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ロシア・ウクライナ紛争の欧州への影響 ― スタグフレーションの脅威に晒されるユーロ圏
2022/03/10

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概要

●ロシア・ウクライナ紛争は、欧州に深刻な影響が及ぶことになりそうです。影響のすべてを把握することは困難で、影響がどこまで広がるかは、紛争の継続期間、西側諸国のロシアに対する制裁の内容、攻撃が近隣諸国に広がるリスク等、複数の要因次第です。
●紛争は、複数の経路を通じて、経済に影響を及ぼします。EU(欧州連合)が原油および天然ガスの輸入の多くをロシアに依存していることを勘案すると、国際商品(コモディティ)市場の動向が最も重要な経路であり、これに、消費者心理および企業心理、資金調達、貿易等が続きます。
●エネルギー価格の上昇は個人消費の阻害要因となりますが、これを幾分相殺すると考えられるのが政府の施策であり、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)期に蓄積された余剰貯蓄の一部が消費に充てられる可能性です。ピクテは、2022年のユーロ圏のGDP(国内総生産)成長率予想を下方修正しましたが、予想の下振れリスクは上振れリスクよりも大きいと考えます。今後の動向は、供給網(サプライチェーン)の混乱の程度にかかっています。ロシアのガス供給が完全に停止された場合には、域内経済に甚大な影響が及び、景気後退(リセッション)に繋がる公算が大きいと思われます。
●同時に、エネルギー価格の急騰を勘案し、ユーロ圏のインフレ見通しを上方修正しました。2022年の物価見通しについては、消費者物価指数の総合指数とコア指数を上方修正しましたが、予想の上振れリスクは下振れリスクよりも大きいと考えます。
●欧州中央銀行(ECB)は、金融政策運営上のジレンマに陥っていると考えます。物価上昇圧力が更に強まれば、インフレ高進懸念が強まり、恐らく、賃金への影響が予想されます。一方、経済活動の停滞リスクや財政拡張の見通しから、ECBが金融政策の正常化に対して「より忍耐強くなり」、正常化を先送りする可能性も考えられます。
●ロシア・ウクライナ紛争は、直接的・短期的な影響に加えて、EUの政策、特に、安全保障政策およびエネルギー政策に長期的な影響を及ぼす可能性があります。EUは、過去10年と比べて、より拡張的な財政政策を取ることが予想されます。



Article Body Text

ロシアのウクライナ侵攻は、ピクテの経済見通しに対する大幅な下振れリスクを表しています。紛争がEUの経済見通しに影響を及ぼす経路には、国際商品(コモディティ)市場の動向、消費者心理および企業心理、金融、貿易等が挙げられます。

 

国際商品(コモディティ):欧州のロシア産天然ガスへの依存度がこれほど高くなかったとしたら…

国際商品(コモディティ)は、欧州の先行きに最も大きな影響を及ぼす可能性があると考えます。欧州は、ロシア産天然ガスに大きく依存しており、輸入天然ガスの40%以上がロシア産です。一方、ロシア産原油は原油輸入全体の25%に留まり、天然ガスと比べると、ロシアへの依存度が低くなっています(図表1)。

図表1:EU加盟27ヵ国のロシアからの原油、天然ガス輸入

出所:ピクテ・グループ、PWM - AA&MR、Eurostat

 

 

欧州の天然ガス市場の仕組みが複雑なことや、貿易統計がEU加盟国の輸入天然ガスへの依存状況を十分に捉えていないことを勘案し、本稿の分析には、ベルギーのブリュッセルを拠点とするシンクタンク、ブリューゲルの最新のレポートに掲載されたデータを用いています1。ブリューゲルによれば、エストニア、フィンランド、ブルガリアの3ヵ国は、天然ガスを100%ロシアから輸入しています(図表2)。また、ドイツは、50%以上をロシアから輸入していますが、液化天然ガス輸入ターミナルの集積地であるイベリア半島のスペインとポルトガルの直接的な依存度は極めて低位に留まります。

図表2: EU加盟国の天然ガス輸入元の内訳
2021年

出所:ピクテ・グループ、ブリューゲル

 

 

 エネルギー源としての天然ガスへの依存度は加盟国によって異なります(図表3)。フィンランドとエストニアは、天然ガスを100%ロシアから輸入する一方で、エネルギー源としての天然ガスへの依存度は、一部の加盟国ほど高くありません。一方、イタリアは、依存度が遥かに高いため、天然ガス価格の高騰や供給制約の影響をもろに受けると考えます。

図表3: EU加盟国の天然ガスへの依存度

出所:ピクテ・グループ、ブリューゲル、Eurostat

 

 

重要な問題は、欧州がロシア産天然ガスなしでやっていけるかどうかということです。短期的な観点では、天然ガスの代替エネルギーは限られます。ブリューゲルのレポート2には、「(ある程度までは技術的に可能だと考えられる)液化天然ガスの輸入を増やし、併せて、産業用ガスの使用を削減する等、需要側の対策を講じれば、ロシア産天然ガスの供給が大幅に制約されたとしても、欧州は、夏まではやっていける公算が大きいものの、こうした施策は欧州経済に代償を強いることとなり、(ロシア産天然ガスへの依存度が高く、他のEU加盟国との連携が低い一部の国は)緊急対策を講じる必要に迫られることが予想されます。また、ロシアの天然ガス供給停止措置が冬まで延長された場合は対応が一段と難しくなる」との見方が掲載されています。

 原油や天然ガス価格の上昇に加えて、天然ガスの供給を巡る混乱が、製造業、特に、ガスや電力を大量に使用する非鉄金属、採鉱および採石、紙および印刷、化学等のセクターの生産活動に甚大な影響が及ぶ公算が大きいと考えます。ECBが最近発表したレポート3には、「天然ガス供給が10%削減された場合、民間セクターに及ぶことが予想される直接的および間接的な影響は、ユーロ圏GDPを約0.7%下押し、特に、製造業の天然ガス依存度が高い国は巨額の損失を被る可能性がある」との見解が掲載されています。域内4大国の中では、イタリアが天然ガスの供給削減の影響を最も大きく受けると考えます。

 ロシア・ウクライナ紛争が、原材料の投入不足や調達障害(ボトルネック)を悪化させる可能性も考えられます。ロシアが、パラジウム、プラチナ、ニッケル、アルミニウム等、金属の主要輸出国であるため、ユーロ圏の製造業に影響が及ぶ公算が大きいからです。

 

消費者心理や企業心理に及ぶ影響は測定が難しい

ロシア・ウクライナ紛争がユーロ圏の消費者心理や企業心理に影響を及ぼし、消費や支出の先送りに繋がる可能性も考えられます。もっとも、影響のすべてを測ることは、容易ではありません。これまでに公表されたデータの多くには、2月24日のロシアのウクライナ侵攻以降のデータが含まれていないからです。

 

金融業界の経路:オーストリアの銀行のロシア向け債権(エクスポージャー)は域内最大

ユーロ圏の銀行は、消費者心理や企業心理に及ぶ影響や、ロシアおよび世界の資産価格の下落の影響に加えて、ロシア向け債権に起因する直接的な影響を被る可能性が大きいと考えます。欧州の銀行のロシア向け債権は、(ロシアがクリミアを併合した)2014年以降減少基調ですが、国ごとに状況が異なります。銀行セクターでは、オーストリアのロシア向け債権が域内最大で、イタリアおよびフランスがこれに続きます(図表4)。

図表4:国際業務を展開するEU域内銀行のロシア向け債権
2021年7-9月期

出所:ピクテ・グループ、PWM - AA&MR、BIS

 

 

貿易:リスクは、概ね、バルト諸国に限定される

 ロシアは、ユーロ圏の輸出先としては小さな市場です。欧州のロシア向け輸出は2014年のクリミア併合以降激減しており、現時点ではEUの輸出全体の僅か1.6%以下(EUのGDPの0.6%)に過ぎません。

 こうした状況が意味するのは、EUのロシア向け輸出が大幅に減少したとしても、影響は限定的だということです。EU加盟国の中では、リトアニア、ラトビア、エストニアのロシア向け輸出が最大です(図表5)。

図表5:EU27加盟国のロシア向け輸出
2020年

出所:ピクテ・グループ、PWM - AA&MR、Eurostat

 

 

経済成長の鈍化と物価上昇

 ロシア・ウクライナ紛争の影響のすべてを把握することは容易ではなく、影響がどこまで広がるかは、紛争の継続期間、西側諸国のロシアに対する制裁の内容、紛争が近隣諸国に広がるリスク等、複数の要因次第ですが、状況は極めて流動的です。

 ロシアとの貿易の縮小がユーロ圏全体に及ぼす影響は限定的だと思われる一方で、エネルギー価格の上昇は、政府の施策が影響の一部を相殺しても、個人消費を損なうものと考えます。従って、ピクテは、2022年のユーロ圏のGDP(国内総生産)成長率予想を下方修正しました。予想の下振れリスクは、上振れリスクよりも大きいと考えます。今後の動向は、供給網(サプライチェーン)の混乱の程度次第ですが、ロシアのガス供給が完全に停止された場合には、域内経済に深刻な影響が及び、景気後退(リセッション)に繋がる公算が大きいと考えます。

 同時に、エネルギー価格の急騰を勘案し、ユーロ圏のインフレ見通しを上方修正しました。2022年の物価見通しについては、消費者物価指数の総合指数とコア指数をともに上方修正しました。予想の上振れリスクは、下振れリスククよりも大きいと考えます。

 

苦境に陥る欧州中央銀行(ECB)

欧州中央銀行(ECB)は、金融政策運営上のジレンマに陥っていると考えます。物価上昇圧力が更に強まれば、インフレ高進懸念が強まり、恐らく、賃金への影響が予想されますが、一方、経済活動の停滞リスクや財政拡張の必要性を見込んで、金融政策の正常化に対して「より忍耐強くなり」、引き締め(緩和の縮小)を先送りする可能性も示唆されます。

ECBは、3月10日の政策理事会で、慎重な姿勢を示す公算が大きいと考えます。パネッタ専務理事は、2月28日の講演で、「ロシアのウクライナ侵攻」は「将来の政策の道筋の各ステップについて前のめりに約束するのは賢明ではない」との判断を促す状況を形成したが、ECBは「金融市場の混乱を回避し…(中略)…金融政策の伝達メカニズムを守るために行動する用意がある」と述べています。

従って、ECBが、資産買入プログラム(APP)の終了時期について言質を与える公算は小さいと考えます。状況が良好ならば、7-9月期のいずれかの時点で同プログラムを終了するとの意向を示唆する可能性がある一方で、紛争が悪化した場合には、これを継続または加速する可能性を残しておくものと思われます。ECBのラガルド総裁は、年後半の利上げの可能性について、恐らく、従来よりも慎重な姿勢を示し、必要とあれば、新しい政策ツールの導入を検討せざるを得ない状況に直面するリスクについても言及するものと思われます。

 

欧州に対する中長期の影響

ウクライナ危機は、欧州にとって極めて困難な状況を呈しており、各国首脳は前例のない施策を取らざるを得ない状況に直面しています。

ロシア・ウクライナ紛争は、直接的(短期的)な影響に加えて、EUの政策に長期的で大きな影響を及ぼす可能性がありますが、特に、防衛能力の強化やエネルギー自給は喫緊の課題です。

こうした状況下、ドイツは(エネルギー政策や安全保障政策に係る)劇的な政策転換を発表しました。ウクライナへの武器の供与を認め、軍隊の強化および装備の近代化を目的として1,000億ユーロ規模の特別ファンドを設定することや、北大西洋条約機構(NATO)の目標を達成するため、初めて、毎年、防衛費にGDPの2%以上を投じる方針を表明しています。この他、天然ガスの輸入をロシア産天然ガスに依存する現状からの脱却に向けた液化天然ガス輸入ターミナル2基の建設計画も発表しています。

EUは、過去10年と比べて、より拡張的な財政政策を取ることが予想されます。防衛費の大幅増額や、より持続可能なエネルギー構成の実現に向けた財政支出の拡大が予想されます。

 

図表6:EU加盟国の防衛費
2019年

出所:ピクテ・グループ、PWM - AA&MR、Eurostat

 

 

註1:McWilliams, B., Sgaravatti, G., Tagliapietra, S. and G. Zachmann (2022) ‘Preparing for the first winter without Russian gas’, ブリューゲル・ブログ, 2022年2月28日
註2:McWilliams, B., Sgaravatti, G., Tagliapietra, S. and G. Zachmann (2022) ‘Can Europe survive painlessly without Russian gas?’, ブリューゲル・ブログ, 2022年1月27日
註3:Gunnella, V., Jarvis,V. Morris, R and Máté, T (2022) ‘Natural gas dependence and risks to euro area activity gas’, 欧州中央銀行(ECB), 2022年1月

 

※当資料はピクテ・グループの海外拠点が作成したレポートをピクテ投信投資顧問が翻訳・編集したものです。

 


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