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内部者取引報告書からみえる市場動向
2022/06/21

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概要

内部者取り引きは、企業の現在の財務状況を知る上で適した立場にある企業の経営者や利害関係者が、その企業が好調であると確信した場合にのみ購入する傾向があることから、取り引きにあたりSEC(米国証券取引委員会)へ提出される内部者取引報告書から算出されるデータは、市場動向を観測する上で有用な指標となり得ます。過去の事例をもとに、内部者取り引きが示すシグナルを読み解いていきます。



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内部者取り引きは、企業の現在の財務状況を知る上で適した立場にある企業の経営者や利害関係者が、その企業が好調であると確信した場合にのみ購入する傾向があることから、「スマート・マネー(知識層の資金)」指標とみなされ、株価が過小評価されていることを示すシグナルとなります。

さらに、四半期ごとに提出されるヘッジファンドの13Fレポート(米国の機関投資家がSECに提出する保有株式に関する報告書)とは異なり、内部者は数日以内にSECにその活動を報告する必要があるため、情報の価値はより高くなります。

米国では、1939年から、取締役や主要な利害関係者には自社株の取り引き内容を開示する法的義務があります。内部者取り引きとは、企業の機密情報や未公開情報にアクセスすることができる立場にある個人が、その企業の株式やその他の証券を売買することを指します。もちろん、一般に公開されていない、株価に影響を与えるような重要な情報を持っている人が、その企業の株式を取り引きすることは違法です。この法律は、そのような情報を持っている人が、その情報を使って利益を得る(あるいは損失を防ぐ)ことを防止し、罰するように明確に設計されています。

しかし、企業は役員や従業員による株式保有を推奨しているため、そのような個人や、上場している企業の株式の10%以上を保有する個人は、通常取り引きから数営業日以内に証券取引委員会(SEC)に購入、売却、保有を報告する義務があります。会社の普通株だけでなく、オプション、ワラント、転換証券などの派生証券の取り引きも報告されます。

内部者は資金化や分散投資など、様々な理由で取り引きを行います。しかしながら、公開されたこれらの報告書は、企業の見通しに関する内部者のセンチメント(市場心理)を知る手がかりとして、頻繁に参照されています。そこで、これらのデータから、示唆に富む傾向を読み取ることができるかを検証します。

 

米国株式市場で売り傾向が進む中、内部者は買い傾向にあり、逆の動きとなっている

米国株式市場は現在弱気相場に入っており、投資家の間では悲観論が広がっています。投資信託とETF(上場投資信託)の資金フローの合計は、2021年3月以降減少傾向にあり、2022年3月以降純流出に見舞われています。4月と5月の流出額はそれぞれ996億米ドル、637億米ドルに達しました。

投資信託とETFのネットキャッシュフローの推移

単位:100万米ドル

出所: FactSet、 ピクテ・トレーディング・ストラテジー 2022年6月16日時点。

 

しかし、内部者取引報告書をみると、企業の内部者は逆の方向に向かっていることが分かります。これは、市場全体が売り熱狂に陥っているとみられる中、いわゆるスマートマネーの内部者は、過去と比較してもかなり積極的なペースで「自分の」会社の株式を買い進めていることを示唆しています。

以下は、S&P500(米国株価指数)構成 銘柄を対象に、内部者が自分の関係する会社の株式を購入した件数を示す図です。各ポイントは、過去6ヵ月間に報告された買い付け数を表しています。内部者は通常、自社(および株式)が好調であると確信がある場合にのみ購入するため、内部者の購入は一般的にその売却よりも強いシグナルと考えられています。つまり、内部者による企業株の買いが急速かつ劇的に増加した場合、それはより広く株式市場にとって非常に良いサインであるため、この比率が急速に上昇することは株式にとって好ましい兆候である傾向があるといえます。

 

内部者は株価下落時まで購入を待つ傾向がみられる

また、一般的に内部者による売買はかなり活発で、しかも彼らは厳しい時期(2011年、2016年、2020年など)にも企業を支えてきたことが多いので、注意が必要です。また、最近、内部者による購入は2019年の水準を下回るまで落ち込みましたが、図では、市場の反落が進むにつれて、再び上昇するようになったことを示しています。

S&P500(左軸:2010年3月を100として指数化)と内部者株式売却(右軸)の推移

出所: FactSet、 ピクテ・トレーディング・ストラテジー 2022年6月16日時点。

 

内部者による売却の低下は、市場の谷と一致する傾向があり、今後上昇に転じる可能性を示唆している

内部者の株式売却数は、熟慮された投資判断以外に、売却の動機となり得る理由(主な例として資金化や分散投資など)が多くあるため、購入と比較して弱い指標となります。とはいえ、現在、売却している投資家の数は歴史的にみて極めて少なく、最近では2018年以来初めて1,800人を下回りました。これは、現在、企業の利益率にますます影響を与えている物価上昇などの株式市場への逆風と、今後数ヵ月間にわたる景気後退の見通しが高まっていることを鑑みると、より顕著な結果といえます。さらに、このような内部者売りの低下は、過去の推移をみると市場の谷と一致する傾向があり、今後上昇に転じる可能性を示唆しています。

S&P500(左軸)と内部者株式売却(右軸)の推移

出所: FactSet、 ピクテ・トレーディング・ストラテジー 2022年6月16日時点

 

下の図でみられるように、この2つを組み合わせた指標は、新型コロナウイルスによる危機の6ヵ月後に内部者がいかに大きく売却に動いたかを示しており、当指数の急落は、その瞬間、内部者による買いよりも売りが多くみられたことを明らかにしています。しかし、この比率は最近になって回復し、買い手対売り手の比率は15%で、新型コロナウイルスの影響による弱気相場以来の高水準となりました。そして、過去12年間に繰り返されてきたように、再び市場の底と一致する可能性も見込まれます。

さらに、2010年以降、この比率がこれほど速く上昇したのは、2011年8月、2015年8月、そして新型コロナウイルスによる危機があった2020年3月の3回のみとなっています。

S&P500(左軸)と内部者売買比率(右軸)の推移

出所: FactSet、 ピクテ・トレーディング・ストラテジー 2022年6月16日時点。

 

この3つの状況は、市場の局所的な底値を指していたため、これらの時点で買った場合、年率平均で6ヵ月で+13%、1年で+28%のリターンを得ることができたといえます。

内部者売買比率を参照し投資した場合のS&P500リターンの推移

上段:勝率 中段:収益の中央値 下段:収益の平均

出所: FactSet、 ピクテ・トレーディング・ストラテジー 2022年6月16日時点。

 

セクターによって異なる内部者取り引きの動向

下表の数字は、内部者取り引きの売買比率が異なる期間にどのように変化したかを示しています。

 

買いの動きが世界的に急増している中、主にコミュニケーション・サービス、一般消費財・サービス、金融、ヘルスケア、資本財・サービス、不動産などの内部者取り引きがこれをけん引しています。一方、現在唯一良好なパフォーマンスであるエネルギーセクター(年初来パフォーマンスは49%)は、過去6ヵ月間一貫して買い比率が低下しています。

また、情報技術セクターのバリュエーションが大きく低下している中、内部者も買いの傾向にはありません。当セクターの年初来のパフォーマンスが-25%にもかかわらず、内部者の売買比率は過去6ヵ月間ほぼ横ばいを維持しています。

S&P500業種別指数:各期間での内部者売買比率の変化

出所: FactSet、 ピクテ・トレーディング・ストラテジー 2022年6月16日時点。

 

現在、内部者の買いが売りを上回っているのは、一般消費財・サービスとコミュニケーション・サービスセクター

下表に示すように、足元、内部者の売買比率が高いのは、一般消費財・サービスとコミュニケーション・サービスの2つのセクターとなっています。これらのセクターにおける内部者の動向は、歴史的にみても、市場の底打ちを示す指標であると考えられます。また、一般消費財・サービスでは比率の上昇が続いていますが(2020年に記録した水準よりまだ低いとはいえ)、コミュニケーション・サービスでは最近、新型コロナウイルスの影響による暴落後の水準を上回り、現在2012年以来の高水準に達しています。

S&P500業種別指数対内部者売買比率の推移

左:一般消費財・サービスセクター  右:コミュニケーション・サービスセクター

出所: FactSet、 ピクテ・トレーディング・ストラテジー 2022年6月16日時点。

 

エネルギーと生活必需品セクターは、内部者による売りの傾向

一方、エネルギーと生活必需品セクターにおいて、両セクターのベンチマークが上昇するにつれて内部者は売りの傾向になっています。逆相関はエネルギーセクターで特に顕著となっており、内部者が現在の水準で自社株を割高、あるいは見通しが不透明またはネガティブであると考えている可能性を示唆する動きといえます。

S&P500業種別指数対内部者売買比率の推移

左:エネルギーセクター  右:生活必需品セクター

出所: FactSet、 ピクテ・トレーディング・ストラテジー 2022年6月16日時点。

 

情報技術セクターの内部者買いは依然底堅い

情報技術セクターは、緩和的な金融政策とマイナス実質金利に後押しされ、過去10年間、米国株式市場の上昇を牽引してきました。さらに、情報技術関連企業は健全な成長を継続し、強固なファンダメンタルズであることも、もう一つの大きな追い風となっています。

最近の市場環境は、政策金利が上昇に転じ、バリュエーションに大きな影響を与えていますが(ナスダック総合指数は、その成長性と政策金利への感応度の高さから、今年初めに弱気相場入りしました。)、内部者は引き続き買いを選好し、ここ数ヵ月でも内部者の買いが売りを上回っている様子が見受けられます。

S&P500情報技術セクター指数対内部者売買比率の推移

出所: FactSet、 ピクテ・トレーディング・ストラテジー 2022年6月16日時点。

 

米国と比較し、欧州の方がより積極的に内部者取り引きを行っており、自社への投資意欲が高いといえる

一方、欧州での内部者取り引きにはどのような特徴がみられるでしょうか。欧州株価指数の平均内部者買い手/売り手比率は2010年以降0.72であるのに対し、米国株価指数では0.10にとどまっています。同じ期間の平均買い手数が 欧州株価指数では 570 であるのに対し、米国株価指数では 213 であること、また、この分析は公開市場での取り引きに基づいていること、欧州株価指数は米国株価指数よりも 100 銘柄程度多く構成されていることを考慮すると、欧州の方がより内部者取り引きに積極的で、自社への投資意欲が高いと考えることができます。

 

以下の図は、ストックス欧州600(欧州株価指数)の買い手と売り手の比率を示したものです。2010年以降、現在のようなペースで比率が跳ね上がったのは2010年5月、2011年8月、2015年8月、2018年11月、2020年3月、2021年10月の6回となっています。

ストックス欧州600における業種別指数対内部者売買比率の推移

出所: FactSet、 ピクテ・トレーディング・ストラテジー 2022年6月16日時点。

 

前回の2021年10月を除き、このようなシグナルは常に局地的な相場の底を捉えています。

ストックス欧州600の推移

出所: FactSet、 ピクテ・トレーディング・ストラテジー 2022年6月16日時点。

 

このシグナルに従えば、理論的には大きなリターンを得ることが可能であったといえます。6ヵ月後には平均で+7%、1年後には+14%という大きなリターンを得ることができました。

内部者売買比率を参照しS&P500の底値で投資した場合のリターンの推移

出所: FactSet、 ピクテ・トレーディング・ストラテジー 2022年6月16日時点。

 

セクター別にみると、欧州のデータは米国で観察されたものと同様のパターンがみられます。一般消費財・サービス、資本財・サービス、不動産セクターは、内部者売買比率が最も高いセクターである一方、生活必需品とエネルギーは最も低いセクターとなっています。また、情報技術セクターは相対的に買い越し傾向が続いています。

ストックス欧州600業種別指数:各期間での内部者売買比率の変化

出所: FactSet、 ピクテ・トレーディング・ストラテジー 2022年6月16日時点。

以上のように、過去のデータから、内部者取り引きの売買傾向は先行して市場の動きを示すシグナルとなる傾向にあることが分かり、市場の動向を予測するのに有効な指標と考えられます。


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