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気候変動リスク管理のための、温室効果ガス(GHG)排出量データの把握
2023/01/19

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概要

Scope1、2、3の温室効果ガス(Greenhouse Gas : GHG)排出量データは、気候変動に敏感な投資家にとって不可欠である。



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目次

01 序章

02 定義された排出量の範囲

03 Scope:根拠と使用例

04 追加考慮事項

05 削減貢献量

06 気候変動緩和の推進

07 報告および推定されるデータ

08 結論

09 付録 - ケーススタディ:炭素排出量を超えて

 

01 序章

企業の温室効果ガス(Greenhouse Gas : GHG)排出量データの入手可能性と精度が向上するにつれて、気候変動リスクや気候への配慮といった観点を、投資ポートフォリオの意思決定に取り入れる傾向が強まっています。

現在、様々なGHG指標が企業によって開示され、専門のデータプロバイダーによって提供されています。同時に、パリ協定の目標に対する企業のアライメントを測ることを目的とした株式ベンチマークも普及しています。

“Investors seeking to manage climate-related risks cannot limit themselves to scope 1 or even scope 2 emissions data”

(気候変動リスクを管理しようとする投資家は、Scope1、あるいはScope2の排出量データに限定することはできない)

本レポートの内容は、GHG排出量に焦点を当て、 これらの指標の目的や有用性、限界について明らかにしようとするものです。気候変動リスクを管理しようとする投資家にとっては、Scope1やScope2の排出量データだけでは不十分であり、たとえ現在一般に入手できないデータであっても、Scope 3 の分析が不可欠であると、我々は考えています。気候変動リスクを管理し、エネルギー転換に積極的に貢献しようとする投資家は、より複雑な炭素測定技術を導入する必要があります。

 

02 定義された排出量の範囲

GHGプロトコルは、企業におけるGHG排出量の測定と管理のための標準的なフレームワークで、3つの異なるタイプの排出量を組み込んでいます。

Scope1排出量

企業が直接排出するGHG排出量のことで、企業の事業活動や企業が所有・管理する資源に起因するものです。Scope1排出量の例としては、発電所で石炭を燃やすことによって発生する二酸化炭素などが挙げられます。

Scope2排出量

企業の間接的なGHG排出量、すなわち購入したエネルギーに起因する排出量を指します。よって、基本的にScope2排出量は、他社のScope1排出量ということになります。例えば、自動車メーカーが電力会社から電力を購入する場合、Scope2排出量は、実質的にその電力会社のScope1排出量となります。

Scope3排出量

企業のバリューチェーンにおける、あらゆる活動から発生する間接的なGHG排出量のことです。Scope3には、企業のサプライヤーから発生する上流での排出と、製品の使用時や廃棄時に発生する下流での排出があります(図1参照)。例えば、自動車メーカーであれば、サプライヤーから受け取る自動車部品が生産された際に発生したGHG排出量は、上流での排出量に分類されます。一方、自動車の所有者が自動車の使用期間中に排出するものは、自動車メーカーの下流でのの排出量に相当します。

GHGカーボンプロトコルを超えて-削減貢献量

GHGプロトコルに含まれない比較的新しい概念である削減貢献量は、企業の製品やサービスによる二酸化炭素を含むGHG削減効果を定量化することを目的としています。

これはScope4と呼ばれることもあり、典型的に、クリーンエネルギーや環境技術産業に従事する企業が該当します。例えば、再生可能エネルギー関連企業は、化石燃料を使用する電力供給会社と比較して、生み出す排出量ははるかに低いため、高い削減貢献量が期待できます。

 

03 Scope:根拠と使用例

                                                                                                                                                                          

銘柄選択やポートフォリオ構築において排出量のScopeを活用するためには、各データ区分が投資家に何を提供できるのか、その限界は何か、を理解することが重要です。

Scope1:炭素価格の支払い責任

Scope1排出量は、排出量の階層構造において一番最初に位置する重要な構成要素ですが、単独では提供できる実用的な情報が限られていると考えるのが、最も適切です。電力会社や運輸会社は、Scope1の主要な排出源です。当然のことながら、これらのセクターは、多くの国で導入されつつある排出権取引制度(ETS)の対象として、最も頻繁に取り上げられています。ポートフォリオのリスク管理ツールとして、Scope1排出量のデータは、広く入手可能であるというメリットがあります。つまり、ほとんどの企業がこのような指標を定期的に提供しているため、投資家はごく基本的な計算を行うだけで、ポートフォリオ全体のカーボンフットプリントを判断することができるのです。

いずれ世界的にカーボンプライシングを義務付ける制度が導入されると予測している投資家にとって、Scope1排出量は、炭素価格 (または炭素税)を支払うという、排出者の法的義務に相当するということを意味します。

この観点から、Scope1排出量は、気候変動リスク(より具体的には、カーボンリスク)の代用として妥当であるように思えます。結局のところ、電力会社や運輸会社など、気候変動に関する議論の中心的な産業は、Scope1 排出量が多い産業でもあるのです。

しかし、よくよく考えてみると、Scope1排出量のデータは、必ずしも企業のカーボンリスクを正確に評価するものではありません。これは、炭素税が意図したターゲットにペナルティを課さないケースが多いからです。企業は、炭素価格の上昇に伴うコストをサプライチェーン内の他の企業に転嫁することができます。

例えば、独占的な地位や強い価格決定力を持つ企業は、炭素税のコストを顧客に転嫁することができます。そうすることによって、Scope1排出に関連するリスクも軽減されるのです。カーボンプライシング制度の下では、例えば、電力会社が炭素価格の少なくとも一部を、企業や家庭のエネルギー消費者に転嫁する可能性は高いです。つまり、Scope1排出量の計算は容易ですが、投資リスク測定のためにそれだけに頼るのは、誤解を招く結果をもたらす恐れがあります。Scope1排出量は、企業のGHG排出リスクを部分的にしか把握することができないため、投資家は、Scope1排出量のデータだけにとらわれてはいけません。

Scope2:直接的なカーボンリスク

Scope1排出量は、排出者からその消費者へ移転されうるため、Scope2排出量は、企業におけるカーボンリスクの主要な構成要素です。Scope2排出量は、炭素価格の上昇に伴って生じたコストを、企業が自社の利益から支払わなければならなくなるリスクを意味します。例えば、電力消費量の多い資本財メーカーがその典型例で、このような企業は、Scope1の排出量は非常に少ないですが、Scope2の排出量が多い可能性があります。このため、Scope1と2の排出量を組み合わせることで、投資家はより包括的にカーボンリスクを把握することができます。

Scope3:間接的なカーボンリスク

Scope3は、企業のバリューチェーン全体で発生する排出量を把握するものです。企業の活動に関連しますが、企業が直接コントロールできない排出量のことを指します。

上流と下流それぞれにおけるScope3排出量を明確に把握することは、企業のカーボンリスクの上限を示すものとして有効です。言い換えれば、価格決定力を持たず、バリューチェーン全体で炭素価格上昇の全コストを負担せざるを得ない企業のカーボンリスクを示しているのです。しかし、実際はもっと複雑です。炭素価格上昇に対して企業が負うリスクは、サプライヤーや消費者に対する交渉力と常に関連しているのです1

バリューチェーン全体で支配的な地位を占める企業は、ビジネス上の条件を設定することができ、一般に、Scope3排出量が一定であれば、これらのリスクを転嫁できることから、カーボンリスクに晒されることが少ないです。対照的に、プライステイカーである企業は、一般的に、Scope3排出量が示すカーボンリスクにより完全にさらされることになります。企業は、上流と下流で価格決定力が異なるため、2種類のScope3排出量を区別することは、投資決定において極めて重要です。

 

 

自動車メーカー、フォルクスワーゲン(VW)の環境への取り組みについてみてみると、これらの企業のGHG排出の主因は、明らかに、自動車の使用です。これは、下流のScope3排出量と定義されます。VWへの投資を検討している投資家にとって、これは、同社の収益性に対する潜在的なリスクを評価する際に関連する一面です。例えばこれは、ガソリン税の引き上げによって炭素価格が予想以上に上昇した場合、その脅威を定量化するのに役立つとみられます。

Scope3排出量が気候変動リスク分析に不可欠なもう一つのセクターは、食品製造業です。しかし、ここで最も重要なのは、上流の構成要素です。例えば、世界的な食品メーカーであるクラフト・ハインツ社では、同社が購入した商品やサービス、すべての上流工程からの排出が、総排出量の大部分を占めています。これは、同社が赤身の肉など炭素集約的な原材料に依存しているためとみられ、炭素価格の高騰が同社の投入コストに容易に反映されることを示しています。

 

 

Scope3の排出量には、上流と下流に加えて、一般的に不動産業に関連する現象であるエンボディド・カーボンも含まれます。

エンボディド・カーボンは、具体的には、建築物の建設段階で排出されるすべての炭素、および原材料の抽出と加工に関連する炭素を含んでいます。

例えば、英国の住宅建設会社パーシモン社では、Scope3の排出量がカーボンフットプリント全体の99%を占め、そのうち上流工程からの排出量が半分以上を占めています。環境意識の高い不動産投資家は、カーボンフットプリントが低くエネルギー効率の高い建物を求めていますが(下流のScope3)、パーシモン社の数値は、上流からの排出量が全体のかなりの%を占めていることを示しています。

 

04 追加考慮事項

気候変動リスクへのエクスポージャー管理を求める投資家にとって、Scope1、2、 3を組み合わせたスコアリング手法は、企業のカーボンフットプリントを測定・比較する上で 最も効果的な方法であると言えます。この手法でポートフォリオの気候変動リスクを評価する場合の欠点としては、重複カウントのリスクが挙げられます。

これは、ポートフォリオに含まれる企業が同じバリューチェーンの一部を形成している場合に発生します2。例えば、国際的な政策立案者が、地域別株価指数のような特定の地域から発生する実際のGHG排出量を比較しようとする場合、重複カウントは問題となり得ます。このような用途では、対象企業の気候変動リスクが主要な焦点ではないため、同じ排出量の重複カウントを避けることが重要だと考えられます。

しかし、投資家にとって重複カウントが重大な問題となるケースは多くない、という点は注目に値します。

実際、カーボンフットプリントの目的が、ポートフォリオの気候変動リスクを評価することであるならば、炭素価格の上昇は、複数のサプライチェーンに波及する可能性があることから、重複カウントは望ましいものであると言えるからです。

 

Scope1、2、3を使用することで得られるメリットのうち、特にScope3を使用する際にはトレードオフの関係があることを念頭に置いておく必要があります。

代表的なのは、データの質です。Scope3の排出量は企業によって定期的に報告されておらず、報告されていても、上流のみの報告など、バリューチェーンの一部しか把握されていないことが多いです。データがない場合、ESGデータ提供者は誤差のある推定方法に頼らざるを得ません。

利用用途は、リスク管理だけではない

Scope1、2、3の排出量を分析ツールとして利用することは、投資家がカーボンリスクをより適切に管理することに役立ちますが、このアプローチはまた投資機会を広げることにもなり得ます。

企業のGHG排出量とそれが時間とともにどのように変化するかを包括的に理解することは、投資家にとって有益です:

- 脱炭素化への道筋において、どの発行体がリーダーで、どの発行体が遅れているのかを特定

- バリュエーションがそれを適切に反映しているかどうかを評価

- アルファを生み出す機会を特定

 

05 削減貢献量

インパクト投資(もしくはリターンの確保に加えて、積極的な貢献を行うこと)を求める人々にとって、Scope1、 2、3排出量は、気候変動の促進における企業の製品やサー ビスが持つ積極的な貢献を把握できないため、不十分な指標です。

例えば、風力タービンメーカーは、原材料の抽出と加工、および製造工程からの排出を反映し、Scope2および3の排出量に大きな影響を与えます。しかし、化石燃料からの転換に果たす積極的な貢献(削減貢献量)は把握されません。ところが、インパクト投資家が重要視するのは、まさにこの点です。

 

 

削減貢献量の重要性は明らかですが、その推定は複雑であり、必然的に多くの仮定に依存することになります。概念として、代替効果は、事実と反するベースライン・ シナリオからの逸脱を意味します。言い換えれば、当該製品やサービスがなかった場合に気候変動がどのような結果をもたらしたかを確認することは、投資家にとって難しいことであるということです。

これは、多くのインパクト投資家が提唱する追加性という理想に対応するものです3。しかし、製品やサービスの採用によって正確な削減貢献量を計算することは不可能であるため、代替案を用いる必要があります。その一つの方法として、新製品のライフサイクル全体の排出量を、代替となる製品の排出量と比較することが挙げられます。方法論はまだ発展途上ですが、技術的な問題は克服できないものではありません。

 

06 気候変動緩和の推進

しかし、正確な排出量を把握するだけでは、投資家が気候変動に関する目標を達成することはできません。目標達成のためには、より広範なエンゲージメントと資本の再配分プログラムの一環として、このようなデータが利用される必要があります。

これまでにも述べてきたように、投資家が気候変動を食い止めるために重要な役割を果たすには、2つのチャネルを経由する必要があります。2つのチャネルとは、1) 企業に積極的に関与して移行を促すこと、2)削減貢献量などの概念を用いて評価することが必要な気候変動対策に資金を提供すること、です。

上場株式市場では、企業のカーボンフットプリントの測定方法の改善を背景に、環境問題をテーマとした投資戦略が増加しており、その多くは、提供する製品やサービスを通じて環境問題の解決に取り組む企業に投資することを目的としています。

“Calls for climate investment solutions, in particular by impact investors, are likely to only grow louder, as will demands for standardisation and the adoption of avoided emissions approaches.”

(特にインパクト投資家による気候変動への投資ソリューションを求める声は、削減貢献量測定手法の標準化と採用に対する要求と同様に、ますます大きくなることが予想されます)

 

07 報告および推定されるデータ

ポートフォリオ構築の際にScope3や削減貢献量を利用したいと考える投資家にとって、データの質は重要な検討事項です。多くの企業において、Scope3排出量の開示はまだ不完全であるため、ESGデータプロバイダーがデータベースのギャップを埋めるために、Scope3の数値を推定する方法を開発する、といったケースが多くなっています。このようなモデルベースのアプローチは、通常、企業の特徴や利用可能な同業他社のデータに基づいて、Scope3排出量を推論する統計的手法に依存しています。

推定値や代替値は常に慎重に扱わなければなりませんが、投資家に対して投資先企業との関わりの根拠を与える、という重要な役割を担っています。第三者データは、企業の情報開示や監査の改善を促すための手段としても活用できます。最終的には、排出量データの量と質が向上することで、Scope3のデータがより多く報告され、またESGデータベースで利用できるようになると、投資家は期待しています4。 

“For investors who wish to use scope 3 or avoided emissions in portfolio, data quality is an important consideration. ”

(ポートフォリオ構築の際にScope3や削減貢献量を利用したいと考える投資家にとって、データの質は重要な検討事項です)

 

08 結論

気候変動に敏感な投資家にとって、様々なGHG排出量Scopeの用途と限界を理解することは、非常に重要なことです。リスク志向の投資家にとっては、企業のカーボンリスクを包括的に理解するためにScope2と3 を検討することが大切です。インパクト志向の投資家にとっては、まだ確立されていないアプローチではありますが、近い将来、削減貢献量の測定が不可欠になるとみています。

 

 参考

[1]正確には、関連するすべての中間市場における需要と供給の相対的な弾力性を反映したものです。

[2]例えば、ある電力会社が近隣の製造会社に電力を供給している場合、両社がポートフォリオに含まれ、GHG排出量がScope1と2の合計で測定される場合、電力会社が製造会社に販売する電力は、2回カウントされることになります。

[3]このトピックに関するより詳細な議論については、「Thematic equities as impact investments, Pictet Asset Management, 2021」をご参照ください。

[4]2024年から2028年にかけて施行予定のEUの企業サステナビリティ報告指令は、この種の情報開示の標準化に役立つとみています。

 

09 付録 - ケーススタディ:炭素排出量を超えて

気候変動は環境志向の投資家にとって最大の関心事ですが、GHGの排出は人類の環境フットプリントの一側面に過ぎません。環境悪化にはさまざまな形態があり、より持続可能な経済を構築するためには、それぞれ対処していく必要があります。

2009年にストックホルム・レジリエンス・センターの科学者グループが開発したフレームワーク「プラネタリー・バウンダリー」は、より全体的な視点を提供し、地球の幸福に不可欠な側面について、気候変動の他にも8つ定めています。このフレームワークは、投資の審査やポートフォリオの環境フットプリントの測定に利用することができます。

 

ピクテの各テーマ型投資ポートフォリオでは、このフレームワークを採用し、9つのプラネタリー・バウンダリーのすべてにおいて、企業の環境フットプリントを推定しています。これは、ライフサイクルアセスメント(LCA)と呼ばれる監査ツールを用いて、バリューチェーン全体における企業の環境面の影響を測定することで実現されています。そしてこのツールには、Scope1、2、3の排出量と、関連する場合は削減貢献量も含まれます。このような詳細な分析は、すべての投資家に適しているわけではありませんが、インパクト投資アプローチの一部を構成するものであり、社会的目標を追求したいと考える投資家にも活用されているとみています。

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