても、仮にそれにより極端に楽観的な動きが市場に台頭した場合、筆者はそちらの方に危うさを覚えます。


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梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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