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- ドイツ憲法裁判所の判断は連立政権に痛手
ドイツのGDP成長率は前期比ゼロ%前後での推移となっています。景気悪化への不満などから、連立与党への視線も厳しさを増しています。金融政策は当面、政策金利の高止まりが想定されるため、財政政策への期待が高いものの、財政政策にも規律が求められています。こうした中、ドイツ憲法裁判所の違憲判決は、連立与党には痛手となりそうです。
ドイツ憲法裁判所、未利用の財政資金の気候変動対策への転用は違憲
ドイツ連邦統計庁が2023年11月24日に発表した7-9月期のGDP(国内総生産、改定値)は前期比でマイナス0.1%と速報値、市場予想と一致しました(図表1参照)。4-6月期は横ばいでした。
ドイツ憲法裁判所は23年11月15日に、新型コロナ対策で未利用の財政資金の600億ユーロ(約9.8兆円)を気候変動対策の基金(KTF)に転用した21年分の補正予算は、基本法(憲法に相当)に違反すると判断しました。当時の予算は連邦議会で可決されましたが、最大野党のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)提訴を経て、無効が言い渡されました。憲法裁が問題視したのは、緊急だったはずのコロナ対策の資金が数年かけて使えるKTFに組み入れられた点です。
ドイツの財政問題は連立政権にとり重い課題となりそうだ
ドイツの景気回復が鈍い中、ユーロ圏の政策金利は当面、高水準で推移する見通しであり、景気対策は財政政策への依存が想定されます。しかしドイツ連立政権は財政問題に直面しています。財政問題は今後の展開次第で、政権運営に打撃となる可能性もありそうです。
まず、今回の問題の背景を簡単に振り返ります。ドイツ基本法は、構造的財政収支(赤字)対GDP(国内総生産)比率を0.35%未満に抑えることなどが求められています(「債務ブレーキ」)。欧州連合(EU)では同比率は0.5%と赤字幅に余裕があり、ドイツの財政規律の厳しさがうかがえます。
債務ブレーキは構造的財政収支に適用されるため、景気変動要因や一時的要因による赤字拡大の場合、議会の承認により一時的な逸脱が認められることもあります。最近では巨額の財政出動を迫られたコロナ禍において緊急措置として債務ブレーキが棚上げされました。こうした中、ドイツ憲法裁判所は新型コロナ対策の未利用分を気候変動対策の基金に転用したことは違憲と判断しました。当時の予算は連邦議会で可決されたものですが、提訴を経て15日に無効を言い渡しました。
問題はそれだけにとどまらず、他の財政支出も違憲だと見なされる恐れがあるとして、議会予算委員会は、来年度予算案の採決を見送る事態となりました。
今後の展開は波乱含みですが、連立政権を率いるショルツ首相は24日、23年度については補正予算を編成するとして、債務ブレーキの適用除外を連邦議会に要請する方針を説明しました。24年度の予算案については、財源確保のめどが立っておらず、苦しい対応が想定されます。
支持率が低迷する連立与党にとり財政規律回復は最優先ではなさそうだ
今回の財政問題の影響を占うため、ドイツ連邦議会の議席数の構成を確認します(図表2参照)。社会民主党(SPD)のショルツ首相率いる連立与党は、緑の党と自由民主党(FDP)の3党で構成されています。ドイツ連邦議会の議席数は736であることから、3党のうちどの党が離脱しても連立政権は議会での過半数を確保できない計算となります。そうした中、今回の気候変動対策の転用を違憲とする判断は、23年度について債務ブレーキの適用除外で補正予算を組めたとしても問題は残りそうです。FDPのリントナー財務相はこれまで財政規律を重視する立場を維持し、コロナ禍で適用除外となっていた債務ブレーキを今年から再開する予定でした。しかし与党の方針は債務ブレーキ適用除外の延長とみられたため、これを受けてドイツ国債利回りは先週末上昇しました。リントナー財務相は身内の与党内からは財政規律緩和の圧力を受けつつ、市場の洗礼も気になるところです。
支持率が低迷している連立与党にとっては他の政策への影響も気になるところです。例えば、エネルギー価格の高騰を背景に今年から開始した電気料金とガス料金の補助について、政府は来年も継続することを今月に決定したばかりです。しかし違憲判断の内容から今後は不透明です。
筆者の的外れな憶測なのかもしれませんが、今回の違憲判断が気候変動対策に関連していることから、あくまで長期的な話ですが、緑の党の政策にも間接的な影響があるのかもしれません。欧州では2030年までに温室効果ガスを90年比で55%削減するなど野心的な目標を掲げています。しかし、それを実現するには巨額の投資が求められ、欧州の様々な財政規律を緩める必要があることが指摘されています。そこで、一つのアイデアとして、財政ルールに使われる指標、財政赤字や政府債務から脱炭素など環境関連の投資を除外する「グリーン・ゴールデン・ルール」などが提案されています。欧州は環境対策で先行していますが、現実的には財政規律とバランスをとる必要もあり課題が残されているように思われます。
このように振り返ると、新型コロナ対策で未利用の財政資金を気候変動対策の基金に転用したことを違憲とした提訴は、思惑が微妙に異なる連立与党にとって、痛いところを突かれたのかもしれません。23年度は補正予算、来年度は制約がかかった中での予算編成となると、景気への影響も気になるところです。
ドイツの総選挙は予定通りであれば25年が見込まれます。CDU/CSUは虎視眈々と次回の政権奪取を目指すとみられます。また、景気後退や移民、脱炭素経済への移行を巡る懸念などから極右政党であるAfDの支持率が足元で急上昇しています。景気の行方とともに、ドイツの政治動向に注視が必要です。
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