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国際社会の不安定感が押し上げる金価格
市川 眞一
2025/03/07

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概要

2月28日、ホワイトハウスで行われた米国とウクライナの首脳会談は実質的に決裂した。また、米国のドナルド・トランプ大統領は、3月4日、メキシコ、カナダ、中国に対し新たな関税を発動、当該国は対米報復措置を準備している。覇権国である米国の一連の動きは、国際社会の分断を一段と印象付けた。特に安全保障への不安が高まるなか、金への逃避が進むのではないか。



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■ 米国の歴史的な戦略転換

ウォディミル・ゼレンスキー大統領にとり、痛恨のミスと言えるだろう。米国での首脳会談は、J.D.バンス副大統領の挑発的な発言に対し、正面から反論したことで、トランプ大統領を怒らせ、米国による軍事支援の一時停止を招いた。


ドイツのキール世界経済研究所によれば、ロシアによる軍事侵攻以降、米国はウクライナへ総額1,228億ドルの支援を行ってきた(図表1)。


これは、各国の総支援額の42.7%に相当する。そのうち、軍事支援は690億ドルであり、2番目に位置するドイツの4倍弱に他ならない(図表2)。



トランプ政権が支援を継続しない場合、ロシアとの戦線においてウクライナ軍はかなり厳しい状況に追い込まれるのではないか。ウクライナにとって、極めて不利な条件で停戦合意に追い込まれる可能性も否定できなった。


一方、米国は、トランプ大統領の下、目先の実利を追及する姿勢をより鮮明にしたと言える。歴代の米国大統領は、国際秩序の確立で指導力を発揮、長期的な国益と折り合いを付ける戦略を踏襲してきた。それを放棄した感は否めない。欧州と米国の関係にも大きな亀裂が生じるだろう。

さらに、トランプ大統領は、合成麻薬鎮痛剤『フェンタニル』に関連して、中国に追加で10%、メキシコとカナダには25%の関税策を発動した。2024年における米国の貿易収支を見ると、メキシコから5,059億ドルの財を輸入する一方、 輸出額も3,094億ドルに上っている(図表3) 。カナダに関しても、輸入額4,127億ドルに対し、輸出額は3,224億ドルに達していた。両国は、米国にとりトップ2の輸出先に他ならない。


自動車への適用は1ヶ月延期されたものの、新たな関税は、価格転嫁を通じて米国の消費者物価上昇率を押し上げる可能性が強い。米国の輸出事業者も、大きな打撃を受けるのではないか。


■ 崩れる国際秩序


米国が自国を優先して国際社会におけるプレゼンスを低下させる場合、地政学的リスクは高まらざるを得ないだろう。金の価格が上昇しているのは、世界的にヒト、モノ、カネの移動が滞り、効率性が阻害されて通貨価値が下落する経済的リスクと共に、地政学的なリスクも背景と考えられる。

19世紀初頭の米国は金銀複本位制だったが、1953年の貨幣鋳造法以降は実質的に金本位制となった。金本位制の下では、金と通貨は公定レートで一定に維持されるが、米英戦争(1812~15年)、南北戦争(1861~65年)の際に金価格は上昇している(図表4)。まさに「有事の金」だ。

1929年秋からの世界恐慌で主要国は金本位制から離脱し、1971年8月15日のニクソンショックで金とドルの兌換が完全に終わった。制度上、金は普通の商品になったのである。しかし、むしろその後、第1次、第2次石油危機、米国同時多発テロ事件(9.11)とテロとの戦いなどを経て、金価格は大きく上昇してきた。通貨価値の下落に直面して、アンカーとしての役割が見い出されたのだろう。

仮にウクライナで停戦が実現しても、ロシアによるウクライナ東部の占領が続き、米国がそれを容認することになれば、国際秩序の流動化は避けられないと想定される。それは、軍事大国による力ずくの領土拡大であり、歴史が100年ほど逆戻りしたことを意味するからだ。戦後に構築された国際秩序が大きく揺らぐのであれば、金の価格がトレンドとして上昇する可能性は否定できない。

 

 


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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