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「ディープシーク・ショック」後の米国株見通し
田中 純平
2025/01/30

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概要

中国のスタートアップ企業DeepSeekが発表した新しいAIモデルによって、1月27日の米国株式市場は生成AI関連株を中心に大幅に下落した。翌28日は買い戻しの動きも見られたが、急落した生成AI関連株の戻りは限定的だった。本レポートでは、今後の米国株式市場の展開をシナリオ別に分析する。



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ナスダック100指数急落の背景

中国のスタートアップ企業DeepSeekが発表した新しいAIモデルが米国企業の優位性を脅かすとの見方から、1月27日のナスダック100指数は前日比-2.97%の大幅な下落となった(図表1)。

翌日のナスダック100指数は一転して前日比1.59%高となったが、27日に大幅安となった生成AI関連株の反発は鈍かった(図表2)。

DeepSeekの新AIモデル「R1」は、開発期間がわずか2か月、エヌビディアが2022年の米輸出規制に準拠するように設計された廉価版H800チップを約2000個使用し、コストも600万ドル以下と言われている。また、その性能は米メタプラットフォームズのLlama 3.1、米OpenAIのGPT-4o、米アンソロピックのClaude 3.5 Sonnetと比較しても優位性があったと報道されている。これが事実であれば、米国大手企業はAI開発に過度に資金を投じている可能性がある。

多額のAI投資は正当化されるのか?

以前から米国では生成AIの収益性について疑問の声が上がっていた。特に米大手ハイパースケーラー(大規模なデータセンターを保有する企業)はデータセンター向けに多額の投資を行っており、全体の設備投資額は2027年度に約2,900億ドルに達すると市場では予測されている(図表3)。

また、米オープンAIとソフトバンクグループらは今月21日、AI向けのデータセンターや発電施設などに総額5,000億ドルを投資する計画を発表していたことから、今後数年間は巨額の投資マネーがAI関連に流入すると市場は期待していた(図表4)。

このような楽観的なムードが市場に広がる中で起こった今回のDeepSeekショックは、多くの市場参加者にとって「寝耳に水」だったと言えよう。その結果、生成AI関連株の利益確定売りやリスクオフの動きが活発化したと考えられる。

今後の米国株の展開は?

今後の米国株の展開として考えられるシナリオは主に3つ挙げられる。

1つ目は、DeepSeekの新AIモデルの性能があまりにも高く、米国のAIモデルが駆逐されてしまうリスクを嫌って、トランプ政権が全面的な禁止措置を導入するシナリオだ。また、中国当局の方針に沿った「AI学習」が行われている点を安全保障上のリスクとし、利用を制限する可能性もある。この点では、現在話題になっている「TikTok」規制が参考になるだろう。この場合、米国では従来通り米国製のAIモデルが使用され続けるため、米国株式市場は急回復することが期待される。

2つ目は、DeepSeekの新AIモデルの性能が事前に宣伝されたほど高くなく、徐々にDeepSeekに対する期待が低下していくシナリオだ。大規模なサイバー攻撃によってDeepSeekへのアクセスが現在制限されているように、不安定なシステム環境が利用者離れを引き起こす可能性もある。このシナリオが顕在化した場合、米国株式市場は徐々に値を戻す展開が予想される。

3つ目は、DeepSeekが米国当局に規制されず、新AIモデルに対する期待も低下しないシナリオだ。この場合、中国のAIモデルがマーケットシェアを急速に拡大するシナリオが意識され、米国株式市場が下落トレンドに入る可能性が警戒される。今のところ、DeepSeekの「R1」は無償でダウンロードすることが可能で、市場調査会社アップ・フィギュアズによれば、DeepSeekのAIモデルアプリは1月25日までに160万回ダウンロードされ、オーストラリア、カナダ、中国、シンガポール、米国、英国のiPhoneアプリストアで1位を獲得した。一夜にして競争環境が大きく変わるダイナミズムは、従来の製造業とは比較にならないだろう。

今週は米大手IT企業の決算が順次発表される。企業経営者がこのDeepSeekの台頭についてどのような見解を示すか注目される。


田中 純平
ピクテ・ジャパン株式会社
投資戦略部長 シニア・ストラテジスト

日系運用会社に入社後、主に世界株式を対象としたファンドのアクティブ・ファンドマネージャーとして約14年間運用に従事。北米株式部門でリッパー・ファンド・アワードの受賞歴を誇る。ピクテ入社後はストラテジストとして主に世界株式市場の投資戦略等を担う。ピクテのハウス・ビューを策定するピクテ・ストラテジー・ユニット(PSU)の参加メンバー。日経CNBC「朝エクスプレス」、テレビ東京「Newsモーニングサテライト」、BSテレビ東京「NIKKEI NEWS NEXT」に出演。週刊エコノミスト「THE MARKET」で連載中。日本経済新聞やブルームバーグではコメント多数引用。日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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