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- 生物多様性の喪失は、重要な財務リスクになりつつある
生物多様性の喪失と生態系の劣化に関連するリスクが、企業の株価のバリュエーションと資金調達の条件に影響を及ぼし始めています。
科学者や自然保護活動家を、長年悩ませてきた生物多様性の喪失が、今では上場企業とその投資家にとって重要な財務リスクになっていることを、最近の調査が示しています。
2023年に発表された複数の研究論文によれば、生物多様性の喪失に関連するリスクが、企業の株価のバリュエーションに影響を及ぼし始めているからです。
生物多様性の喪失に加担する上場企業の株価が下落する一方で、生態系に配慮しているとの信任を得た企業は、相対的に有利な条件で資金調達を行っているように思われます。
スイス金融研究所(SFI:Swiss Finance Institute)は、生物多様性フットプリント(企業活動が生物多様性に及ぼす影響)の大きな企業の株価に対して、投資家が要求するリスク・プレミアムが過去2年間で上昇していることを示唆する研究結果を発表しています1。
世界32ヶ国、約2,000社の株価リターンの分析は、株価のリスク・プレミアムが、企業の生物多様性フットプリント値、1標準偏差の拡大に対して、月間23ベーシス・ポイント(0.23%)、年率換算で2.8%上昇したことを示しています2。
バリューチェーンに沿った生物多様性フットプリントの平均値が最も大きかった企業は、小売および卸売業、紙パルプ、林業、食料品の各セクターに属しています。
一方、生物多様性フットプリント値が最も小さかった企業は、レジャー、サービス、教育の各セクターに属しています。
リスク・プレミアムの上昇は、2021年に中国の昆明、2022年にカナダのモントリオールで開催された「国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)」の間の時期に起こっています。SFIの研究員によれば、二つの会議で各国政府が画期的な生物多様性枠組(GBF : Global Biodiversity Framework)に合意したことが、生物多様性の喪失と将来の規制に関して投資家の意識を高めたものと思われます。
研究結果が示唆しているのは、将来の規制が、生物多様性フットプリントの大きい企業の活動を標的にしたものになるだろうとの投資家の予測です。生物多様性に関連する政策の不透明性に起因して、生物多様性に係るリスク・プレミアムが現れ始めているのです。
過去の研究論文からは、ESGリスクが株価に織り込まれつつあること、また、気候変動に続いて、生物多様性の喪失が、機関投資家のESG投資の焦点となっていることが確認されます。
GBFには大企業や金融機関に対して、生物多様性に及ぼしている影響を、生物多様性の喪失から直面しているリスクと同様に、監視および開示することを求める目標が含まれています3。
こうした要件は、各企業のバリューチェーン全体に適用され、金融機関については、投融資ポートフォリオにも及びます4。
欧州を拠点とする研究員たちは、生物多様性フットプリントの大きい企業の株価が、昆明会議前の3日間に比べ、会議後の3日間では、フットプリントの小さい企業の株価に、累積で1.8%劣後したことを確認しています。
リスク・プレミアムの出現
別の調査は、リスク・プレミアムが2010年頃から存在していた可能性があることを示唆しています。全米経済研究所 (NBER:National Bureau of Economic Research)の研究報告書は、2010年から2020年にかけての企業の財務諸表と年次報告書を分析した結果、生物多様性リスクが相対的に大きい企業の株価は、当該リスクが高まった局面で、他企業の株価に劣後したことを示しています5。
NBERの研究員たちは、生物多様性リスクが株価にどの程度織り込まれているかを測定するため、二部構成の研究を行いました。
第一部では、自然言語処理モデルを使用し、ニュースに基づいてリスクを測定する「生物多様性リスク指数」を策定、次に、セクターごとに複数のモデル・ポートフォリオを構築し、これを研究員が判断した生物多様性リスクの程度に応じてグループ分けしました。
ポートフォリオは、半導体、ソフトウェア、情報通信サービス等、生物多様性リスクが低いセクターのロング・ポジションと、エネルギー、公益、不動産等、生物多様性リスクが高いセクターのショート・ポジションを組み合わせて構築されました。
生物多様性リスクが株価に織り込まれているならば、そのリスクを基準にグループ分けされたポートフォリオのリターンは、「生物多様性リスク指数」に連動するはずであり、生物多様性リスクに対するヘッジ・ポートフォリオとして効果を上げるはずだと仮定したからです。
ヘッジ・ポートフォリオのリターンと生物多様性リスク指数のリターンの相関係数は最大プラス0.2と、研究員によれば、高い数値となりました。これは、気候変動リスクに対するヘッジ・ポートフォリオの、(気候変動関連ニュース基づいてリスクを測定する)「気候変動リスク指数」との相関係数に匹敵するものでした。このことは、生物多様性が気候変動と同等の重要なリスク要因になりつつあることを示していると考えられます。
マイナス・リターン予想
別の研究グループは、農業等、生態系や自然資本への依存度が高く、生物多様性フットプリントが大きいセクターに属する企業を調査し、生物多様性に影響を与える企業の株式には、相対的に高い対価が求められることを確認しました。
フランス人の研究グループは、株式の期待リターン、あるいは、オプション・プレミアム(オプション価格)から算出した株式の期待平均リターンに、「マイナスで甚大な」影響が及ぶことを確認しています6。
「研究結果は、特に自然の搾取への依存度が高い企業にとって、生物多様性リスクが炭素リスクと同様の主要なリスク要因になる、との市場の見方を示しています。」と報告書は伝えています。
債券市場のリスク・プレミアム
債券市場に生物多様性リスクが現れていることを示唆する研究もあります。
これは、アイルランド、フランス、スイスの研究員たちが、1年から10年のクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)、即ち、債券発行体の信用事由リスク(クレジット・イベント・リスク)に対する保証料(プレミアム)を比較した研究です7。
気候変動、生物多様性の喪失、大気汚染、の3つの地球の危機に対する取り組みに極めて重要で、気候変動適応コストのほぼ90%を占めるインフラ・セクターに焦点を当てたものです8。研究結果からは、生物多様性に関連するリスク管理が相対的に良好な企業は、そうでない企業に比べ、長期資金調達の条件が最大93ベーシス・ポイント(0.93%)有利であることが確認されました(図表2)。
また、期間が長いほど、即ち、1年から10年のCDSカーブの方が1年から5年のカーブよりも、条件の格差が大きいことも示されています。カーブのフラット化は、投資家がこうしたリスクを長期的な課題として捉えていることを示唆している、と研究者たちは結論付けています。
「絶滅の危機に瀕する野生動植物の種の保護、あるいは自然の生息環境を保全するために、保護(または保全)区域内に道路や鉄道の建設を禁ずる法律は、関連事業を展開する企業に、高い追加コストをもたらす可能性がある」と研究論文は指摘しています。こうした企業が、保護(または保全)区域内外で大気を汚染した場合に、浄化コストの内部化を義務付けた、米国の大気浄化法等の法律が、こうした現象の原因の一つかもしれません。
生物多様性:状況の変化は続く
生物多様性の喪失が、重要な財務リスクであることを証明する研究が増えていることは、ネットゼロ社会への移行が、複雑でコストがかさむものであることを示唆しています。
生物多様性リスクの価格設定の仕組み(メカニズム)は、時間の経過に連れて進化していく複雑な現象ですが、企業や投資家がリスク要因としての生物多様性の喪失を軽視してよいことを意味するものではありません。生物多様性の喪失は、迅速な対応が必須の危機的状況だからです。
金融機関や企業の業界団体で、20兆米ドルを上回る資産総額を有する「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD:Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)」は、2023年9月、GBFに沿った14項目の情報開示勧告を発表していますが、規制の変更が今後も続くことは確実だと考えます。
こうしたことすべてが、生物多様性リスクが世界中の企業の役員室で交わされる議論の主要なテーマになることを意味しています。生物多様性リスクは、すでに重要な財務変数であり、企業の事業運営や投資家の資本配分に影響を及ぼしています。
付録:急速に変化する政策の現場
合意に至るまでに何十年もの年月を要した国際協定が具体化しつつあることは、喫緊の環境課題である自然の劣化の阻止を政策立案者がどう捉えているかを反映していると考えます。
パリに集まった約200ヶ国の代表が、地球温暖化の抑制に取り組み、資金の流れや投融資ポートフォリオを気候変動目標に整合させることに全会一致で合意してから8年が経過しようとしています。パリ協定は、気候変動と、地球温暖化による物理的リスクの双方について、企業のリスク・プレミアムを引き上げています9。
2022年12月のモントリオール協定も、パリ協定と同様に、社会に変革を起こすような効果を上げた可能性があり、企業には生物多様性の保護のための取り組みを加速し、投資家には資本配分に際して生物多様性リスクを考慮するよう、促しています。
[1] Garel, A. et al, Do Investors Care About Biodiversity? (May 26, 2023). Swiss Finance Institute Research Paper No. 23-24, European Corporate Governance Institute – Finance Working Paper No. 905/2023 https://ssrn.com/abstract=4398110
[2] The biodiversity footprint was calculated using a metric based on a species-based indicator of biodiversity intactness
[3] https://www.cbd.int/article/cop15-cbd-press-release-final-19dec2022
[4] For more, please read our related article: https://am.pictet/en/globalwebsite/global-articles/2023/expertise/thematic-equities/cop15-and-investors
[5] Giglio, S. et al, Biodiversity Risk (April 4, 2023). https://www.nber.org/papers/w31137
[6] Coqueret, G. and Giroux, T. A Closer Look at the Biodiversity Premium (July 21, 2023). https://ssrn.com/abstract=4489550
[7] Hoepner, A. et al, Beyond Climate: The Impact of Biodiversity, Water, and Pollution on the CDS Term Structure (February 8, 2023). Swiss Finance Institute Research Paper No. 23-10, Michael J. Brennan Irish Finance Working Paper Series Research Paper No. 23-4 https://ssrn.com/abstract=4351633
[8] https://www.unep.org/resources/report/infrastructure-climate-action
[9] https://www.bis.org/publ/bppdf/bispap130.pdf
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