Article Title
クレディ・スイスAT1債全損の動揺の行方
大槻 奈那
2023/03/24

Share

Line

LinkedIn

URLをコピー


概要

3月19日、クレディ・スイス(CS)がUBSに買収されるとともに、CSの発行するAT1債が無価値になると発表された。かつての日本でも見られた通り、資本性を持つ債券=ハイブリッド証券の処理は銀行の経営難時に波紋を呼ぶことが多い。バーゼルⅢである程度整理されたものの、株式とハイブリッド証券との序列に矛盾が残されてしまった。依然議論が錯綜するAT1債が、更なる混乱の火種になる可能性はあるのか。



Article Body Text

■ 米銀破綻からCSへ。想定外の波及の共通点

3月初旬、米国でシルバーゲート・キャピタル、シリコンバレーバンク(SVB)、シグネチャーバンクが相次いで経営破綻した。その後わずか10日で、クレディ・スイスのUBSによる救済合併が決まった。

今回の波及ルートは、リーマンショックの時とは異なり、特定の商品を保有とする損失のループではなく、市場関係者にもサプライズだった。


両社の共通項は、以前からの市場評価の低さと流動性への懸念である。昨年12月末時点で、クレディ・スイスが他のG-SIBsに比べて突出して弱かった点は、資本等の財務面よりは、預金の減少速度と、格付けの低さであった(図表1)。

 

 

逆に資本比率については、11月から12月に行った40億スイスフラン(約5,700億円)の増資で、年末時点のクレディ・スイスの普通株式等Tier1比率(CET1比率)は14.1%と、全く問題がある水準ではなかった(図表2)。

 

 

■ これまで損失を受けた資産、救済された資産

3月初旬以降の米欧金融機関の動揺で、これまで損失を被りつつあるのは、SVB英国法人とクレディ・スイスのAT1債保有者と、株価下落に見舞われた株式投資家である(図表3)。

 

このうち株式については、クレディ・スイスでは価値は低下したもののUBSの株式と交換されることとなった。破綻米銀では、上場を廃止され取引所での取引は停止されているものの、完全にゼロには減価されていない。今後の再建策の内容次第で、その処分が決定されることになる(例えば、買収される場合には買収価格で売却が可能となり、清算される場合は残余財産価値の分配を受ける)。

預金については、米国では米預金保険による全額保護が決まっている。クレディ・スイスもUBSグループのもとで存続する。株価が大幅に下落しているファースト・リパブリックバンクについても、米銀11行による預金3兆円に加えて、今後大手銀行による更なる支援も報じられていることから、同様に損失は限定されそうだ。

 

AT1債については、スイス当局が全損を発表した後も投資家との攻防が続いている。何が問題なのか。

AT1債は、シニア債と株式の双方の要素を持つとしてハイブリッド証券とも呼ばれる(銀行の負債構造を図表4に掲載) 。主な条件は、1)永久債である、2)資本トリガー条件をヒットするか、当局が存続不能(non-viable)と認めたときに、株式に転換されるか、または価値がゼロになる、3)コール後に金利を引き上げ(ステップアップ)してはならないー などである。トリガー条件としては、CET1比率等が一定の比率(殆どの場合5.125%か7%)以下になった時と定められている。今回のCSのAT1債の減価は、トリガー条項ではなく、当局が存続不能と判断したことによると解釈されている。

ここで注意すべきことは、トリガー条項ヒットであろうとnon-viable認定であろうと、純資産がマイナス(≒株式価値はゼロ)でなくても、AT1債は元本がゼロになりうる点だ。ということは、AT1債は、そもそも、ストレス下では株式よりも不利な条件になっている。それでも、平時であれば、クーポンの支払いは安定的であり、元本のボラティリティも低く、かつ、債券の枠で購入できることから人気であった。

 

■ 過去のハイブリッド証券の元利金棄損事例

過去にも、ハイブリッド証券が棄損した事例はある。例えば、邦銀金融危機時の1990年代以降は、劣後債の元本償却が行われたり、Tier1に含まれる優先出資証券(別名OpCo証券)がクーポン支払いを一時停止した(図表5)。

 

 

劣後債と異なり、クーポンの未払い額はその後原資ができても、過去に遡って支払われることはないことから、発行銀行にとっては、少額ながら資本の補填になる。

また、かつて放棄させられた劣後債について、「劣後事由に当たらなかった」と投資家が主張した例もあった。しかし、結局放棄を免れず、その後しばらくは劣後債市場が極めて低調となった。

このように、かつては、経営危機時にハイブリッド証券をどの時点で、どのように損失を吸収させる (ベイルイン)べきか、という点で揺らぎがあった。

しかしこのような揺らぎは、徐々に制度化され整理された。リーマンショック後、2010年に合意されたバーゼルⅢの元で、新たにTLAC債等の新しい損失バッファーなどが加わるとともに、AT1債の要件が固まったことから、ようやく、前掲図表4のようなその順序や条件が整った。

AT1債の本格的な発行が始まったのは、およそ10年前の2013年以降である。歴史も短いことから、AT1債のベイルインは、記録に残る限りクレディ・スイスがまだ3例目である(図表6)。

 

 

ところが、AT1債については、前述の通り、破綻未然の資本増強が目的でもあることから、CET1比率がまだプラスの段階から無価値になりうる一方で、株式はゼロにならないという、いびつな構造が残った。なお、この問題は、同じAT1債でも、株式転換型や一時的な元本削減型では生じにくくなるが、現在残高のあるAT1債の約3割はクレディ・スイスのような永久元本削減型となっている(図表7)。

 

 

■ 今後の注目点と市場への影響

一連の当局の施策で、流動性リスクは相当緩和されつつある。米国、スイスともに当局の対応は極めて迅速で、米国では、破綻銀行の預金全額を保護、銀行の保有債券をパーで評価しこれを担保として1年以内の融資を行うというBank Term Funding Programを新設した。さらに、株価下落に見舞われたファースト・リパブリック銀行のために他行11行から預金を募った。

スイス当局は、クレディ・スイスに500億スイスフランの流動性支援を行った。加えて、UBSによるクレディ・スイスの救済合併を決め、同行に90億スイスフランの保証を与えつつ、1000億スイスフランを同行に貸し出す。

一方、残された課題は、当面はAT1債やTLAC債(total loss absorbing capacity)等のルールの周知と、場合によってはその再整理も必要かもしれない。今回明らかになったように、経営難の銀行の株式保護は、銀行救済時に問題になりやすい。古くはりそなHDの一時国有化の時も、株式を無価値とはせずに税金を投入したことに批判があった。

今後何らかの制度の手直しの議論がある場合、AT1債への依存度が高い欧州銀行へのストレスが高まる可能性もある(図表8)。

 

 

また、来年以降はAT1債のコールが集中しており(図表9)、もしそれまでにAT1債の市場の動揺が収まらないと、期限前償還が見送られることとなり、更なる不安を招きかねないだろう。

 

 

ただし、足元では、これらの債券の価格はやや落ち着きを見せている。発行残高はAT1債だけで30兆円を超えるなど無視できないが、現時点では、この市場の動揺のみで金融危機が波及する可能性は低いだろう。


大槻 奈那
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

内外の金融機関、格付機関にて金融に関する調査研究に従事。Institutional Investors誌によるグローバル・アナリストランキングの銀行部門にて2014年第一位を始め上位。国家戦略特区諮問会議有識者議員、規制改革推進会議顧問、デジタル行財政改革会議アドバイザリーボード委員、財政制度等審議会委員、金融庁・資産運用に関するタスクフォースメンバー、東京大学応用資本市場研究センターフェロー等を勤める。日本経済新聞「十字路」、日経ヴェリタス「プロの羅針盤」、ロイター為替フォーラム等で連載。日経Think!エキスパート・コメンテーター、テレビ東京「モーニングサテライト」で解説。名古屋商科大学大学院 マネジメント研究科教授 一橋大学博士(経営学)


●当資料はピクテ・ジャパン株式会社が作成した資料であり、特定の商品の勧誘や売買の推奨等を目的としたものではなく、また特定の銘柄および市場の推奨やその価格動向を示唆するものでもありません。
●運用による損益は、すべて投資者の皆さまに帰属します。
●当資料に記載された過去の実績は、将来の成果等を示唆あるいは保証するものではありません。
●当資料は信頼できると考えられる情報に基づき作成されていますが、その正確性、完全性、使用目的への適合性を保証するものではありません。
●当資料中に示された情報等は、作成日現在のものであり、事前の連絡なしに変更されることがあります。
●投資信託は預金等ではなく元本および利回りの保証はありません。
●投資信託は、預金や保険契約と異なり、預金保険機構・保険契約者保護機構の保護の対象ではありません。
●登録金融機関でご購入いただいた投資信託は、投資者保護基金の対象とはなりません。
●当資料に掲載されているいかなる情報も、法務、会計、税務、経営、投資その他に係る助言を構成するものではありません。

手数料およびリスクについてはこちら



関連記事


増加する「格下げ」の信頼度と今後の影響

転換期を迎える邦銀:「PBR1倍」は達成できるのか

金融危機再燃は本当にないのか?

米商業用不動産リスクの深刻度

スイス金融業界の頑健性検証:UBS巨大化の深刻度

米SVB、シグネチャー銀行:金融混乱の背景と波及