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中国の政策変更が投資家心理を冷やすも、ラグジュアリー・セクターの選好に変更なし
2021/09/28

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概要

習近平国家主席の戦略転換は不安を募らせますが、果敢な投資家は、ラグジュアリー・セクターに投資の好機を見出す可能性があると考えます。



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「成長の追求」から「共同富裕」へ

配車サービス大手、滴滴出行(ディディ)に対する中国規制当局の取り締まり強化を皮切りに、米国上場の中国テクノロジー企業全体を標的とする当局の監督・規制が強化されました。その後、教育サービス大手、好未来教育集団(Talエデュケーション・グループ)等、テクノロジー以外の企業も規制強化の対象となったことから、当局の取り締まりが、予想通り、米国上場の中国企業全体に及ぶのではないかとの懸念が強まっています。

また、政府が先頃発表した5ヵ年計画には、業界横断的な規制の強化が明記されており、2.5兆人民元(3,850億ドル)規模のオンライン保険業界に対しては、不適切な価格設定やマーケティング慣行の抑制が命じられています。

中国は、製造業を中心に構築した輸出主導型経済の拡大を通じ、数十年にわたって、力強い経済成長を追求してきた結果、今や、唯一、米国と真に戦える世界第2位の経済大国に発展しています。習近平中国国家主席は、2013年の就任以降、経済成長を主眼に置いた国家運営を行ってきましたが、足元では、「『共同富裕』の理念の下、中国は新時代に入った」との声明を出しており、政策の転換が鮮明です。

貧富の格差は世界的な課題ですが、過去10年で百万長者や億万長者が続出した中国の格差は、とりわけ、深刻です。政府は、1)富を再形成し国民全体に再分配する、2)中間層に希望をもたらす、3)社会福祉が広く行き渡るよう制度を改善する、との新戦略の3つの中核目標を実現する手段として、富裕税の導入を打ち出しています。

政府の戦略転換は、国内経済や金融市場に、既に、影響を及ぼしています。テクノロジーや教育サービス等、複数のセクターでは、規制当局の締め付けを嫌気して株価が急落し、株式市場全体のボラティリティ(株価変動率)が急騰しました。政策は多岐にわたり、公立学校以外の教育支援事業を禁止する他、18歳未満の未成年者には、ビデオゲームの利用を金曜日から日曜までの3日間、1日1時間に限定しています。また、国家医療保障局(NHSA)や国家衛生健康委員会(NHC)等、医療制度を監督する複数の政府機関が、医療サービスの改善や医薬品メーカーによる薬価設定の透明化を柱とする改革案を発表しています。

 

苦境に陥ったテクノロジー・セクターに対して、ラグジュアリー・セクター低迷の公算は小さい

多くの業界が規制当局の締め付けの対象となり、政策転換が鮮明となっています。ラグジュアリー・セクターが、昨年来の景気低迷の影響を最も大きく受けたセクターの1つであるのは、中国経済への依存度が極めて高く、富裕税導入のリスクが高まっているためです。当セクターの収益の地域別内訳を見ると、中国経済の急拡大を背景としたアジアの比率が、過去10年で急上昇しています。短期的な観点からすると、テクノロジー・セクターには、当面、慎重な姿勢を維持することが賢明だと思われる一方で、ラグジュアリー・セクターは、株価の下落によって押し目買いの好機を呈しているようにも思われます。世界市場で事業を展開するラグジュアリー企業は財務内容が堅固であることに加えて、(中国政府の戦略転換が、目論見通り、中間層への支援に成功する場合は、特に、)長期にわたって事業活動を拡大する公算が大きく、他セクター以上に(難局に対する)耐性を有する傾向があると考えるからです。

 

中国の規制当局による締め付けは数年間続く可能性も

中国国務院と共産党中央委員会は、8月11日、幅広い分野で規制強化と法律施行に取り組むことを明記した5ヵ年計画を発表しました。対象分野として挙げられたのは、国家安全保障、テクノロジー、ビッグデータ、人工知能(AI)、市場独占、食品および飲料、医薬品、公衆衛生、金融サービス、保険、フィンテック、教育、セキュリティー、生態環境および天然資源、デジタル・サービスです。

規制環境が一新されつつある状況下、業界横断的な影響が示唆される遠大な国家計画が投資家を動揺させかねないことは明らかです。実際に、テクノロジー・セクターでは、先般の締め付けを嫌気して株価が20%を超えて下落する銘柄が続出した結果、時価総額は1兆ドル前後も縮小しています。教育サービス・セクターも同様で、Talエデュケーション・グループの株価は約50%の下落を余儀なくされました。

図表1は、中国の主要テクノロジー銘柄とインターネット銘柄で構成されるCSI中国インターネット指数とナスダック総合指数の推移を示したもので、中国IT株式の株価が急落し、米国株式との乖離幅が拡がる状況を示しています。

図表1:CSI中国インターネット指数とナスダック総合指数の推移

出所:ピクテ・グループ

 

中国の経済成長鈍化の背景

消費関連指標では、8月の小売売上高が前年同月比+2.5%とコンセンサス予想の+7.0%ならびに前月の+8.5%を下回り、財新発表の8月の製造業購買担当者景気指数(PMI)も49.2と(景況の分かれ目とされる)50を割り込んで、コンセンサス予想の50.1、前月の50.3をいずれも下回りました。一方、4~6月期の実質GDP(国内総生産)成長率は前年同期比+7.9%と、1~3月期の+18.3%に続き、回復基調を辿っています。

図表2:中国の小売売上高(前年同月比、%、右軸)、財新製造業購買担当者景気指数(PMI、左軸)、実質GDP成長率(前年同月比、%、左軸)
 

出所:ピクテ・グループ

ピクテでは、中国経済の正常な水準への回帰、新型コロナウイルス感染拡大に伴う行動規制の強化の可能性、購買担当者景気指数(PMI)の悪化等、最新の動向を勘案し、2021年通年の実質GDP成長率予想を下方修正しました。コロナ感染拡大の再来を回避するため当局が打ち出した「感染者ゼロ政策」が経済成長を下押していることには留意が必要です。政府は、デルタ変異株の拡散を受け、主要都市での検査体制を拡充し、移動規制を強化していますが、8月初旬時点では、中国全土32省のうち、17省で143人の感染者が出ているに過ぎません。

図表3は、新興国の感染者数の推移を示しています。中国の感染者数は他国との比較では少ないものの、7月以降は急増しており、デルタ変異株の強い感染力を考えると、国内外での増加が続く可能性も否めません。

図表3:主な新興国の新型コロナウイルス感染者数推移(感染者数の総計から死者数と回復者数を差し引いた数字)

出所:ピクテ・グループ

中国のワクチン接種率はピークを付けた後、鈍化し始めており、デルタ変異株が猛威を振るい続ける状況下、新たな逆風となりかねません。また、シノファームおよびシノバック両社が開発・製造した国産ワクチンのデルタ変異株に対する有効性を巡るデータの透明性や研究に欠けることも、第5波の先行きを巡る不透明感が増す一因となっています。図表4は、現行のペースでワクチン接種が継続するものと仮定した場合、中国の完全接種率(2回接種)が2021年10月中に90%に達する可能性を示唆しています。

図表4:主要国のワクチン接種率の推移(実績ならびに予測、%、人口全体に占める完全接種率)

出所:ピクテ・グループ

 

投資家の弱気の見方を変えるには、より緩和的な政策が必要か?

中国人民銀行は予想外の預金準備率引き下げ(50ベーシスポイント、0.5%、7月15日実施)を行いました。金融機関が中央銀行への預け入れを義務付けられる準備預金を減らし、信用の伸びを促すことで、引き締め気味の金融政策が数ヵ月続いた後、1兆人民元規模の流動性が金融システムに供給されています。今回の措置は、当局が経済の減速を懸念していることを示唆するものであり、特に、(過去、現在、また、恐らく将来時点における)コロナ対策による経済成長への下押し圧力を勘案し、2021年下期を通じた金融支援を約束する意向を反映するものと考えます。今後、中国人民銀行が取り得る手段の一つに利下げが含まれますが、同行は預金準備率のもう一段の引き下げで十分だと考えるかもしれません。

ブルームバーグが発表する「中国クレジット・インパルス指数」(GDP成長率に対する新規貸し出しの伸びを示す指数で、中国経済の先行指標とみなされる)が、(5月から6月にかけて僅かに反発したとはいえ、)2月から5月にかけて低下したことも注目されます。図表5は、中国企業の利益成長の勢いと、中国クレジット・インパルス指数との強い相関を示すものであり、同指数の5月までの低下は一株あたり利益(EPS)の先行き不振を示唆しています。

図表5:中国クレジット・インパルス指数(6ヵ月先行、左軸)とMSCI中国A株指数の一株あたり利益(12ヵ月先予想EPS、前年同月比、右軸)

出所:ピクテ・グループ

ピクテでは、足元の景況を勘案し、インフラ投資を目的とした地方政府債の発行増額と融資の増額の他、向こう数ヵ月を通じ、中国経済に吹き付ける逆風を和らげるための預金準備率のもう一段の引き下げを予想しています。

もっとも、現時点で、中国経済の減速を反転させ得る大型の景気浮揚策を予測するのは時期尚早だと考えます。資金動向からは、夏以降の当局の締め付けを嫌気した投資家の弱気心理を受け、トレンドフォロー型の中国株式ETFから巨額の資金が流出したことが確認されます。

図表6:中国株式ETFの資金流出入の推移(運用資産残高比、%)

出所:ピクテ・グループ

 

ラグジュアリー・セクターの見通し

主に、欧州企業で構成されるラグジュアリー・セクターは、中国を中心としたアジア地域の富の増加を受け、過去10年を通じて拡大基調を辿ってきました。一方、足元では、中国経済の減速と、デルタ変異株の拡散を巡る懸念ならびに規制の強化や富裕層を標的とした所得再分配税の導入を巡る言及とが相俟って、中国市場ならびにアジア地域に収益を大きく依存する当セクターの強い下押し圧力となっています。図表7は、世界のラグジュアリー企業の収益の地域別内訳を示しています(足元では、中国が際立って高い比率を示しています)。

図表7:大手ラグジュアリー企業の地域別収益

出所:ピクテ・グループ

ラグジュアリー市場については、経済再開後の「リベンジ消費」が旺盛で、2021年年初以降の売上は前年比+110%に達しています。(比較の基準が低いことによる)ベース効果の消滅に伴って、前年比増収率は正常に戻りつつあるものの、依然として高水準を維持しています。

図表8:中国の小売売上高(前年比、%、右軸)と、中国および香港の宝石ならびに時計(腕時計および置時計)売上(前年比、%、左軸)

出所:ピクテ・グループ

 

今、ラグジュアリー・セクターに注目すべきか?

中国政府が相次いで打ち出した新しい規制や戦略転換は、社会階級や人口動態の影響を排除した広範な経済成長を示唆する一方で、富裕層に対する増税や規制強化のリスクと、国内経済が正常な水準に回帰する状況での新型コロナウイルス感染拡大のリスクとが相俟って、目先の中国投資を取り巻く環境の不透明感を強めています。もっとも、中国株式への投資には慎重な姿勢を維持する一方で、中国市場への依存度が極めて強いラグジュアリー・セクターについては、足元の株価の調整が押し目買いの好機を呈しているようにも思われます。

 

 

 

※ 当資料はピクテ・グループの海外拠点が作成したレポートをピクテ投信投資顧問が翻訳・編集したものです。

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