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- 世界の医療が直面している課題に対応するテクノロジーの力
新しいテクノロジーが世界の医療制度に影響を及ぼし始めたのは、つい最近のことです。病気の早期発見や、個々の患者に最も適した医療の提供などが主なメリットとして挙げられますが、いずれも患者の治療成果を改善し、医療機関のコスト負担を軽減することが期待されます。
「末期疾患は、医療費を指数関数的に増加させることが多いのに対して、早期の医療の介入は、医療費を削減すると同時に長期的な治療成果を改善する可能性があります。」
「ヘルスケア」と「危機」という二つの単語を、世界中の国名と一緒に入力して検索をかけると、大量の見出しが画面いっぱいに現れます。不満の声や記事は、どれも医療費の増大を訴えるものですが、必ずしも資金不足が問題の原因というわけではありません。
医療提供者は、どの国にいても、増大する医療費とあくなき要求との闘いを強いられているように思われます。社会の高齢化が進み、がん、循環器疾患、糖尿病等、慢性疾患の罹患数が増加基調をたどる中、患者の期待も高まる一方だからです。
治療成果の改善と医療費の削減
テクノロジーの進化は、このような課題の解決に役立つでしょうか?ピクテ・ウェルス・マネジメントのアナリスト、エイドリアン・ブロサード(Adrien Brossard)は、影響は「極めて大きい」と確信しています。
「技術の進化によって早期の診断が可能となることで、効果的な治療を行う医師のスキルや、患者が回復する確率が高まるからです」と、エイドリアンは指摘し、早期の診断は、国民の健康全般を改善するための最善の方法かもしれないと述べています。
医療のサプライチェーン上の、時間と人手のかかる治療や医療管理業務が自動化できれば、効率性と収益は、更に改善されるはずです。
一方、ウェアラブル機器やDNAデータなどの個別化医療技術は、患者がかかりやすい病気の特定や、個々の患者に見合った治療計画の策定に際し、医師を助けます。
手術前の患者のモニタリングやリスク評価の改善を可能にする技術の進化は、外来診療の質も改善しています。外来診療とは、一泊入院が必要になる場合もあるかもしれませんが、基本的に外来患者に対する医療提供を意味します。患者にとっては、病院に滞在する時間が短くなり、医療機関は治療費が削減できるという恩恵が得られます。
病気の早期発見は、経済的な観点からも有益だと思われます。エイドリアンによれば、「末期疾患は、医療費を増加させることが多いのに対して、早期の医療の介入は、医療費を削減すると同時に、長期的な治療成果を改善する可能性がある」からです。
とはいえ、患者に関する守秘義務を巡る問題等、課題は残ります。例えば、ウェアラブル機器は、患者の個人データをリアルタイムで追跡し、患者の機密情報を関係者に送信します。病院やクリニックは、情報漏洩の可能性を想定し、データの完全性を保護するために、堅固なセキュリティー対策を講じる必要があります。また、遠隔医療は大きな恩恵をもたらす可能性がある一方で、患者がアクセスできる態勢を整えなければ意味がありませんが、主要先進国にさえ情報格差(デジタルデバイド)が存在し、米国の場合は、農村部に住む米国人の4分の1近くが高速ブロードバンド・サービスにアクセスできていません1。
技術ソリューションを使うための初期費用が高額であることも、既にひっ迫する医療予算に、更に、短期的な圧力をかける可能性があります。
「技術の進化によって病気の早期診断が可能となり、医師が効果的に治療する能力を高め、患者が回復する確率が高まります。」
ヘルスケア・ソリューションにおける人工知能(AI)の新たな役割
AIが世界の医療制度に及ぼす影響は、既に確認されています。AIの進化は、医療に革命を起こす可能性を秘めた様々な技術の開発を加速させる上で、重要な役割を果たしています。例えば、AIアルゴリズムは、患者データの分析を通じて病気の早期発見を助け、治療の適時介入や治療成果の改善を可能にします。
AIは仮想現実(VR)や拡張現実(AR)を強化させており、外科医が、安全で制御された仮想環境の中で、複雑な手術の練習ができることを可能にする、と同時に、医療ミスを減らし、学習曲線を短縮しています。VRやARは、患者教育、メンタルヘルス介入(メンタルセラピストによる受診の勧め)、機能回復訓練(リハビリテーション・プログラム)等に応用できる可能性もあり、患者の関与、治療介入の円滑化、リハビリテーション・プログラムの強化などを目的とした、没入型体験を提供します。
AIを搭載したチャットボットやバーチャル・アシスタントは、1日24時間、週7日、年中無休で患者をサポートし、医療に係る一般的な質問に答え、トリアージュ(重症度判定検査)・サービスを提供することが可能です。AIは、管理業務の自動化、新薬開発プロセスの最適化、治験の効率化などを行うことも可能です。
実際のところ、ヘルスケア分野で使われるAIやモノのインターネット(IoMT)の潜在能力のすべてが、多くの分野と同様に、今まさに、明らかにされようとしていますが、その影響は既に実感されています。IoMT機器のヘルスケア分野への導入は、患者のリアルタイムのモニタリングや遠隔診療を可能にします。ウェアラブル・センサーや、(インターネットに接続された)コネクテッド・デバイスは、患者の血圧や心拍数などのバイタル・サインを継続的に追跡し、医療提供者に貴重なデータを提供することが可能です。こうした状況は、医療従事者による患者の健康状態のモニタリングや必要に応じた迅速な治療を通じて、患者の再入院を減らすことにつながります。AI機器が普及しているのは、心臓病、糖尿病、栄養のわずかか3分野に過ぎません。医療機器には分類されていないものの、スマートウォッチなどの一般消費財でさえ、心電図(ECG)モニタリングなどの貴重な機能を提供しており、病弱な個人の特定に役立っています。不調の原因が判明した患者は、一般医(総合診療医)や心臓専門医に受診するよう指示され、あらゆる問題をモニターすることが出来る、より高度な医療機器の使用を「処方」されます。
糖尿病の分野では、内分泌専門医が、糖尿病または糖尿病予備軍の患者に、持続血糖値測定器(CGM)の使用を促すことが多くなっています。CGMには、二つの大きな利点があります。一つは、医療の専門家が患者の病気の管理状況を評価し、患者の一生を通じた治療を調整するために個別の推奨が出来るということです。もう一つは、CGMを使ったリアルタイムのブドウ糖(グルコース)モニタリングは、患者の健康なブドウ糖水準の維持に役立つことが、十分に制御された多くの治験結果によって、示されていることです。
「ウェアラブル機器やDNAデータなどの個別化医療技術は、患者がかかりやすい病気の特定や、個々の患者に見合った治療計画の策定に際し、医師を助けます。」
画期的な技術の進展が起こっている分野には、以下が挙げられます。
・ゲノミクス(ゲノムや遺伝子についての研究)およびプロテオミクス(タンパク質に関するデータを収集し解析する技術や方法論)、ならびに、その他の「オミクス」技術:
個々の患者に適切な薬剤や標的療法の開発において、極めて重要な役割を果たしています。例えば、液体生検はがんを早期に発見し、患者の治療効果をモニターするための(身体への負担が少ない)非侵襲的な手法です。
・3Dプリント:
それぞれの患者に特化したインプラント(体内埋め込み用機器)、人口装具、解剖模型等の作成を可能にすることで医療に革命をもたらし、手術結果を改善すると同時に、手術後の合併症を減らします。3D プリントは、外科医がスキルを磨き、より効果的な手術計画を立てられるよう、実物に近い研修用モデルを提供することで、外科研修の強化にも役立だっています。
パーソナル・タッチ
ヘルスケア・セクターの効率化は、必ずしも雇用の減少につながるわけではありません。エイドリアンは、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が、多くの国において、医師、看護師、医療技師等が不足する状況を露呈したことを指摘し、医療従事者に対する需要は高止まりすると確信しています。世界保健機関(WHO)は、2030年までに、主に低所得国や中・低所得国で、1,000万人規模の医療従事者が不足すると試算しています2。ヘルスケア・セクターは高度な訓練を受けた医療従事者に依存し続ける可能性はあるものの、医療技術の進展が患者の治療や治療成果を改善するために、一段と高度で有用な機械や器具を提供するものと考えます。
早期診断が鍵
エイドリアンによれば、過去50年間、先進国の国民の健康状態は、総じて悪化しています。人口の高齢化と肥満の増加トレンドは、加速度を増しています。WHO の予測によれば、60歳以上の人口が世界の総人口に占める比率は、2015年の12%から2050年予想の22%へと、ほぼ倍増する可能性があり3、一方、肥満は1975年以降、約3倍に増加し今後も増え続け、2025年までには約1億6,700万人の成人と子供が太り過ぎ、あるいは肥満のために健康を害する可能性がある、とのことです4。
肥満と高齢化は、いずれも、2大死因である循環器系疾患やがんの主な原因です。
技術の進化は、迅速な医療介入を可能にするために、病気の早期発見を優先課題とする、医療制度の力を劇的に改善するはずです。患者の個人データの安全性を確保し、誰もが新しい技術にアクセスできるような態勢を整える必要がある等の課題は残りますが、技術の進化は、総じていえば、患者と医療従事者の双方にメリットをもたらす公算が大きいように思われます。
[1]https://www.fcc.gov/reports-research/reports/broadband-progress-reports/eighth-broadband-progress-report
[2]https://www.who.int/health-topics/health-workforce#tab=tab_1
[3]https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/ageing-and-health
[4]https://www.who.int/news/item/04-03-2022-world-obesity-day-2022-accelerating-action-to-stop-obesity
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