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なぜ生成AI(人工知能)関連株は急落したのか?
田中 純平
2024/09/10

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概要

8月末から9月6日にかけてS&P500指数は4.3%下落し、特に生成AI(人工知能)関連株の下落が目立った。なぜ、足元の決算やガイダンスが好調だったにもかかわらず、生成AI関連株が急落したのか? 当レポートでは、生成AIビジネスの「収益性」がそのカギを握っていると分析する。



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米国株式市場は生成AI関連株などを中心に大幅安

米国株式市場で再び動揺が広がっている。そのきっかけは、9月3日から6日にかけて発表された米国経済指標の多くが市場予想を下回ったことだ(図表1)。8月ISM製造業景況感指数や各種雇用統計などが相次いで市場予想に届かなかったことから、株式市場では米国の景気減速への警戒感が高まった。

この結果、8月末から9月6日にかけてのS&P500指数は4.3%安となり、特に生成AI(人工知能)関連株の下落が目立った(図表2)。中でも画像処理半導体を手掛けるエヌビディア株は同期間で13.9%安となり、直近の好調な決算とガイダンスにもかかわらず、株価は続落する展開となった。

この要因としては、①投資家の事前の期待値が過度に高かったこと、②決算サプライズ率(=実績EPS÷市場予想EPS-1)が前期から低下したことに加えて、最近話題になっているのが③生成AIビジネスの「収益性」問題だ。

(※エヌビディアが反トラスト法(独占禁止法)に違反したとして、米司法省から文書提出命令を受けたとの報道は、エヌビディア自身がその後否定したため、下落要因からは除外している)。

生成AIビジネスのROI(投資利益率)はどれくらいか?

生成AIによって文章や画像、動画などを容易に生成することが可能になったことは周知の事実だが、AIによって経済全体の生産性はどの程度向上するのだろうか?

IMF(国際通貨基金)は、AIの活用によってグローバル経済の生産性が今後10年間で年率0.1~0.8%改善すると試算している。これは直感に反するものではないが、問題はその経済合理性だろう。一部の市場関係者は、「ハイパースケーラー」と呼ばれる巨大なクラウド/データセンター事業者における多額の設備投資に対して疑問を呈しており、十分なROIが得られるかどうかを精査し始めている。

アマゾン・ドットコム、アルファベット、マイクロソフト、メタ・プラットフォームズにおける会社全体の設備投資額の合計は、2024年度に1,968億ドルに達すると市場では予想されている(図表3)。これは2023年度比で40%超の伸び率になる。設備投資の全額がAI向けのデータセンターに支出されているわけではないが、増額分の大部分がデータセンター関連の支出と推測されている。各社はROIの実績や将来的な目標について公表していないが、今後何らかの形で開示を求められる可能性はあるだろう。 

ガートナー社のハイプ・サイクルが注目を集める

筆者の見解としては、ガートナー社が発表した「Hype Cycle for Emerging Technologies,2024」で、Generative AI(生成AI)が「『過度な期待』のピーク期」から「幻滅期」へと移行する間際の位置づけだったことも、市場の警戒感を高めたと考える(図表4)。この「Hype Cycle(ハイプ・サイクル)」は横軸に時間、縦軸に期待度をとり、テクノロジーやアプリケーションが時間の経過とともにどのような進化をするのかを視覚的に捉えたものだ。

ガートナー社が8月21日に発表した最新の分析によれば、“生成AI(GenAI)は「『過度な期待』のピーク期を過ぎ、ビジネスの焦点は基盤モデルに対する興奮からROIを生み出すユースケースへと移行し続けている”と分析されている。

今後は生成AIの「先行投資」が評価される局面から、「収益性」が問われる局面へ徐々に移行する可能性があると筆者は考える。

「囚人のジレンマ」のリスクが高まる生成AIの設備投資競争

アルファベットのサンダー・ピチャイCEO(最高経営責任者)は、24年4-6月期の決算発表後の記者会見で、生成AI関連の設備投資について「私たちにとっては過少投資のリスクが過剰投資のリスクよりもはるかに大きい」と発言した。

我が国の半導体産業が衰退した主な理由の1つが「過少投資」だったことを考慮すれば、ピチャイCEOの発言にはある程度の説得力はある。業界全体で過剰な設備投資が行われていることを察知し、1社だけが設備投資を抑制すれば、その会社は設備投資競争から脱落することになる。長期的にみれば、それは供給力や技術力などの低下に直結するので、経営者としてはそのような事態は避けたいというのが本音だろう。

ただし、これは業界全体で過剰な設備投資が行われていると分かっていても、自ら率先して設備投資を抑制できない「囚人のジレンマ」に陥っている可能性を示唆するものでもある。つまり、業界全体のROIが将来的に低下する潜在的なリスクを同時に意味する。

現時点では、生成AI関連株の市場予想EPS(1株当たり利益)は堅調に推移しており、業績の見通しは良好だ(図表5)。また、足元のROIC(投下資本利益率)も高く、積極的な投資が正当化されやすい状況にある(図表6)。株式市場では、これまで以上に生成AIビジネスのROIに対して神経質になる展開が続くだろう。


田中 純平
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系運用会社に入社後、主に世界株式を対象としたファンドのアクティブ・ファンドマネージャーとして約14年間運用に従事。北米株式部門でリッパー・ファンド・アワードの受賞歴を誇る。ピクテ入社後はストラテジストとして、主に世界株式市場の投資戦略などを担当。ピクテのハウス・ビューを策定するピクテ・ストラテジー・ユニット(PSU)の参加メンバー。2019年より日経CNBC「朝エクスプレス」に出演。2023年より週刊エコノミスト「THE MARKET」に連載。日本経済新聞ではコメントが多数引用されるなど、メディアでの情報発信も積極的に行う。日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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