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ECBフォーラムからのメッセージ、利下げは慎重に
梅澤 利文
2024/07/03

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概要

EU統計局が発表した6月のユーロ圏消費者物価指数は前年同月比2.5%上昇と緩やかながらインフレが鈍化しました。こうした中、欧州中央銀行(ECBが主催する「ECBフォーラム」が「変革の時代における金融政策」をテーマに7月1日に開幕しました。コロナ禍に急上昇したインフレの抑制に向けた試行錯誤が語られている模様です。ECBはデータの重要性を強調し、利下げを慎重に進める方針とみられます。




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6月のユーロ圏のインフレ率は概ね物価の緩やかな鈍化傾向を示唆

欧州連合(EU)統計局は7月2日に6月のユーロ圏の消費者物価指数(EU基準CPI、HICP)を発表しました。CPIは前年同月比2.5%上昇と、前月の2.6%上昇を下回りました(図表1参照)。食品やエネルギーなど変動の激しい項目を除いたコアCPIは2.9%上昇し、前月から横ばいとなりました。

欧州中央銀行(ECB)は7月1日~3日の日程で国際金融会議「ECBフォーラム」をポルトガルのシントラで開催しています。 ECBのラガルド総裁は1日に開幕のスピーチにおいて、インフレ抑制を確信する「十分なデータの収集には時間がかかる」と演説で述べ、追加利下げを急がない考えを示唆しました。

ラガルド総裁は金融政策を運営するうえで期待インフレ率の重要性を示唆

「ECBフォーラム」は年1回開催されますが、今年のテーマは、「変革の時代における金融政策」でした。「ECBフォーラム」全体の内容をカバーしたとみられるラガルド総裁のスピーチでは、コロナ禍で急上昇したインフレは通常の景気サイクルとは違った対応が金融政策に求められたと述べています。ラガルド総裁のスピーチを参考にユーロ圏の消費者物価指数を振り返ります。

コロナ禍から足元までのユーロ圏のインフレ率を振り返ると、22年10月に10.6%上昇とピークに達した後、ECBは大幅利上げ(通常の0.25%を上回る利上げ幅)を実施しました。23年9月の最後の利上げ時点でインフレ率は半減し5.2%となりました。引き締め領域で政策金利を据え置いた結果インフレ率はさらに半減、6月に利下げ開始しました。

この間のインフレ率は大幅に変動し、ECB(を含め金融当局者)にとってインフレ対応は試行錯誤の連続でもあったようです。インフレには景気過熱など需要要因によるインフレと、サプライチェーンの混乱や、地政学リスクの悪化によるエネルギー価格の上昇などの供給要因によるインフレがありますが、供給要因については、例えばハリケーンによる一時的な石油施設の操業停止による物価上昇であれば、通常時の金融政策であれば「見過ごす」という対応がとられます。しかし、物価上昇がより大きく持続するリスクがあった今回は、物価上昇が需要主導であるか供給主導であるかにかかわらず対応を迫られました。70年代の石油ショックに対して中央銀行の対応があいまいで、人々のインフレ期待の上昇を放置したことがインフレ再加速を引き起こしたという教訓をラガルド総裁は指摘しています。もっとも、今回の局面ではショックがあまりに大きかったため期待インフレ率を当初抑えられたわけではないと述べています。

今回のユーロ圏のインフレの状況を概観します。そこでインフレ率(CPI)をエネルギー、食料品、パソコンや自動車などで構成される財、サービスの4項目に分けて推移を表示しています(図表2参照)。なお、エネルギーは変動が大きいため、点線で示し右軸としています。エネルギー価格が急上昇したのはロシアのウクライナへの軍事侵攻によって引き起こされた供給要因です。次に、サプライチェーンの混乱などを背景に食料品価格も上昇し、財価格も過去に比べ大幅に上昇しました。これらの項目となると、供給要因なのか需要要因なのかの区別はあいまいとなりますが、問題なのはその区別よりも、人々の期待インフレ率が上がり始めたことでしょう。ECBは毎四半期、期待インフレ率を含め経済指標見通しの調査を行っています。インフレがピークを付けた22年の調査では中期の期待インフレ率に上昇がみられました。ラガルド総裁によると、利上げ幅を通常よりも大幅としたのは、中央銀行としてインフレに対し断固とした姿勢を示すことにより、期待インフレ率を引き下げたいという考えがあったようです。

ラガルド総裁は「まだ仕事は残されている」として緩やかな利下げを示唆

もっとも、高水準の政策金利は景気を抑制するため、適切なパスで緩める必要があり、ECBは6月から利下げを開始しました。

しかしながら、インフレが目標値の2%を上回るリスクが無くなったと確信できる段階には程遠く、利下げ開始といってもペースは緩やかなものとなりそうです。ラガルド総裁は「まだ仕事は残されている」などと表現していますが、残された仕事として利益と賃金などの関係性がどのように展開するのか、新たな供給側のショックを受けた場合のユーロ圏の物価への影響などを指摘しています。このうち、特に重要なのは賃金動向と思われます。6月のユーロ圏のCPIでも賃金との連動が強いサービス価格は前年同月比で4.1%上昇と前月から横ばいです。「ECBフォーラム」に参加していたECBのチーフエコノミストのレーン理事もサービス価格の水準には懸念を示しています。

今回のECBフォーラムのテーマである「変革の時代における金融政策」は、コロナ禍の高インフレが引き起こした稀な経済現象への政策対応の難しさを話し合っているようです。ラガルド総裁はエネルギー価格の急騰や持続的なインフレなど、過去のデータでとらえきれないインフレを前に、経済モデルがうまく機能しないこともあったと指摘しています。ただし、その意味するところは経済モデルが役に立たないと言ってるわけではなく、データとの不整合を確認するなど慎重な判断の必要性を指摘しています。「データ次第」の意味は少なくとも、単に発表されたデータが上がった、下がったで一喜一憂することではないようです。筆者もデータ次第の意味を間違えないよう努めています。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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