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- 中国株式市場:窮地を脱する
中国株式は、当面、投資家に敬遠されるとしても、常にグローバル・ポートフォリオの戦略資産であるべきだと考えます。
中国株式市場の投資家は、期待が膨らんだかと思うと、失望感が増す、ジェットコースターに乗っているかのような1年を経験したはずです。
2023年1月には、新型コロナウイルスのパンデミック(大流行)期に導入された都市封鎖が突然解除され、市場の転機到来として、幅広い投資家に歓迎されました。個人消費ブームが企業収益を改善し、利益成長の鈍化局面に終止符が打たれるかもしれないとの期待が高まったためです。
もっとも、こうした楽観的なシナリオは、実現には至りませんでした。
足元の中国経済は、デフレの間際にあって、家計は貯蓄を維持し、個人消費は、コロナ前の6年間のトレンドを下回って推移しています。中国株式市場から完全に資金を引き揚げたいとの誘惑に駆られる投資家もいるかもしれません。
いずれにせよ、中国株式市場は、年初来リターンが2桁台に届かなかった数少ない市場の一つです1。
中国株式は、新興国市場に特化する投資家にさえ敬遠され、一般的な新興国株式ファンドの中国の組入比率は、ベンチマーク比率を下回っています2。
とはいえ、中国株式市場は、投資家が無視できない程大きな存在です。
中国株式がグローバル・ポートフォリオの戦略資産であるべきだと考える理由は、以下の通り、一つではありません。
中国が、変革を遂げつつある複数の主要産業で世界をけん引していること、拡大を続ける消費者市場を国内に有していること、10年以内に世界最大の経済大国になる可能性があること、などです。
同じ意味で、中国企業の運命が急変すると考える人もいないはずです。中国株式の株主資本利益率(ROE)を改善するような状況は、今後5年前後のうちに、徐々に発生するように思われます。
こうした状況が意味しているのは、中国政府が戦略的優先事項と考える業種に焦点を当て、着実にポジションを構築していくことによって、相対的に良好な成果が得られる公算が大きいということです。
高成長下の低収益
中国を含む新興国は、ここ数年、先進国を上回る経済成長を遂げた一方で、企業の利益成長率は、先進国に大きく劣後しています。
中国企業の苦戦は、特に際立ちます。
中国企業の一株当たり利益の年平均成長率は、過去15年で、中国の経済成長率を8パーセンテージ・ポイント下回り、新興国の平均格差の2倍に達しています3。
また、同じ期間に、企業の利益成長率が経済成長率を2パーセンテージ・ポイント上回った米国との比較でも、中国の劣勢は顕著です。
規制を巡る混乱は、ほぼ終了
高水準の経済成長を企業の利益成長に転換できなかった、という中国の歴史的とも言える失策には、複数の原因が考えられます。
不安定な規制環境、株式の希薄化、脆弱なガバナンス(企業統治)などは、いずれも企業利益を下押しする一因ですが、こうした逆風は、向こう数年のうちにも、幾分和らぐ可能性があるとの見方には根拠があるのです。
規制は、企業と株主が直面するもっとも厄介な問題です。
中国は、持続的かつ均衡の取れた経済成長を目指して構造改革を進め、過去数年の間に経験した、信用の膨張による過剰投資の回避に努めました。
もっとも、こうした転換に伴って起こったのが、力を付け過ぎたと政府が判断した産業を標的にした、規制当局による突然の締め付けです。
アリババ、テンセント、滴滴出行(ディディ・チューシン)等、ハイテク、教育、金融、ゲーム等の業界の最大手企業を狙った2年半に及ぶ締め付けの結果、1兆米ドルを超える時価総額が株式市場から失われ、企業の利益成長力が損なわれました。
しかし、投資家にとっての朗報は、民間セクターと政府当局間の緊張緩和の兆しが見られることです。
「経済の減速に直面した中国企業は、事業を合理化し、強靭性の強化を図ってきましたが、自助努力が報われつつあります。」
2023年7月、中国人民銀行(中央銀行)はアリババ傘下のアント・グループに対し、規制違反のかどで、約10億米ドルの制裁金を科しましたが、今回の処分で当局の締め付けが終わり、アント・グループは、金融持ち株会社の免許取得や新規株式公開(IPO)の手続きを再開できるのではないかとの期待が高まりました。
また、政府と中国共産党は共同声明を発表し、民間企業を国有企業と同等に扱うこと、政策策定前に企業側との協議の機会を増やすこと、市場参入障壁を是正すること等、30項目以上の施策を導入し、民間企業の事業環境の改善を約束しました。
企業側は、事業の合理化を通じて、経済の減速に備えて強靭性の回復を図っています。
多くの企業が営業費用の管理を強化し、その結果、営業利益率と利益成長率が改善しています。
また、直近の中間決算からは、純利益の伸びが売上の伸びを大きく上回るという、2022年以降のトレンドが確認されます。こうしたトレンドは、インターネットや消費セクターの大手企業に顕著に見られ、自助努力が報われつつあることを示唆しています。
自社株買いと希薄化
中国の国内投資家は、株式の希薄化と常に闘ってきました。株式の希薄化は、多くの新興国市場に共通する特徴であり、急成長を遂げつつある企業が事業拡大のために、株式の新規発行や追加発行を行う結果、既存株主の相対的な持ち分、ひいては、一株当たり利益が減少することを意味します。
中国の株式市場は、新興国市場の中でも希薄化が際立ちますが、一方で、当局は希薄化の影響の緩和に意欲を示しているように思われます。
証券監督当局は、上場企業の自社株買いを容易にし、「投資価値の積極的な保全や小口の株主の保護」のため、規制を改定しています。
また、8月には自社株買いを支援し、長期投資を促すための施策を発表していますが、ハイテク企業やオンライン・ヘルスケア企業等、既に30社以上が、自社株買いの実施計画を発表しています。
新規株式公開(IPO)は、過去2年で激減しており、発表されたIPOの総額は、2021年の約1兆元に対し、2023年年初からの10ヶ月間で510億元に留まっています4。
当局が、巨大な国営企業(SOE)の全面的な見直しに取り組んでいることも、先行きを期待させるものであり、企業収益の改善が見込まれます。
政府は、株価指数の3分の1近くを占めるSOEに対して、ムダを削ぎ落とし、利益率や株主還元、ならびに、投資家とのコミュニケーションを改善するよう指導するための取り組みを強化していることから、SOEの株価の再評価や、将来のキャッシュフローの可視化を増すきっかけとなる可能性があると考えます。
政府は、SOEの重要業績評価指標に「配当性向の引き上げ」を加えており、少数株主が恩恵に与ることが期待されます。
投資家は、楽観的な見方を強めているように思われます。(上海証券取引所と深圳証券取引所に上場しているうちの300銘柄で構成される)CSI300指数の3分の1近くを占める本土上場のSOEは、株式市場全体を上回って推移しており、2023年の年初来リターンは、中国移動通信(チャイナ・モバイル)が40%を越え、中国石油天然気(ペトロ・チャイナ)は50%を越えています。
(上海証券取引所上場の100銘柄で構成される)SSE 100指数の年初来リターンは横ばいですが、株式市場全体が約-10%と低迷する中では、相対的に良好です5。
通信、資源、工業等のセクターに属するSOEが相対的な優位性を有しているのは、半導体、ロボット工学、環境工学等、戦略的産業の自立を目指す政府が、SOEに目標の実現へ向けた取り組みの中心的な役割を果たして欲しいと考えているからです。
収益性よりも繁栄
上述の前向きな取り組みにもかかわらず、中国企業の収益の改善を阻んできた要因は、今後も、中国の投資環境を特徴づける要因であり続けるように思われます。
地政学を例に取ると、中国との緊張は今後も続くことが予想され、緊張が高まる公算も大きいと思われます。多くの国が、将来の成長を確保するために、経済の独立と、戦略的に重要なセクターの自給自足を実現したいと努めているからです。
予見できないリスクや想定外の出来事に満ち、状況が急変する環境では、中国資産は、「購入して忘れてしまう」受け身の運用手法には不向きであることを認識すべきです。
市場動向を常に注視し、機敏に修正が出来るような態勢を整えておく必要のある積極的な運用手法に徹することです。中国株式投資に際しては、以下のリスクに、特に、留意すべきだと考えます。
米中関係
貿易とテクノロジーを巡る世界の二大大国間の関係改善は、中国の潜在成長率を押し上げる可能性がある一方で、足元の株価に織り込まれているリスク・プレミアムを大幅に縮小させる公算が大きいと考えます。両国は対話を再開し、7月にはイエレン財務長官が、また、8月にはレモンド商務長官が訪中していますが、長年の間に強まった不信感が一夜のうちに解消することはありません。輸出規制の解除等の具体的な成果が見られなければ、中国に対する見方を大きく変えることは困難です。こうした状況が、当面、実現する可能性が低いと思われるのは、2022年8月に制定された米国のインフレ抑制法等、主要な法律に規制が盛り込まれているからです。
戦略的目標
脱炭素化、国家安全保障、半導体等、主要戦略テクノロジー分野の自立を中国が追求していることは、当該事業を展開する企業への投資から利益を上げる機会があることを示唆しているように思われます。一方、それ以外の産業の収益や投資家の株主還元が犠牲になる可能性には留意が必要です。ヘルスケア・セクター等の株価の変動は、更に上昇する可能性が否めません。医薬品業界にはびこっている販売慣行に係る贈収賄を根絶するための政府の取り組みによって、ヘルスケア・セクターには15%を超える損失が生じていますが、指数への影響は6%強に留まります6。
共同富裕
規制当局による締め付けは和らいだとしても、そもそも、締め付けの原因となった長期的な政策目標は変わっていません。「共同富裕」は、企業利益よりも社会的、経済的公平性を優先する中国共産党のスローガンであり、習近平政権下で重要度が増しています。政府は、企業部門の掌握と、「資本の無秩序な拡大」の抑制を正当化するために、共同富裕を利用しています。「公平な繁栄」目標は、ここ数年、中国企業の技術革新や活力を阻害する一因となっています。多少の調整はあるかもしれませんが、政府が近い将来、こうした政策路線を変更する公算は小さいと考えます。
グローバル株式ポートフォリオに占める中国
中国株式市場は、投資の機会と分散投資の効果の両面から、グローバル・ポートフォリオの主要な構成要素であり続けるべきだと考えます。
ただし、投資家が中国の潜在的な経済力を効果的に活用するには、優れた判断力を備えていることが必要です。
中国のマクロ経済のファンダメンタルズ(経済の基礎的諸条件)は、当面、困難な局面に遭遇するかもしれませんが、個別企業の動向には、先行きが期待されます。
主に、マクロ経済の不確実性と地政学的な懸念に起因して、中国株式のリスク・プレミアムが上昇したことが株価収益率(PER)の重石となっていますが、こうした状況が、バリュエーションの観点では魅力的な投資の機会を提供しています。
しかし、控えめなリターンと、先進国株式に比べて、大幅に割安な水準で取引きされるだろうとの見通しは、市場との連動性が、信頼性に足るリターンの源泉とはならない可能性も示唆しています。
従って、投資家は、健全なバランスシート、持続可能な価格決定力、魅力的なバリュエーションを併せ持ち、中国政府の優先政策に沿った業界から個別企業を発掘すべきだと考えます。
[1] MSCI China index in local currency, 期間:2023年1月1日~2023年10月16日
[2] EPFR Global and JP Morgan, 2023年10月6日時点
[3] Refinitiv, 期間:2008年4月31日~2023年3月31日
[4] Bloomberg, 2023年10月25日時点
[5] Shanghai Stock Exchange State-Owned 100 index and MSCI China, 期間:2023年1月1日~2023年8月7日
[6] Refinitiv, 2023年10月16日時点
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