- Article Title
- 米商業用不動産リスクの深刻度
米商業用不動産与信は、金利上昇、空室率の上昇、金融機関の信用収縮というトリプルパンチに見舞われている。この分野の重要な特異性は、償還原資が借り換えか物件売却となる点だ。満期集中時に市況が軟調だと物件価格が下押しに繋がる。但し、証券化商品は「CMBS2.0」に変貌しストラクチャーが改善しており、銀行融資は主に中小銀行の問題。現状、システミックリスク化の懸念は大きくない。波及ルートがあるとすれば、住宅、証券化、ノンバンク仲介業への飛び火である。
■ 商業用不動産市場の現状
現地時間の4/30にファーストリパブリック・バンクの経営破綻が報じられた。一方で、米地銀株価の下落には一定の歯止めがかかっている。
金融機関混乱の次のリスクとして最も警戒されているのが商業用不動産である。3月の米国の商業用不動産価格は、前年同月比マイナス15.2%の大幅下落となった(図表1)。
居住用と比べて変動が激しく、昨年前半までの好調の反動という面もあるが、トレンド線からの乖離で見てもマイナス10.1%とリーマンショック後で最悪となっている。中でも下落が著しいのがオフィスで、前年比25.0%もの下落と、予断を許さない状況である(図表2)。
商業用不動産市場は、昨年来の金利上昇や、オフィス空室率の上昇に加えて、3月以降の金融不安に伴う銀行の貸し渋りというトリプルパンチに見舞われている。これらはいずれもすぐに解消するとは思えないことが市場の懸念を生んでいる。
では、商業用不動産市場が更に下落する可能性はあるのか。その場合、影響はシステミックなレベルに到達するのだろうか。
■ 商業用不動産融資の特殊性:物件価格の下落連鎖を促しやすい構造
米国の不動産関連与信は、商業用不動産、住宅、不動産会社向けに大別される(図表3。REITはデットではなくエクイティであるため参考として記載)。
このうち問題の商業用不動産与信の市場規模は、把握できるデータで少なくとも4.5兆ドルと巨額である(因みに、リーマンショック時の金融機関の損失は、2009年初頭時点で推計1.4兆ドル)。
しかし、特異な点はその規模ではない。物件の規模が収益に比べ大きいことから、融資の満期時には、リファイナンスか、物件売却で返済されるのが殆どであるという点だ。 通常の運転資金の借入のように期中のキャッシュフローで完済することは稀である。物件売却が増えればさらに物件の価値が下落するというスパイラルに陥りかねない。CMBSの裏付ローンで見ると今年から来年にかけてのローンの満期は、残高全体の20%弱と集中がみられる(図表4)。
今年満期が到来するローンは2,700億ドルに上るとの試算もある(Trepp社)。
従って、満期集中時期の不動産市況がカギを握る。現在の水準から、更に下落した場合、負のスパイラルに陥るというシナリオも視野に入る。懸念材料の一つが空室率の上昇である。2023年1-3月期の全米のオフィス空室率は18.6%と、前年同期の16.8%から2.2ポイント上昇した。コロナ前に比べて6ポイント以上上昇している。
一方、安心材料もある。商業不動産の価格は、住宅とは異なり、企業収益との連動が高い(図表5)。
企業収益(S&P500指数構成銘柄)は今期こそやや弱含みだが、来期は9.7%の増益が予想されている。また、オフィス価格の重要な要素であるキャップ・レート(純賃料収入÷物件価格)は6%程度と、10年国債利回りとの差は2ポイント以上ある。固定金利融資が多いため、過去1年の金利上昇が直ちに利払い負担増には繋がっているわけではない。更に、近年LTV(Loan to Value。融資額÷物件価格)も低く抑えられている。
■ CMBS:リーマンショック時に比べてはるかに堅固なストラクチャー
商業用不動産与信のリスクは、CMBSと銀行融資の2つの類型によって大きく異なる。まずCMBSについては、対象の商業不動産融資の満期が到来してからCMBSの償還期限まで、数年間の売却期間(テール期間)が設けられている。それでも、売り出し物件が市場にあふれる状態は物件価格にとってマイナスであるものの、ファイヤーセールを回避する効果はある。
また、CMBSは、リーマンショック後にストラクチャーが大幅に改善されている。2010年以降のCMBSは、「CMBS 2.0」と称され、規制と市場の自律的な施策で、組成基準が厳格化され、透明性が改善した(図表6)。
例えば、CMBS1.0のLTVが平均68%だったのに対し、CMBS2.0では62%まで低下し、DSCR(Debt Service Coverage Ratio。物件収益÷元利金払い)も、1.65倍から1.99倍に向上した。
こうしたストラクチャー強化で、損失はどの程度回避できるのだろうか。
リーマン・ショック後の2010年に償還を迎えたCMBS1.0は、その半分弱がリファナンスができずにデフォルトし、その後3割強の金額が裏付資産を売却しても回収できなかった。つまり、元本の15%強が損失となった。今後償還を迎えるCMBS2.0では、劣後比率の引き上げ等を考慮すれば、仮に物件下落率をリーマンショックと同等と仮定しても、損失は10%強程度に留まる可能性が高いとみてよいだろう。
因みにMoody’sは昨年、リーマン級の物件価格下落に見舞われても、A以上のCMBSには損失がほとんど出ないと試算している。従って、リスクを被るのは、高格付け部分に投資している銀行等よりは、それ以外の、ノンバンク等のリスクテイカーとなるだろう。
■ 民間銀行融資:リスクは小規模銀行に集中
民間銀行の商業用不動産融資はどうか。米銀の融資総額の約24%、2.9兆ドルが商業用不動産向けである。このうち、67%が中小銀行から貸し出されている。中小銀行の商業用不動産融資は、リーマンショック後2倍以上に増えている(図表7)。
特に、米国の中堅・中小銀行の中には、貸出の7割以上が商業不動産融資となっている銀行もある(図表8)。
もっとも、こうした銀行はいずれも総資産が600億ドル(7兆円)程度と、ごく小規模である。
米国の中堅中小銀行が全銀行の資産に占めるシェアは減少傾向にあり、中堅・中小銀行(総資産2500億ドル以下の銀行)では44.5%、中小銀行(100億ドル以下)では14.5%(22/12月末)とごく小さい。このため、商業用不動産融資問題が銀行セクターに与える影響は、現時点では、局所的なものに留まる可能性が高いと考えられる。
■ 更なる影響は?:リスクシナリオと波及ルート
このように、商業用不動産市場のリスクは、その問題のみで完結するのであれば十分管理可能とみられる。ただし、2つのリスク・シナリオは意識しておくべきだろう。
まず、商業用不動産の更なる価格下落が住宅価格にも波及するというシナリオである。世界の不動産価格の総額は、326兆ドル(2020年)と試算され、このうち商業用不動産は1割にすぎない。住宅が残りの8割を占める(残りは農地等。Savills Researchより)。既に住宅価格の伸びはかなり鈍化しているが、商業用不動産価格が暴落した場合、これが波及する懸念がある。住宅価格の下落は、商業用不動産とは異なり、逆資産効果で個人消費を冷やす(図表9)。
第二のリスクは、他の証券化商品への波及である。図表10は米国の証券化市場の全体像を示している。
証券市場全体を見渡すと、CMBSの数倍の市場規模となっている(但し、エージェンシー物は政府機関の保証が付されている)。
今回の懸念は、サブプライム問題のような証券化のストラクチャー等に係るものではない。しかし、ノンバンクを中心とする劣後部分の投資家は、恐らくCMBSだけでなく様々な証券化商品に投資をしているとみられ、一つの分野の資産劣化は、他の類似資産からの資金引き上げに繋がりうる。投資家を通じての波及については、日本の市場も対岸の火事ではない。商業用不動産のみならず、こうした波及のリスクについて一定の注意が必要だろう。
当資料をご利用にあたっての注意事項等
●当資料はピクテ・ジャパン株式会社が作成した資料であり、特定の商品の勧誘や売買の推奨等を目的としたものではなく、また特定の銘柄および市場の推奨やその価格動向を示唆するものでもありません。
●運用による損益は、すべて投資者の皆さまに帰属します。
●当資料に記載された過去の実績は、将来の成果等を示唆あるいは保証するものではありません。
●当資料は信頼できると考えられる情報に基づき作成されていますが、その正確性、完全性、使用目的への適合性を保証するものではありません。
●当資料中に示された情報等は、作成日現在のものであり、事前の連絡なしに変更されることがあります。
●投資信託は預金等ではなく元本および利回りの保証はありません。
●投資信託は、預金や保険契約と異なり、預金保険機構・保険契約者保護機構の保護の対象ではありません。
●登録金融機関でご購入いただいた投資信託は、投資者保護基金の対象とはなりません。
●当資料に掲載されているいかなる情報も、法務、会計、税務、経営、投資その他に係る助言を構成するものではありません。