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米国の個人資産の膨張とその個人消費への影響
大槻 奈那
2024/07/12

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概要

米個人資産の増加が著しい。これにより、配当収入は雇用者報酬を大きく上回るペースで増加、この10年で2.2倍に膨れ上がった。こうした金融所得の増加と資産効果が、依然底堅い個人消費の原動力になっていると思われる。足元では、雇用環境の軟化や、個人ローンに陰りが見えてきたこと等からインフレは沈静化しつつあるが、今後の利下げや来年の新政権の施策次第では、資産価格の上昇と消費の活発化、インフレ再燃で金利・米ドル高再燃のシナリオも排除できない。



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■ 過去最速ペースで米個人資産が拡大

米国の個人資産は過去に例を見ないペースで膨張している(図表1)。過去10年間で個人の総資産は87%、80兆ドル増加し、2024年3月末時点で170.9兆ドル(2京7346兆円、1ドル=160円で換算)まで拡大した。米国の個人資産は、長期的にみるとマネーサプライの増加と概ね呼応しているが、足元ではその縮小にもかかわらず膨張を続けている。

個人資産の増加の内訳を見ると、不動産、株式・投信・MMFの割合が増加している一方、預金や年金保険等は減少している。とりわけ株式・投信等の増加は著しく、10年で2.3倍に増加している。金額ベースでは、24.1兆ドル、3,862兆円の増加だ。


年齢別ではどの層も株式等の資産を増加させている。金額、上昇率ともに最も大きいのは70歳以上の層だが、これに次ぐのは40歳以下の若年層であり、10年間で株式等の資産を2.4倍に増やしており幅広い層で資産を拡大させている。

因みに、日本の金融資産も増加しているが、図表2のとおり、インフレ率を控除しても、米国の伸びは日本とは比較にならないほど大きい。

■ 資産膨張に支えられる個人消費

個人資産の拡大は、米国経済にどのような影響を与えているのか。以下の通り、2つのルートで、資産の膨張が消費を刺激し、これが想定以上に底堅い米国経済の原動力となっている可能性がある。第一に、金融資産の増加による金利・配当収入の増加である。

2024年第1四半期に個人が受け取った金利収入は10年前の1.5倍となった、配当収入の伸びはさらに大きく、2.2倍に増加した(図表3)。この間、雇用者報酬も1.6倍となったが、配当の伸びはこれを上回る。配当収入の増加は金額にして1.0兆ドル、167兆円にも上る。個人の配当収入は、2020年に史上初めて預金の金利収入を上回った(データがある1960年以降)。なお、これらの個人所得には株式や不動産の売却益は含まれていない。これらを含めれば、個人の金融関連所得と、これに伴う個人消費の押し上げの力はさらに大きかったと考えられる。

第二に、資産価格が膨張することに伴う心理的な効果、いわゆる資産効果も消費を支えてきたと考えられる。図表4の通り、米国の個人の富(=個人資産から負債を差し引いた金額)の変動率は、翌期の名目消費の増減率と強い相関がある。過去20年間でみると、個人の富が1ドル増加すると、3か月後の個人消費は1~2セント押し上げられている可能性がある(雇用者報酬の増減の影響はコントロール<排除>している)。

■ 米個人の消費の見通しも強気に

こうした資産価格の上昇は、実際の消費だけでなく、今後の消費の見通しにも影響を与えているとみられる。

足元の米国の消費者の1年後の支出の伸びの予想は、所得の伸びの予想を2ポイント程度上回っており、個人の強い消費意欲を表している(図表5。インフレ予想は控除している)。背景に、一時的に下落したものの、その後堅調さを取り戻した住宅価格等があると思われる。過去にも、個人が実質所得の伸びを上回る消費を予想していた時期には、住宅などの資産価格が上昇していたためである。

個人が強い消費意欲を示していることは、企業の販売価格引き上げの自由度を増すと考えられるため、インフレ再燃の火種となりうる。

■ 個人ローンの延滞は懸念材料だが…

一方、個人消費への懸念材料としては、労働市場の軟化等に加え、ローンの延滞急増が挙げられる(図表6)。特に、クレジットカードローンで初期延滞の増加が目立つ。米国では個人消費に対するカードの利用率が高いため、金融機関が慎重になれば、個人消費には他国以上のマイナスとなる。

もっとも、延滞は既に2022年初頭から増加し始めているが、まだ個人消費に負の影響が出ている様子はない。残高が最も大きい住宅ローンの延滞率が足元でまだ3.2%と低いことも安心材料である。

■ 今後の見通し:米個人消費は底堅く、金利高、ドル高要因となる可能性も

6月の米コア消費者物価指数は、前年同月比で3.3%、前月比で0.1%上昇と、事前予想以上の落ち着きを見せた。しかし、米国株は比較的堅調に推移している。これまで述べた通り、堅調な株価は、個人消費を下支えする大きな要因となるだろう。

さらに、仮にトランプ氏が秋の大統領選に勝利した場合、関税の引き上げ(輸入物価上昇)、不法移民の流入阻止と本国への送還等(賃金上昇)、法人減税(経済活性化)等、資産価格上昇に繋がる施策が盛り込まれるとみられる。

逆に、もし資産が一時的に減少した場合でも、個人消費の大きな落ち込みに繋がるとは限らない。資産価格下落の消費への影響は、上昇時ほど大きくないことを示すデータも多いためだ(図表7)。消費の“ラチェット効果”、つまり一度身についた消費の習慣は容易には変えられないことが背景にある。

これらを踏まえると、個人消費の伸びはやや鈍化するにしても大幅なマイナスに落ち込む可能性は現時点では高くないだろう。むしろ、利下げのスピードと政権の行方、これに伴う株価・不動産価格の動向次第では、資産の膨張を通じた消費の活発化で来年以降インフレが再燃する可能性も排除できない。そのようなシナリオが実現した場合、米国の長期金利は高止まりが続き、ドル高を支える要因となりうるだろう。

 

 


大槻 奈那
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

内外の金融機関、格付機関にて金融に関する調査研究に従事。Institutional Investors誌によるグローバル・アナリストランキングの銀行部門にて2014年第一位を始め上位。国家戦略特区諮問会議有識者議員、規制改革推進会議顧問、デジタル行財政改革会議アドバイザリーボード委員、財政制度等審議会委員、金融庁・資産運用に関するタスクフォースメンバー、東京大学応用資本市場研究センターフェロー等を勤める。日本経済新聞「十字路」、日経ヴェリタス「プロの羅針盤」、ロイター為替フォーラム等で連載。日経Think!エキスパート・コメンテーター、テレビ東京「モーニングサテライト」で解説。名古屋商科大学大学院 マネジメント研究科教授 一橋大学博士(経営学)


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