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- 生物多様性:自然に及ぼす影響を定量化する
企業や投資家は、企業活動が生物圏の健全性にどのような影響を及ぼすか、また、その代償として、生物多様性の喪失が企業業績や投資のリターンにどのような影響を及ぼすか、を測るための取り組みを強化すべきだと考えます。
(リスの形をしたグミベアのお菓子に見えることから)「グミリス」とも呼ばれる尾長ナマコは、海面下5,000メートルの深海に生息しています。皮を半分むいたバナナのように見えるこの奇妙な海洋生物は、過去2年間で発見された何千種類もの新種の生物の一つです。
科学者は技術の進歩のおかげで、生物圏についての理解を深めてきましたが、地球の生物学的多様性の多くは「未知の物質(ダークマター:暗黒物質)」のままであり、宇宙物体と同様に十分に解明されず、分類もされていません。
地球の多くが未知であることから、生物多様性を保護し、劣化した自然がもたらす結果を完全に理解することは極めて困難です。
こうした状況を投資家も懸念しています。
生物多様性の喪失が、気候変動と並び、金融リスクの源泉であることを認める人は増え続ける一方です。
ところが、劣化した自然がもたらすリスクを定量化するための明確な手法はありません。企業が作成している環境報告書の大半を占める炭素排出量だけで、事業活動が生物多様性に及ぼす影響を完全に評価することは不可能です。
投資家は各自の投資が生物圏の健全性にどのような影響を及ぼし、その代償として、自然資本の劣化が経済的・財務的成果にどのような影響をもたらすかを知りたいと切望しています。重要な生態系サービスがグローバル経済に年間125兆米ドルを提供していると推定されるからです。
「投資家は各自の投資が生物圏の健全性にどのような影響を及ぼし、その代償として、自然資本の劣化が経済的・財務的成果にどのような影響をもたらすかを知りたいと切望しています。」
情報格差を埋めようとする取り組みが進行中であることは心強い限りです。
2022年12月に合意された、画期的な「昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)」は、取り組みが重要なマイルストーンに達したことを示しています。約200ヶ国が署名したこの協定には、大企業や大手金融機関に対し、生物多様性の喪失により直面することになるリスクに加えて、事業活動が自然に及ぼす影響の監視と開示を義務付けることが目標として明記されています。
重要なことは、この規定が企業のバリューチェーン全体に適用され、金融機関の場合には投資ポートフォリオにも適用されることです。
「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」は、資産総額約20兆米ドルの金融機関や企業で構成される民間フォーラムですが、企業が直面するリスクの評価や情報開示に係る新しい基準を、今秋にも発表する予定です。新基準の発表を受けて企業がGBFに沿った事業活動を行い、自然に配慮する活動に、これまで以上に資金が提供されるものと期待されます。この他、企業の持続可能性の開示に係る国際基準の設定にあたる「国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)」が、気候変動リスク報告規則に生物多様性を加える準備を進めています。
こうしたトップダウン型の手法は、科学者との協働を通じて、生物圏への投資の影響を測定するために必要な情報の格差を埋めようとする、企業や投資家の取り組みに支えられています。
手法の一つは、環境に及ぶ影響の評価の範囲を、二酸化炭素排出量以外にも広げることです。
「地球のシステムへの影響(ESI)指標」は、スウェーデン戦略環境研究財団(MISTRA)の資金提供を受け、ストックホルム・レジリエンス・センターが中核となって活動する「生物多様性の再生のためのミストラ・ファイナンス:フィンバイオ・リサーチ・プログラム(MISTRA Finance to Revive Biodiversity (FinBio) research programme)」の一環として、スウェーデン王立アカデミー所属の研究者グループが開発中の試作ツールです1。
ESIは二酸化炭素排出量だけでなく、土地と水の利用に起因する影響も測定します。土地と水は、研究者グループが地球システム(ES)の構成要素と呼ぶものであり、「地球限界の枠組み(プラネタリー・バウンダリー:PB)」2に定義された主要な環境の様相の一部であるからです。
また、ESIは、企業や投資家の意思決定が環境全体に及ぼす影響の評価に役立つ可能性がある、と研究者たちは述べています。
自然に配慮した脱炭素社会への移行
ピクテは、生物の種の喪失に影響を及ぼす企業活動の定量化のために、環境インパクトの評価手法として世界的に認められた2つのツール、即ち、「プラネタリー・バウンダリー(PB)の枠組みと、カーネギーメロン大学が開発した「ライフサイクル評価(LCA)」を用いています。
生物多様性の喪失率は、プラネタリー・バウンダリーの枠組みが持続可能だと考える水準の10倍から100倍に達しています。ピクテは、プラネタリー・バウンダリーの枠組みとライフサイクル評価を用いて、提供する製品やサービスの環境に及ぼす影響が最も小さい企業を特定したいと考えています。
また、こうした手法に基づき、地域や業種セクターに特有の圧力を説明するグローバル・バリューチェーンの連携を強めることで、企業活動の直接的な影響だけでなく、サプライチェーンの上流や下流で生じる間接的な影響も把握したいと考えます。
グローバル・バリューチェーンは、生物多様性に及ぶ影響の分析に必須の要素です。これは、モノの生産やサービス活動が、多数の国や業種に広がって、分断されているためです。
例えば、鉱業は、持続可能性が最も低い産業の一つであると考えられていますが、一方で、温室効果ガスの排出量から吸収量を差し引いた「ネットゼロ」の実現を目指すテクノロジーに不可欠なニッケルなどの金属を供給しています。
採鉱活動が環境に及ぼす直接的な影響は、鉱業セクターにとっても、また、生物多様性が高いにもかかわらず人類による破壊の危機に瀕する「生物多様性ホットスポット」や鉱山を多く保有する新興国にとっても、甚大です。
一方、見過ごされがちなのは、自動車メーカーなど、バリューチェーンの下流で、地球から採掘された資源を消費する鉱業以外の産業がもたらす間接的な影響です。
生物多様性のモデルの設計には、地域的な力学(ダイナミクス)を取り込むことも重要だと考えます。例えば、生物種の多様性が低い地域での採掘のための土地の利用が環境に及ぼす影響は、固有種を含む生物多様性が豊かな地域、あるいは地上で唯一の種を有する地域での事業活動とは大きく異なります。
地域化影響評価とも呼ばれる比較的新しい手法を推奨する研究者は増える一方です4。
より質の高いデータの入手が容易になれば、企業や投資家は、従来以上に環境に配慮し、行動を変えようとするはずです。
企業の経営陣とのエンゲージメントを行うことも、投資家にとっての強力な手段となり得ます。投資先の企業との協働を通じて、負の影響を緩和するための目標を設定し、リスクを管理すると同時に、自然にプラスの成果をもたらす持続的かつ再生可能な事業慣行を事業活動に組み込むことが可能だからです。
ピクテが用いる包括的(ホリスティック)な手法は、個々の企業やそのサプライヤーとのエンゲージメントの優先順位付けに役立っています。
「企業経営陣とのエンゲージメントは、自然にプラスの成果をもたらす行動を企業に促す投資家にとって、強力な手段です。」
自然は、気候変動対策に必須の要素であるとの認識は増す一方です。
サンゴ礁の再生や自然由来の建材を使った建築など、自然に配慮したソリューションを気候温暖化対策に組み込むことで、乗用車やトラックの電化による二酸化炭素排出量の削減の13倍もの効果が得られると、国連は試算しています。
自然保護の重要性が増すに連れて、生態系サービスや自然資本に係る新しい金融商品やファンドが提供され、生物多様性市場が活況を呈することが期待されます。インパクト評価ツールの進化や企業の情報開示の向上は、投資家がこれまで以上に、投資の機会を活用する助けになると考えます。
[1] ピクテは、フィンバイオ・リサーチ・プログラムの創設メンバーです。詳細は、こちらをご参照下さい。
[2] Steven J Lade共著 2021年、「環境科学研究誌」(季刊誌)Environ. Res. Lett. 16 115005
[3] Butz, C., Liechti, J., Bodin, J. 共著、「地球限界の枠組み(プラネタリー・バウンダリー)における環境投資ユニバースの定義について
(Towards defining an environmental investment universe within planetary boundaries)Sustain Sci 13, 1031–1044 (2018. https://doi.org/10.1007/s11625- 018-0574-1)
[4] https://www.unep.org/resources/report/environmental-impact-assessment-and-strategic-environmental-assessment-towards
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