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米7月のCPIと小売売上高から受け取るメッセージ
梅澤 利文
2024/08/19

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概要

8月の第3週に、米国では7月のCPIと小売売上高が発表されました。CPIと小売売上高の内容と、市場の反応を踏まえると、CPIからは米国のインフレが米経済の主要テーマでなくなりつつある一方で、市場は景気動向に対する注目度が高まっている印象です。米景気に減速の兆しはありますが、足元で景気後退まで見通すには材料不足で、9月の利下げは引き締め過ぎの調整にとどまる可能性もありそうです。




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7月の米CPI、前年同月比で2.9%上昇と、21年3月以来の2%台へと鈍化

米労働省が8月14日に発表した7月の消費者物価指数(CPI)は、前年同月比で2.9%上昇と、市場予想、6月(共に3.0%上昇)を下回りました(図表1参照)。なお、米CPIが3%を下回ったのは21年3月(2.6%上昇)以来です。

価格変動の大きい項目を除いたコアCPIは市場予想通り、前年同月比で3.2%上昇しましたが、6月の3.3%上昇を下回りました。

物価の短期的な動向を示す前月比は、市場予想通り0.2%上昇でしたが、6月の0.1%下落は上回りました。品目を見ると、7月に前月比で大幅に下落した品目としては中古車、病院サービス、航空運賃などが挙げられます。

米CPIは、インフレが米国経済の主要テーマでなくなりつつあることを示唆

7月の米CPIを受けた米国債市場での利回り低下は限定的でした。13日に発表された7月の生産者物価指数(PPI)ですでに国債利回りが低下したという事情も背景ながら、市場の関心はインフレから景気動向にシフトしたとみられます。

米CPIの減速傾向は維持されるとみています。しかし、前月比では0.2%上昇と、前月を上回っていることから、念のため内容を確認します。前月比の変動をみるため、エネルギー、食料品、財、及びサービスの各項目に分類し、項目別に寄与度を算出したのが図表2です。注目点を列挙すると、まず7月はサービスのプラス寄与が拡大しました。サービス価格を押し上げた品目は主に賃料と帰属家賃(持ち家に家賃負担があるとみなした賃料)などで構成される住居費で、前月比0.4%上昇と、6月の0.2%上昇を上回りました。住居費のCPIに対する構成比率は約36%と大きいため、サービス価格の押し上げに大きく影響しました。

しかし、8月16日に発表された7月の住宅着工件数は市場予想、前月を大幅に下回るなど、住宅市場は過熱感に程遠い状況が続いています。住居費は6月のCPIで鈍化の兆しを見せただけに、今回の住居費の加速は一時的である可能性も考えられ、今後の動向に注目しています。

次に、5月、6月とCPIの下押し要因となっていたエネルギーは、その背景となっていたガソリン価格の下落が7月は横ばいとなりました。そのためエネルギーの7月CPIに対する寄与はほぼありませんでした。なお、8月に入り米国の店頭ガソリン価格は再び低下基調です。

パソコンや自動車などで構成される財は7月のマイナス寄与が先月に比べ大きくなりました。中古車が前月比2.3%下落となったこが目立ちますが、衣服なども下落しています。米企業も値引きをしないと売れないといったケースも増え始めているようです。

懸念が完全になくなったわけではないものの、インフレは米国経済の主要テーマから外れつつあるようです。

7月の米小売売上高は米国経済が景気後退から距離があることを示唆

米国経済の主要テーマは景気動向にシフトしたとみられます。先週のデータでは個人消費を示唆する小売売上高に注目が集まりました。米商務省が15日発表した7月の小売売上高は前月比1.0%増と、市場予想の0.4%増、前月の0.2%減(速報値の0.0%から下方修正)を大幅に上回りました(図表3参照)。8月月初の雇用統計における失業率の上昇から市場では米国の景気後退観測まで台頭しました。しかし、景気後退を懸念して急落した株式市場が小売売上高を受け回復するなど、過度な景気後退懸念を抑える役割を果たしたとみられます。これまで不思議なまでの強さを見せてきた米個人消費は、7月も堅調な数字です。

しかし、7月の米小売売上高をけん引したのは主に自動車とみられます。自動車を除いた小売売上高は7月が0.4%増と、6月の0.5%増を下回りました。自動車販売は6月の小売売上高でも不確定要因でした。その背景には自動車ディーラーに対するサイバー攻撃の影響が読みづらかったためとみられます。この影響が7月には自動車販売を押し上げる方向に作用した可能性があります。今後の影響の落ち着きを見守る必要がありそうです。

小売売上高の基調を見るうえで、変動の大きい自動車、ガソリン、建材、外食を除いたベースでは、7月が前月比0.3%増と、6月の0.9%増を下回りました。6月は足元のインフレ鈍化を受け、お値打ち商品購入により消費が増えたとの見方が多いように思われます。7月はその反動で低下した可能性があります。小売売上高の内容から、米国は景気後退から距離があるように思われますが、選別的な消費が進むなど弱さも見られます。

米国経済の主要テーマが景気動向となる中、筆者の現状認識は景気後退には距離がある一方、景気減速は進行するというイメージです。そうした中、24年後半の米経済は前期比年率で1%前後の成長率に鈍化する展開を見込んでいます。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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