Article Title
中国経済対策で財政政策は真価を発揮できるか?
梅澤 利文
2024/10/15

Share

Line

LinkedIn

URLをコピー


概要

中国の藍仏安財政相は10月12日に財政政策の骨格を発表し、特別国債を発行して大手国有銀行に資本注入する方針を示しました。また、地方政府が特別債を活用して売れ残り住宅を買い取ることなどに言及しました。これにより、金融システムと不動産市場の健全性を高めることを目指しています。しかし、市場は具体的な数字が示されなかったことから評価しかねており、次の一手に注目しています。




Article Body Text

中国財務省、9月の経済対策に続き財政政策について発言

中国の藍仏安財政相は10月12日の記者会見で、景気刺激策を発表しました。特別国債を発行して大手国有銀行に資本注入し、銀行の健全性を高める方針を示しました。仮に大手行への公的資金注入となれば1998年以来となります。経済を支える金融システムへの財政支援で景気を下支えする構えです。また、地方政府が特別債の活用を通じ、売れ残り住宅を買い取ることを認めると説明しました。ただし、特別国債の発行額については具体的に言及しませんでした。

週明けの14日の中国株式相場は、一時マイナス圏となる局面もありましたが、結局、前週末比で反発して取引を終了しました(図表1参照)。

中国財務相の財政政策についての発言への市場の評価は分かれる

中国当局は4~5月に主に不動産市場への対策を発表しました。中国人民銀行(中央銀行)が国有企業による売れ残り住宅購入を支援するため、3000億元(約6兆5000億円)相当の低利資金を供給するなどの対策が含まれていました。

また、9月には3本柱からなる経済対策が発表されました。主な項目は、①金融緩和、②不動産問題対策、③株式市場対策、などです。

中国株式市場は4~5月にかけ、不動産市場対策への期待から上昇しましたが、発表後は失望感から株価が軟調になりました。しかし9月の経済対策は株式市場への流動性供給など想定以上の対策が盛り込まれ、株式市場は先月末急上昇しました。ただし、①~③の経済対策には財政政策が示されませんでした。そうした中、10月12日に藍仏安財政相は財政政策について発言しました(図表2参照)。主な内容は、地方債務リスクを軽減し、国有銀の資本不足を補い、不動産セクターを下支えする、などであり、お題目としては市場の期待に概ね沿うものとみられます。ただし、規模が不明な点など、市場が満足する内容とは言い難く、15日の中国株式市場は、軟調で経済対策後の株高維持に疑問も残りました。

短期的には、給付金のような具体的な消費刺激策が示されなかったことへの不満もあるようです。

中長期的な視点からも不満は残るようです。藍仏安財政相が言及した地方債務リスクの軽減、国有銀の資本注入、不動産セクターの下支え、などの方針は、今後の解決を期待させるものです。問題解決の第1歩は何が問題なのかを見極めることであり、その点ではツボを押さえた印象です。問題は一向に具体的な解決策が示されないことであり、今回の発言は踏み込み不足の印象を市場に残したように思われます。

中国は財政政策の使い道を定めて慎重に繰り出す構えとみる

中国は地方債務の問題や、不動産問題の解決にどの程度の財政規模が必要なのか筆者には想像もできません。ただし、国際通貨基金(IMF)などの試算を目安にすると相当の規模に上ります。報道などで有名になった未完成住宅問題(購入代金を前払いしたにもかかわらず完成しないで引き渡されていない住宅の問題)についてIMFは対GDP(国内総生産)比で5.5%程度の支出が必要と試算しています。金額にすると約7兆元(150兆円超)と見積もられます。5月の不動産市場対策では国有企業による売れ残り住宅購入を支援するため、3000億元相当の低利資金の供給が発表されましたが、おそらく規模としては不十分です。中国当局が財政政策に慎重な理由を調査することは困難ですが、考えられる理由の1つに、日本の過去の経験を踏まえていることが考えられます。日本の90年代は不動産問題が深刻化し始めた時です。日本の90年代同様、足元で中国は不動産問題に直面しています。なお、日本の土地取引と異なり、中国では住宅など用途に応じて土地の使用が許可された場合、地方政府などに「土地使用権譲渡金」を支払って使用するなど制度は違うため一概に比較はできません。しかし、両国とも、不動産は(絶対に)もうかるという「土地神話」が崩壊した点は共通していると思われます。

日本では90年代に「総合経済対策」、「新総合経済対策」などの名称で、いわゆる財政政策が実施されました。これらの財政政策に効果があったかというと後世の評価は一般に厳しいものとなっています。効果が不確実なばかりか、90年代後半になるほど、市場の期待などとともに、財政政策の規模が大きくなる傾向がみられました。日本の不動産問題が改善に向かうには長い道のりがありました。不良債権の透明化から買取機関の設置、痛手を負った銀行への資本注入や合併など長期にわたる取り組みがありました。

中国の不動産問題がどの程度深刻で、何をすべきかは判断が分かれるところです。難しいのは市場の期待の維持は大切ながら、市場の期待で財政政策の規模や内容を決めるのは必ずしも正解とならない可能性もあることです。中国当局には財政政策を一時的な景気対策でなく、不動産問題の解決に使うという決意が求められそうです。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


●当資料はピクテ・ジャパン株式会社が作成した資料であり、特定の商品の勧誘や売買の推奨等を目的としたものではなく、また特定の銘柄および市場の推奨やその価格動向を示唆するものでもありません。
●運用による損益は、すべて投資者の皆さまに帰属します。
●当資料に記載された過去の実績は、将来の成果等を示唆あるいは保証するものではありません。
●当資料は信頼できると考えられる情報に基づき作成されていますが、その正確性、完全性、使用目的への適合性を保証するものではありません。
●当資料中に示された情報等は、作成日現在のものであり、事前の連絡なしに変更されることがあります。
●投資信託は預金等ではなく元本および利回りの保証はありません。
●投資信託は、預金や保険契約と異なり、預金保険機構・保険契約者保護機構の保護の対象ではありません。
●登録金融機関でご購入いただいた投資信託は、投資者保護基金の対象とはなりません。
●当資料に掲載されているいかなる情報も、法務、会計、税務、経営、投資その他に係る助言を構成するものではありません。

手数料およびリスクについてはこちら



関連記事


メキシコペソの四苦八苦

10月の中国経済指標にみる課題と今後の注目点

米CPI、インフレ再加速懸念は杞憂だったようだが

注目の全人代常務委員会の財政政策の論点整理

11月FOMC、パウエル議長の会見で今後を占う

米大統領選・議会選挙とグローバル市場の反応