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人民元とキャリー取引、金融政策について
梅澤 利文
2024/08/08

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概要

日銀の内田副総裁は8月7日の講演で、株価や為替相場が不安定な状況での利上げを見送ると発言したことで円安が進行しましたが、中国人民元にも同様の動きがみられました。日中とも金利が低く、キャリー取引の資金調達通貨であったことなどが背景とみられます。なお、中国の金利水準の今後ですが、先日閉幕した3中全会において、金利政策を占ううえで興味深いメッセージがありました。




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日銀内田副総裁の発言を受け急速に円安、人民元も同様の動き

日本銀行の内田副総裁は8月7日、函館市の講演で、株価や為替相場が不安定な状況で利上げは行わず、当面は現行の金融緩和を維持するとの考えを示しました。円は7月半ば頃から、米国の景況感悪化、日米金利差縮小観測、日銀の利上げなどを受け急激に円高が進行していましたが、内田副総裁の発言を受け、急速に円安が進行するなど不安定な状態となっています(図表1参照)。

中国人民元は足元で日本円と連動する動きを強めています。人民元は5日には1ドル=7.13台まで円高に連動するように、元高が進行しました。しかし、内田発言などで円安が進む中、人民元も元安方向に転じ、両通貨は同様な動きとなりました。

人民元はキャリー取引の資金調達通貨の要件を備えてはいるが

円と人民元の足元の類似性は、両通貨がキャリー取引(低金利通貨市場で借りて、ドルなど高金利通貨で運用する取引)の資金調達通貨として利用されていたことが背景とみられます。円キャリー取引はメディアなどでたびたび紹介されているように、活発に利用されているとみられます。

人民元を資金調達通貨とする「元キャリー取引」は人民元が日本円ほど利用しやすくないことから、一般的とは言えないものの、一定規模の取引はあったとみられます。

キャリー取引の資金調達通貨には、低金利であること、変動性が低いことなどが求められます。中国の金利は日本ほどではないにせよ低水準です(図表2参照)。人民元の場合、市場の開放度について問題はありますが、変動制(ボラティリティ)は一般に低水準です。人民元の変動性が低いのは中国人民銀行(中央銀行、人民銀)が毎朝公表する対ドルの基準値などの制度で変動を管理しているのが実態という面もあります。中国当局は人民元がキャリー取引に使われ(日本の円安のように)人民元安が進行することを懸念していたようですが、人民元の制度が元キャリー取引に一役買っていた可能性があるようです。

日銀が利上げを決定したことは円の調達コスト上昇要因となり、素直に円キャリー取引が解消する背景となったとみられます。一方、人民銀は図表2にあるように金利を引き下げる方向で政策運営しており、元キャリー取引にとっては有利で、ポジション解消は必要がないようにも思われます。それにもかかわらず、円と人民元がキャリー取引解消で同方向に動いた背景は、元の変動性が急速に高まったことや、円キャリー取引の解消により投資先の高金利債券が売られたことから、元キャリー取引でも解消が進んだためとみられます。また、金利引き下げ幅も概ね0.1%程度では、その影響は限定的であったのかもしれません。

元キャリー取引の今後は投資先、元のボラティリティの落ち着き、中国の金利、そして当局の姿勢次第です。これ以後は中国の金利動向を占ううえで、人民銀の金融政策を振り返ります。

中国の今後の金融政策を占ううえで興味深かった3中全会

人民銀は7月18日に7日物リバースレポ金利を、市場予想の据え置きに反し1.8%から1.7%へ引き下げました(図表2、3参照)。同日には最優遇貸出金利(LPR、ローンプライムレート)の1年物に加え、住宅ローン金利などの目安となる期間5年超のLPR金利が0.1%の幅で引き下げられました。また。25日には15日に据え置かれていたMLF金利を2.5%から2.3%へと引き下げました。

15日には中国の4-6月期GDP(国内総生産)や6月の小売売上高などが発表され、共に市場予想を下回り、景気回復の鈍さが示されました。18日以降の利下げは景気減速を受けての対応とみられます。中国当局は大幅な金利の引き下げは、おそらく資本流失や銀行の収益機会の損失につながることを懸念して消極的です。しかし、中国景気を押し上げる要因は乏しく、当面は低金利環境が続き、年内の追加利下げも見込まれます。

 18日に中国共産党中央委員会第3回全体会議(3中全会)が閉幕しました。今回の3中全会は中国の金利について、短期、長期の観点で2つ注目点に言及しました。

短期的な注目点は、3中全会が24年の経済成長率目標の達成を強調したことです。通常、3中全会は長期的なテーマが取り上げられることが多く、年後半の(短期的な)経済に言及するのは異例です。3中全会後に利下げが発表されたのは、これを反映したものと思われます。

長期的な注目点は政策金利を7日物リバースレポ金利に集約化する動きです。中国の政策金利は7日物リバースレポ金利とMLFで、LPRはMLFをベースに算出されることから事実上政策金利とされています。3中全会では長期的に7日物リバースレポ金利へ1本化する方向性が示されました。今回の利下げの発表の順番(これが大切)でMLF に先んじて7日物リバースレポ金利が引き下げられたのは、あくまで経済指標の発表日が関係したものと思われます。ただ、長期目線では中国の金融制度変更の小さな兆しだったのかもしれません。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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