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- 半導体チップの威力
微小でありながら、極めて強力な半導体が世界を席巻しています。半導体がどう機能し、日常生活から地政学に至るあらゆることに、どのような影響を及ぼすのかについて「半導体戦争(Chip War)」の著者である米タフツ大学のクリス・ミラー(Chris Miller)教授の見解を紹介します。
あなたの小指の爪を眺めて、それが何十億個もの回路を覆っていると想像してみて下さい。次に、トランジスターと呼ばれる個々の回路が猛烈な勢いで、開閉し続ける状況を想像して下さい。これが、あなたのスマートフォンやコンピューターや車、更には、あなたの国の安全保障制度を動かしている驚異的な技術の偉業なのです。半導体の世界にようこそ。
「デジタルコンピューティングやソフトウェアやデータストレージは、どれも、ごく小さな半導体チップが生成した何十億個もの“0”と“1”に過ぎません。また、あなたのスマートフォンに搭載されているトランジスターは、新型コロナウイルスよりも小さく、ナノメートル(10億分の1メートル)単位で測定されます」と、ピクテのポッドキャスト(Found in Conversation podcast)で解説するのは、2022年の「フィナンシャル・タイムズ・ビジネス・ブック・オブ・ザ・イヤー賞」を受賞した「半導体戦争(Chip War)」の著者であり、米タフツ大学で国際関係史を研究するミラー教授です。
ミラー教授によれば、最初に作られた半導体チップにはトランジスターが4個搭載されていたのに対し、最新型のiPhoneには、基本的な半導体チップにさえ150億個ものトランジスターが搭載されています。4個から150億個への増加は、技術の進化の速度を表すものであり、他のどの産業にも前例がありません。
こうした進化の多くは、効率的なグローバル・サプライチェーンや世界各国の主要企業間の協力のおかげで実現したものの、各国政府が国内供給の増強を図る現状では、地政学緊張の脅威に晒される可能性があります。
当然ながら、これほど高度なものは、製造工程が極めて複雑で、コストも嵩みます。製造工程の各段階で、極めて高度なツールが必要であり、最も優れたツールは、世界で1社あるいは2社しか製造していません。例えば、リソグラフィーの工程では、微小トランジスター回路を切り取るために、大型の機械を使ってシリコンに紫外線を照射します。最先端のリソグラフィー装置は、重量が200トンを超えることに加えて、2億米ドルから2.5億米ドルと高価であるため、参入障壁が高く、オランダのASML社が市場の90%以上を占めています。
同様の市場の集中は、チップ製造の他の分野でも見られます。シリコンに薄膜を蒸着させる装置の製造は、米国のアプライド・マテリアルズ(Applied Materials)社がほぼ独占しています。また、こうした工具や機械を一ヵ所で組み立てる必要があることから、半導体製造は、建設費用が嵩む大型工場でしか行えません。製造工場を建設し、維持する余裕があるのは、規模の経済を持った企業に限られます。ですから、台湾積体電路製造(TSMC)が半導体製造市場を支配しているのです。
ミラー教授によれば、「現在、最先端のプロセッサー・チップを生産しているのは、世界に僅か3社しかなく、TSMCが市場を牽引し、韓国のサムスン(Samsung)がこれに続き、米国のインテル(Intel) は、2世代遅れの状況です。3社に追い付けそうな企業はありません。半導体市場には、新規参入者はいませんし、新規参入のリスクもありません」。
同教授は、製造施設の新設コストを200億米ドル程度と試算しています。また、技術進歩のスピードが極めて速いため、新設の工場で最先端のチップを製造出来るのは、次の技術革新に追い越されてしまうまでの、せいぜい3年程度に限られます。
地政学的障害
半導体は日常生活に必須であり、軍隊等の政府機関にも使用されるため、製造工程において特定の企業や国が市場を支配する状況が、様々な問題を引き起こします。政府は半導体のために依存し合うことも、(新型コロナウイルスのパンデミック期に半導体の供給不足で自動車業界が稼働停止に陥りかけたように)サプライチェーン寸断の影響を被ることも望んでいません。
ミラー教授によれば、「各国政府は、特に、人工知能(AI)用の半導体が果たす役割を勘案して、最先端の半導体へのアクセスを確保すると同時に、競合相手のアクセスを阻止することに心血を注いでいます。商業上の理由も一因ですが、それ以上に軍事や情報活動への影響を重視しているからです。AIがあなたの計算の仕方を変えようとしている状況を考えてみて下さい。情報機関や軍の計算手法には更に大きな影響が及ぶことが予想されます。こうした状況が、ここ数年、政府が半導体のサプライチェーンへの介入を強めている理由です」。
世界の主要国はこうした状況を警戒し、半導体製造を促すための資金や優遇策を約束しています。「欧州半導体法」は、2030年までに半導体セクターへの官民投資に430億ユーロを拠出することを目標としており、米国は、半導体の生産および研究に520億米ドルの補助金の交付を発表しています。この間、中国は、国内生産の拡大を「中国製造2025」戦略の重要な柱としています。
もっとも、追加投資は多くの場合、敵対的な施策を伴います。米国は中国向けの先端半導体輸出を規制し、一方、中国は(サイバー・セキュリティー上のリスクがあるとして)米国の半導体メモリー大手、マイクロン・テクノロジー(Micron Technologies)に対する審査を開始しました。このように、地政学的緊張が大きな懸念材料となっているものの、半導体産業が繫栄しているのは、国際協力を前提に展開されるグローバル産業だからです。
ミラー教授によれば、「毎年新しい処理能力の3分の1が台湾で生まれています。これがなくなったとすると、スマートフォンやパソコンに留まらず、車や航空機、更には、最先端の半導体チップは不要でも大量のチップを必要とする食器洗浄機の生産に支障が生じます。また、TSMCは、日、米、欧から素材を輸入して初めて機能していることにも留意が必要です。予備の部品を海外から輸入し、大量のエネルギーを使って、操業している」のです。
ミラー教授は、向こう数年について、AI、自動車、データセンター等を牽引役にし、半導体需要が拡大すると予想しています。需要を満たし、技術革新を提供し続けるには官民の協力が欠かせません。
また、「政府が基礎科学研究に資金を提供する一方で、企業が投資を拡大し、両者の均衡が保たれなければなりません」とも述べています。
現代世界の理解のために、専門家の話をもっと聞きたいと思われる方は、ピクテのポッドキャスト(Found in Conversation)をご視聴下さい。
投資のためのインサイト
● 米国半導体工業会(Semiconductor Industry Association)によれば、2022年の世界の半導体総売上高は、5,740億米ドルに達し、米国企業の売上高が全体の約48%を占めました。
● 世界はこれまで以上に多くの半導体チップを必要としていますが、個々のチップの価格は上昇基調です。アプライド・マテリアルズ(Applied Materials)社によれば、2025年には、平均的なデータセンター・サーバーに約5,600米ドル相当の半導体が搭載されることとなり、2015年の1,620米ドルを大きく上回ります。スマートフォンや自動車、その他の機器にも同様の傾向が見られます。こうした状況が、半導体メーカーの売上を伸ばす主要な原動力となっています。
● 生成AIの台頭が、半導体需要の伸びを加速させることが予想されます。米国のエヌビディア(Nvidia)は、先端画像処理装置(GPU)に対する需要が増す状況について報告書を発表しています。GPUよりも汎用的な処理に使われ、コンピューター機能の大半を実行するCPU(中央演算処理装置)も、引き続き必要です。この分野ではインテルが市場を牽引していますが、同じくカリフォルニア州に拠点を置くAMDが、ここ数年、シェアを大きく伸ばしています。
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