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- 転換期を迎える邦銀:「PBR1倍」は達成できるのか
過去20年間に亘り、邦銀の地位は国際市場における地位的にも、収益面でも凋落を続けてきた。市場金利の低下もあるが、実質役務取引収益でも米銀に大きく水を開けられてきたためだ。しかし足元で反転が始まった。手数料収益や海外業務、グループ経営等も拡大している。 PBR1倍に向けた具体策が説明されたのも、史上ほぼ初めてである。現在の邦銀の平均PBRは全業界中最低の0.3倍に留まるが、金利の将来的な正常化と各種施策で大きく改善する可能性がある。
■ 邦銀株は近年稀にみる好調ぶり
邦銀の株価が堅調だ。3月末からの東証銀行株指数は20%も上昇し、東証総合株価指数の上昇率13%を大きく上回っている(7/20終値ベース)。足元の日本の銀行セクターの株価上昇率は、他国の銀行に比べても力強い(図表1)。
■ 凋落の歴史
振り返れば過去20年余り、邦銀は、市場的にも収益的にも、その地位を大きく低下させてきた。東証に占める銀行セクターの時価総額シェアは、2005年に一旦トップとなったものの、その後金利の低下とともに下落した(図表2)。直近ではやや持ち直しているが、それでもシェアは全産業中第7位と、過去の輝きはまだ見られない。
国際的にみても、邦銀の市場地位低下は著しい。2018年に上場邦銀の株式時価総額の合計値がJPモルガン・チェース1行の時価総額に追い抜かれたが、足元の株価復調後もなお、邦銀全行が束になってもJPモルガン・チェースの時価総額に勝てないという状況が続いている(図表3)。
このような市場地位の低下は、利益の動きと整合的である。邦銀の実質営業利益(営業利益をGDPデフレーターで除し、両国のインフレ率の違いを調整したもの)は、2000年度を100とした場合、2022年度は73となっており、27%も低下した(図表4)。一方米銀の実質営業利益は、同じ時期に2倍近くになっている。
違いの主な要因は、資金利益と役務取引等利益(手数料収益)である(図表5,6)。資金利益は金利環境の違いでやむを得ないとして、インフレを考慮してもなお役務取引等利益にこれだけの差があるのはなぜか。米銀の役務取引等利益の増加要因を項目別でみると、資産運用関連手数料、保険関連手数料、投資銀行業務、預金口座手数料等の増加が著しい。これらの中には、邦銀はこれまで商慣習的に難しかった分野も多い。
■ 金利上昇の収益影響
ところが、足元では、このような長期停滞が改善し始めている。資金利益については、2019年度に底打ちしている。これには、海外収益の為替要因に加え、過去の高金利債券の剥落や、昨年12月の日銀のイールドカーブ・コントロール(YCC)の修正もわずかながら影響していると思われる。
この7月の金融政策決定会合での修正はないだろうが、例えばYCCの10年国債利回りの変動幅が0.5%から0.75%に広げられた場合、銀行収益にはどの程度の影響があるのか。
過去25年間の邦銀の資金利益は、長期金利で8割以上説明できる(図表7)。
この相関を用いつつ、過去に享受してきた高利回り貸出や債券の効果を排除して、長期金利が0.75%となった場合の預貸金利鞘を推定すると、1%程度まで上昇する可能性がある(直近期の実績は0.86%)。その場合、当期利益は2022年度比で5%程度押し上げられる。足元の企業設備投資計画や個人の住宅ローン借り入れ意欲はいずれも堅調であることから、資金利益の拡大幅はこのレベルよりも大きくなりうる。
更に(1年以上先になるだろうが)、将来的には、マイナス金利解除の可能性もあり、その場合の収益の押し上げ効果は長期金利上昇シナリオの2倍前後に上るだろう。例えば、コンコルディアFGは、長期金利と政策金利の引き上げがあった場合、その5年後の貸出資金利益は、約100億円押し上げられると試算している。これは、22年度の単体国内預貸金利息の7%程度に当たる(YCCの幅を±0.75%に修正、マイナス金利解除を前提)。
■ 銀行の構造変革:PBR1倍への挑戦
金利上昇という“他力本願”以外にも、期待できる点がある。PBR1倍に向けての取り組みである。現在、東証に上場している邦銀の平均PBRは0.3倍と、全業界で最低となっている。
そのような中、邦銀の多くが、22年度決算説明会でPBR1倍を目指す工程表を初めて説明した。例えば、三菱UFJ FGは、ROE改善に至るロジックツリー(要因分解)を示した。
ROE拡大に向けて銀行がとりわけ重視しているのは、役務取引等利益の拡大だ。役務取引等利益は、2000年度までは、業務粗利の10%にも満たなかったが、22年度には25%まで増加している(図表8)。この増加率は、米銀と比較しても急速である(前掲図表6)。
これらの増加を支えているのは、国内法人手数料(例えば為替関連、法人ソリューション等)や個人の預かり資産業務、決済業務等、幅広い分野にわたる。さらに、来年からの新NISA導入の追い風もあるし、一部では、送金手数料等の見直しの動きも始まるなど、様々な分野で自助努力が進んでいる。
もう一つの収益構造の変化は、特に大手行で、子会社や海外など、かつての国内商業銀行業務以外の貢献である。22年3月末の都市銀行の当期利益の連単倍率(連結当期利益÷単体当期利益)は1.49倍と、9年前の1.11倍から大きく上昇している(図表9)。
また、海外収益の増加も著しい(図表10)。邦銀の海外与信は2015年に世界一となって以来、トップを走っているし、大手行では、米国やアジアでのM&Aも活発化している。
こうした数々のROE改善の取り組みで、これまでにないような利益の切り上がりが可能になるかもしれない。大手行のROEは、直近期の平均6.5%という水準から、中長期的には8%台には上昇しうると予想する。ここまで行けば、現在の資本コスト(8~9%程度と推計)から、少なくとも数行は1倍の大台に乗る可能性があるだろう。
■ 今後のリスクと課題
もっとも、邦銀のみならず、他の先進国でも、銀行業界は総じてPBRが低い。世界の主要銀行(G-SIBs)28行のうち、PBRが1倍を超えているのは25%、7行に過ぎず、そのうちUBSを除く6行が北米の銀行である(図表11)。資本規制や業務の制約を受ける銀行にとって、低PBRはある程度宿命である。
逆に、かつて高PBRを誇っていた米中堅銀行は、トップ5行中4行が経営破綻に至った(図表12)。破綻にはそれぞれに事情があり、高PBRが原因ではないものの、資本に対して高収益・高株価を追求することのリスクは意識せざるを得ないだろう。
世界的な景気後退もリスク要因である。今期の与信費用予想は、おおむね横ばいと設定されている。 22年度の与信費用比率は地銀で5bp、大手行で10~20bpと低位に留まったが、国内でも徐々に倒産件数は増加しており、ゼロゼロ融資の返済等も勘案すれば、与信費用も増加するとみるのが自然だろう。もっとも、過去とは異なり、既にフォワードルッキング引当(将来を見据えた引当金)を計上していることから、過去ほどは利益がぶれない可能性がある。
今期の邦銀セクターは、こうした波乱含みではあるものの、日銀も新体制に代わり、銀行もPBR1倍に向けた取り組みの初年度である。大きな転換点の邦銀に注目したい。
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