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ジャクソンホール会議を前に自然利子率を考える
梅澤 利文
2023/08/23

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概要

米国の景気回復、インフレ率の高止まりなどを受け国債利回りは上昇傾向です。この利回り上昇要因に追加するものとして自然利子率の上昇も考えられます。コロナ禍を受け経済に構造変化の可能性が指摘される中、自然利子率はこれまでの想定より高いとする試算も見られます。自然利子率上昇は政策金利の最終調達点を引き上げる可能性もあり、議論の行方に注目です。



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米国国債利回り、長期セクター主導で上昇傾向が続く

米債券市場で2023年8月21日に米10年国債利回りが4.35%となる局面もあるなど利回り上昇傾向が継続しました(図表1参照)。米10年国債利回りは昨年につけた4.25%前後の水準を上回って上昇を続けています。

21日は、米国の物価連動国債(TIPS)も売り圧力が強まり、TIPSの利回りが上昇し、09年以来の2%台となりました。なお、名目の国債利回りとTIPS利回りの差で近似的に算出される10年物の期待インフレ率(ブレークイーブンレート)は足元、おおむね2.3%台で比較的安定的な推移となっています。8月24~26日に開催予定のジャクソンホール会議を前に国債利回りの水準訂正がみられます。

自然利子率の代替とみられるFRBの長期予想は足元変更がなかった

堅調な雇用統計、インフレ率高止まり、国債需給懸念など、米国債利回りの押し上げ要因は様々ですが、足元市場ではコロナ禍後の経済構造の変化を反映した自然利子率(景気を加速も減速もさせない実質金利の水準)が上昇しているとの観測も広がっているようです。きっかけはニューヨーク連銀のレポートで、そこに示された試算値が自然利子率上昇の可能性を示唆していたからです。折しも、今回のジャクソンホール会議のテーマは「グローバル経済の構造転換」です。仮にコロナ禍後の経済構造の変化が自然利子率を上昇させたとすれば、米国債利回りの水準訂正は考慮すべきシナリオです。単なる市場の憶測に終わるのか、それとも、金融政策に何らかの影響が及ぶのか、市場はかたずをのんで見守っています。

米金融当局が認識する自然利子率の水準はどの程度か? この目安として、4半期ごとに米連邦公開市場委員会(FOMC)が公表する長期のフェデラルファンド(FF)金利が利用されています(図表2参照)。なお、図表2の長期FF金利は名目レートであるため、実質ベースである自然利子率と合わせるには物価で調整する必要がある点に注意が必要です。図表2の長期FFレートで注目したいのは19年半ば前までは低下傾向であったことです。これはモデルで推定された自然利子率が低下傾向であることと整合的です。

より重要なのは、その後足元まで長期FFレートの見通しが、コロナ禍の一時期を除いて、2.5%で不変なことです。コロナ禍により経済の混乱はあったものの、長期FFレートもしくは自然利子率は変わらないと解釈できそうです。筆者も5月に当レポートで紹介しましたが、ニューヨーク(NY)連銀がコロナ禍の前後で自然利子率の推定値に変化がないと公表しています。

ところが、8月に同じNY連銀から公表されたレポートでは、長期と短期の違いはありますが、短期自然利子率は足元上昇している可能性を指摘しています。このレポートは市場の一部に、短期自然利子率の水準の見直しを促した可能性があります。これが米国債市場の利回り押し上げ要因の一つとなった可能性があるように思われます。

自然利子率上昇の思惑が米国債利回りの上昇に影響を与えた可能性

NY連銀のレポートの(短期)自然利子率について主なポイントを簡単に振り返ります。

まず、FRBの金融政策が緩和的か、それとも引き締め的かについては、名目の短期自然利子率とFFレートを3時点(21年12月、22年6月、足元)で比較しながら検討しています。結果は利上げを示唆した21年12月頃の金融政策は緩和的、22年6月頃には引き締め的、足元では短期自然利子率が政策金利の引き上げペースを上回って上昇していることから緩和的に転じている可能性を指摘しています。

短期の自然利子率が上昇した背景として、これまでの利上げに反し社債スプレッドなどが落ちついていることや、インフレがなかなか下がらないことなどが考えられそうです。利上げの効果が表れにくいというのは、いまだに労働市場が堅調なことなど、経験則に比べ市場関係者も違和感を感じていると思われます。この違和感が構造変化に根差したものなのか、当局から明確な説明があったとは言い難いと思われます。したがって、「グローバル経済の構造転換」をテーマとする今回のジャクソンホール会議でこれらの問題が検討されるのではという期待と、懸念が米国債市場に何らかの影響を与えた可能性があるようです。

ジャクソンホール会議で自然利子率が議論されるのか筆者にはわかりません。しかし、自然利子率を現時点で金融政策に反映させるには課題も残されていると思われます。例えば、今回は金融政策の引き締め度合いとして主に短期の自然利子率を述べました。しかし自然利子率の推定にはターミナルレートの参照とされる長期の自然利子率もあります。この短期と長期の自然利子率の役割分担について一層の整理が必要と思われます。

また、自然利子率は推定値であり幅を見る必要があります。同じNY連銀の(長期)自然利子率の推定結果もモデルの種類により差がみられます。

さらに、NY連銀以外、例えばダラス連銀が7月に発表した自然利子率の推計は、長期が約0.7%、短期はマイナス0.3%となっており、NY連銀の結果と大きな差があります。地区連銀を超えた推定結果の整理が必要かもしれません。

自然利子率は金融政策に重要な概念ながら、推定が容易でないなど課題も多く、今後の議論の行方に細心の注意を払う必要がありそうです。


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梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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