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邦銀の今後の見通し:サイクルと構造変革
大槻 奈那
2024/06/21

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概要

国内の金利先高感や円安の長期化等から、今年の邦銀は例年以上に会社予想が上振れる可能性がある。しかし、こうしたシクリカルな要因による株高は長続きしにくい。むしろ今のうちに構造変革に踏み込む銀行が長期的に有望だ。例えば、インオーガニック戦略、再編等によるAI・IT投資余力捻出、事業の重要度を抜本的に見直し取捨選択する等の施策が注目される。地方が抱える人口減少等の課題は深刻さを増しているが、構造改革に取り組む銀行の企業価値には注目したい。



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■ 日銀追加利上げの可能性は高まり、国債買い入れも減額へ

6月の日銀の政策決定会合では、国債の買い入れ減額の方針が発表された。3月のマイナス金利解除、YCC(イールドカーブ・コントロール)終了に次いで、金融政策正常化への新たな一歩が刻まれつつある。年初に予想されていたよりも遥かに大きな変化が金融市場に訪れている。

そのような中で、銀行の今期の収益環境は、いわば“三拍子”揃った良好な年となりそうだ。国内の金利上昇に加え、米国の利下げの遅れによる円安継続、不良債権の増加速度の鈍さ、という好条件が重なるためだ。一方で、地銀を中心に、人口減少による顧客の都市部シフト等の重い課題もある。銀行が中長期的に企業価値を高めるための条件とは何か。


■ 今期は邦銀にとって“三拍子”そろった好環境

2024年3月期、国内の上場銀行の当期利益は、過去最高水準に達した。これを反映し、上場銀行の時価総額も期末としては2000年以降最高となった(図表1)。東証銀行株指数の年初来の上昇率は、世界の主な銀行株指数を凌ぐ(図表2)。

ところが、6月に入ってからの銀行株はパッとしない。市場全体の弱さもあるが、今期の会社計画利益や株主還元が保守的だと受け止められたことも影響しているとみられる。ただ、会社の期初計画には更なる政策金利上昇等は織り込まれていないことから、平年以上に上方修正の余地がある印象だ。仮に、日本の政策金利が0.15%引き上げられた場合、メガバンクで2400億円程度業務純益が押し上げられそうだ。(図表3)。

更に、海外資産の拡大で、円安の影響額も大きくなっている。2014年度頃の3メガバンクの業務純益は、1円の円安で1行当たり20億円増益になる程度だったのに対し、直近の影響額は、1円当たり35~80億円と、1.8~4倍になっている(因みに同時期に業務純益は約2割増)。このため、現在の円安が続けば、3メガバンクの利益は合計2500億円程度押し上げられる可能性がある。これらを合計すれば、メガバンクの今期の業務純益は7~14%程度、現在の会社計画から上振れしうる。

地銀については、為替の恩恵は限定的であるが、利上げの影響は大手行以上になると見られる。0.15%利上げの影響を試算すると、上場地銀合計で1800億円、11%程度の経常利益押し上げ効果が期待できるだろう。(図表4)。持株会社よりも、住宅ローンの割合が総じて大きい独立系の地銀の方がインパクトがやや大きくなると予想される。

■ シクリカルな要因の株価効果は一時的

一方、こうした金利や為替の効果は一時的であるとも考えられる。徐々に景気鈍化による貸出の伸びの鈍化や与信費用の増加が始まるためだ。2006年の日銀の利上げ時も、リーマンショックを待たずして銀行株の勢いは腰折れた。

このため、銀行の企業価値向上については、景気サイクルを超えた、構造的な変化に注目する必要がある。業種柄大きな改革は望みにくいとも思われがちだが、銀行にも長期的には戦略の違いで大きな差が生まれる。近年の銀行株の時価総額を見ると、大手行の占める割合がじわじわと高まっている(図表5)。これは、国内金利低迷の下で、大手行は、海外業務や非金利収益を拡大してきたことが影響しているとみられる。では、今後どのような点に注目すべきか。

■ 3つの構造変革に注目:① インオーガニック戦略

第一に、インオーガニックな成長戦略である。メガバンクの場合、海外を中心とするM&Aがこれにあたる。前掲図表1の通り、過去15年間も金融ショックがなかったことで利益が資本として着実に累積し、かつ年度利益の水準が切り上がってきた。このため、今や、資本余力を懸念することなく、年度利益の1割以上、年間700~1500億円以上をインオーガニックな投資に回すことができるだろう。

かつては、日本企業の海外M&Aは成功しないなどとも揶揄されてきたが、金融機関がサブプライム危機後の数年間に行った海外M&Aの中には大きな収益貢献をしているものも多い(図表6)。例えば三菱UFJが2013年に買収したアユタヤ銀行(タイ)は、買収後に利益を伸ばしており(図表7)、2024/3月期の三菱UFJへの利益貢献額は963億円に上った。当初の投資額に対するリターンはゆうに二桁%を維持している。株主還元も重要だが、高いリターンが上がるなら、しっかり内部留保して投資してくれた方が株主にとってもプラスである。

地銀については、国内基準行の場合、原則として2025年3月期にバーゼルⅢ最終化が予定されていることから、株式投資がやや難くなる(一部の銀行では早期適用済み)。現在100%とされている保有株式のリスクウェイトが、上場株式は250%、投機的な非上場株式は400%へと引き上げられ資本負担が重くなる。それでも、地元の成長に資する投資で将来の自行のためにもなるような案件や、リスクウェイト上昇を打ち返す好リターンの投資であれば十分検討に値するだろう。

■ 構造変革②: 再編等によるAI・IT強化

地銀の再編は、これまでは、主に経営の効率化の観点から行われてきたが、今後は更に、AI・IT投資余力の観点からも、一層重要になるだろう。米国でも、今年2月、リテール銀行のキャピタルワンがカード大手ディスカバリーの5.3兆円規模の買収を発表した。実現すれば、カードローン残高で全米トップとなる。背景の一つとして、規模のメリットでシステム投資を容易にする狙いがあるとみられる。

日本でも、地銀の再編は近年大きく進展した(図表8)。その多くが持株会社傘下で銀行をそのまま維持する形のものである一方、最近は銀行自体が合併し、規模拡大と一層の効率化とを達成するケースもみられる。現在、愛知銀行と中京銀行、八十二銀行と長野銀行、福井銀行と福邦銀行などが合併を計画をしている。今後もこうした踏み込んだ再編が増えるだろう。

緩やかな連携で、地元密着の機能を維持しつつ、システム開発の共同化をより大規模に進めるという選択肢もある。例えば、フランスの協同組織金融グループのCredit Mutual Alliance FederaleはIBMと組んで量子コンピューティングの開発を行う。そこまでいかなくても、地銀が有する貴重な顧客ビッグデータを、AI導入等でもう一段生かすことができれば、大きな差別化要因となるかもしれない。

■ 構造変革③:業務の抜本的見直しとアウトソース

第三に、業務の抜本的な見直しである。都市部から離れた銀行については、人口移動による顧客離れのリスクが排除できない(図表9)。このため、銀行業務を機能ごとにアンバンドル(分割)し、その一つ一つを見直し、資源を集中投下するコア分野と、大胆に外部へアウトソースする周辺分野を選別する必要があるかもしれない。

例えば、強みを有するコア業務である決済分野については、BaaS(バンキング・アズ・ア・サービス)を用いて、顧客接点を有する他業態から業務を請け負うことも一考に値しよう。なお、米国ではアップルがゴールドマン・サックスとのBaaS撤退を表明したが、戦略等の違いから状況は邦銀とは相当異なるとみられる。逆にコア業務以外のアウトソースも大胆に進める必要があるだろう。欧州では、銀行のアウトソースが活発だ(図表10)。注意喚起もなされているところではあるが、その範囲は、IT関連にとどまらず、内部管理機能や、投資サービス、預貸業務にまで及び、効率化への意欲がうかがわれる。

このように、業務を再構築することで、地元市場や顧客ベースの大幅な拡大を前提にしなくても、事業価値を高めることは可能だろう。

ここからの銀行株投資では、金利環境等のシクリカルな要因だけでなく、中長期的な構造改革にも注目し、これらに本格的に取り組む銀行に注目していきたい。

 

 

 

 


大槻 奈那
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

内外の金融機関、格付機関にて金融に関する調査研究に従事。Institutional Investors誌によるグローバル・アナリストランキングの銀行部門にて2014年第一位を始め上位。国家戦略特区諮問会議有識者議員、規制改革推進会議顧問、デジタル行財政改革会議アドバイザリーボード委員、財政制度等審議会委員、金融庁・資産運用に関するタスクフォースメンバー、東京大学応用資本市場研究センターフェロー等を勤める。日本経済新聞「十字路」、日経ヴェリタス「プロの羅針盤」、ロイター為替フォーラム等で連載。日経Think!エキスパート・コメンテーター、テレビ東京「モーニングサテライト」で解説。名古屋商科大学大学院 マネジメント研究科教授 一橋大学博士(経営学)


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