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経済学のキホン⑩ ~経済思想史⑦~
2024/05/16

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概要



ケインズ経済学の再考と新自由主義に替わる経済思想や経済理論を構築することを目的にポスト・ケインジアンから生まれたMMTは近年、大きな議論を巻き起こしました。



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■ MMT(Modern Monetary Theory、現代貨幣理論)

経済学のキホン最終号の今回は、近年、米国や日本で大きな論争を巻き起こしたMMT(Modern Monetary Theory、現代貨幣理論)についてご説明いたします。MMTは簡単にいえば、超積極的な財政出動を推奨する理論です(図表1)。過剰な財政出動は国の借金を増やすことにつながりますが、MMTにおいて、政府は自国通貨を発行できるため借金が増大しても財政破綻にはつながらず、ハイパーインフレにつながらない限り、借金が増えることは問題ではないという考え方を持ちます。前号でご説明したように、1970年代に発生したスタグフレーションにより、ケインズの考え方を批判し、アダム・スミスの考え方を再評価する新自由主義が台頭しましたが、新自由主義は経済を市場メカニズムに委ねることを推奨し、政府による経済への介入、つまり財政出動についてネガティブな思想を持っているため、MMTはこの新自由主義的な経済思想から生まれたものではありません。MMTはケインズの考え方を受け継ぐポスト・ケインジアンの中から生まれた理論になります。ポスト・ケインジアンとは、ケインズの考え方を再度考察し、新自由主義に替わる経済思想、理論を構築しようとする経済思想を持つエコノミストを指します。ポスト・ケインジアンの中でもさまざまな流派が存在しますので、あくまでポスト・ケインジアンの中で唱えられた理論の1つだとご理解ください。

先述の通り、MMTは自国通貨建ての借金の増大は財政破綻につながらないという考えに基づきますが(図表1)、ではなぜそのように考えられるのでしょうか。それは、MMTにおいて、自国通貨の発行を自由に行うことができるのであれば、自国通貨建ての借金が増えたところでいくらでも返済資金は捻出できると説くからです。その背景には貨幣そのものに対する考え方の違いも存在します。MMTでは貨幣を「負債」と見なしています。具体的には、納税の義務をもつ国民は納税を貨幣を使って行うため、徴税権をもつ政府にとって、貨幣はいずれ国民から返済してもらう負債(国民の政府への負債)と捉えることができます。さらに、政府が持つ徴税権こそが貨幣の信用の裏付けになるため、政府は貨幣に信用を与えることができるともいえます。このことからも政府が国債を発行し続け、財政出動を超積極的に行っても財政破綻にはつながらないことが説明できるとされています。一方であまりに貨幣の量が増えてしまうと、それはインフレ圧力につながります。そのため、ハイパーインフレを引き起こすほどの貨幣量の増加は問題視されますが、それは裏を返せば、ハイパーインフレにならない程度であれば、国債を発行し続ける、つまり借金が増え続けることは問題がないという説明にもなります。では、このMMTはどの程度支持されているのか、MMTにリスクはないのかご説明いたします。


図表1:MMT の要点(簡易的なまとめ)



実際のところ、MMTは現代においてそこまで大きな支持を得られているとはいえません。そもそもMMTが論争を呼ぶきっかけとなった出来事は2020年のコロナショックでした。経済活動が強制的に止まり、世界各国が速やかな経済立て直しのため、大規模な金融緩和策に転換したことから、このMMTが議論される機会が増えましたが、各国の金融政策に携わる要人たちの多くは否定的な考えを示しました。国の借金が増えるということは、それだけ国家の信認低下や貨幣価値の毀損等につながる恐れが大きくなるということであり、結果としてハイパーインフレや通貨価値の暴落を引き起こしかねないため、借金がいかなる水準においても懸念はないというMMTは非常にリスキーだという認識が主となっているようです。一方、MMT推進派がMMTの正しさを立証した国としてあげたのが日本です。なぜなら、日本は長年にわたる特例公債の発行により、先進諸国の中ではその政府債務比率が対GDP(国内総生産)で最悪の水準にありますが(図表2)、現状は金利の目立った上昇や信用不安は起きていません。また、直接ではないにせよ日銀が量的緩和政策やイールドカーブコントロールを通じて大量の国債を保有していることは、広い意味で日銀による財政ファイナンスと解釈することもでき、MMTの正しさを証明していると推進派は考えています。ただし、前日銀総裁であった黒田氏はMMTに対し否定的な発言をしており、日本においては財政の健全化が変わらず早急な課題であると認識されています。今後議論の余地が残るMMTですが、現状としてはまだまだ批判が多い内容のようです。

ここまで、さまざまな経済思想や理論をご説明してきましたが、こうした経済学の基本となる知識を身につけていただくことで、現代社会における財政政策、金融政策の仕組みや狙い、また、将来解決すべき課題等の理解がより深まると考えられます。 


図2:各国の GDP に対する政府債務比率( 2023 年時点)


出所:IMF のデータを基にピクテ・ジャパン作成






  



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