Article Title
トランプ政権下における金融政策
市川 眞一
2024/11/22

Share

Line

LinkedIn

URLをコピー


概要

ドナルド・トランプ次期大統領は、ホワイトハウスが金融政策に関与すべきとの見解を繰り返してきた。もっとも、米国の法制上、大統領がFRBの決定に直接的に影響するのは難しい。他方、財政・金融政策は車の両輪であり、政府と中央銀行の緊密な連携は重要だ。FRBは、「トランプ政権」が米国経済に及ぼす影響、そして政治との関係に配慮しつつ、慎重に金融政策を運営するのではないか。



Article Body Text

■ 直接関与のハードルは高い

2018年2月、パウエル議長を任命したのは第一次政権時のトランプ次期大統領だった(図表1)。しかし、わずか10ヶ月目の2018年12月21日、ブルームバーグは、トランプ大統領(当時)が「パウエル議長の解任を検討」と報じた。


ちなみに、連邦準備制度法同法第10章の2により、議長、2名の副議長を含む7名のFRB理事について、「大統領が正当な理由により早期に解任しない限り、各理事は前任者の任期満了から14年間の任期を務めるものとする」と規定している。1965年、金融政策を巡る対立により、リンドン・ジョンソン大統領(当時)がウィリアム・マーティンFRB議長の解任を検討、司法省にその是非を諮ったが、個別の政策に関する見解の相違は「正当な理由には当たらない」との結論だった。


現在の理事の任期を改めて確認すると、トランプ次期大統領の在任中に任期を迎えるのは、パウエル議長、2026年1月に満了を迎えるアドリアナ・クーグラー理事だけだ(図表2)。FRB理事は2年に1人ずつ任期を迎えるため、大統領の1期の任期中に任命できるのは7人中2名に過ぎない。


また、FOMCで投票権を持つのは、FRB理事7名、ニューヨーク連銀総裁、残り11地区連銀総裁のなかから輪番で4名、計12名だ(図表3)。地区連銀総裁は、各地区連銀の取締役会が候補者を選任し、FRB理事会の同意を得ることで任命される。大統領が12地区連銀総裁の人事にまで容喙することは不可能だろう。

こうして考えると、FRBの金融政策に対し、大統領が干渉するハードルは極めて高い制度設計になっている。連邦準備制度法の改正には、議会両院での法案可決が要件だ。共和党が多数を占めるとは言え、金融政策に大統領が関与する法案を上院で可決するのは難しいだろう。

■ インフレの火消しはFRB依存

「金融政策の独立性」は極めて重要な概念だ。ただし、それは中央銀行が財政政策と無関係に政策を運営することを容認してるわけではない。中央銀行の独立性とは、政府との緊密な連携を前提として、その実現のための手段の選択権である。

FRBの場合も例外ではなく、連邦準備制度法第2章Bは、FRB議長による年2回の議会証言、理事会による年2回の議会へ報告書の提出を義務付けた。また、非公式には、歴代の議長は、週一回、財務長官と相互のオフィスで朝食を取り、意見調整をしてきたことが、ロバート・ルービン元財務長官の回顧録に記されている。

パウエル議長率いるFRBは、「トランプ政権」との協調を模索することになるだろう。

ただし、1990年代以降の過去4回の利下げ局面とは異なり、今、米国経済が危機的な状況になっているわけではない(図表4)。また、労働市場は依然として逼迫しており、失業率は歴史的な低水準で推移している。

そうしたなか、トランプ次期大統領が目指す政策はかなりインフレ的であることから、当面、追加の利下げに関して、FRBは慎重に状況を見極めるのではないか。それがトランプ次期大統領の意に染まないとしても、FRBの政策を変えさせる直接の手段をホワイトハウスが持っているわけではない。

また、トランプ政権の経済政策によってインフレを招けば、結局、火消しにはFRBを頼ることになるだろう。老獪なパウエル議長は、慎重にトランプ次期大統領との関係再構築を図ると想定される。

 


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


●当資料はピクテ・ジャパン株式会社が作成した資料であり、特定の商品の勧誘や売買の推奨等を目的としたものではなく、また特定の銘柄および市場の推奨やその価格動向を示唆するものでもありません。
●運用による損益は、すべて投資者の皆さまに帰属します。
●当資料に記載された過去の実績は、将来の成果等を示唆あるいは保証するものではありません。
●当資料は信頼できると考えられる情報に基づき作成されていますが、その正確性、完全性、使用目的への適合性を保証するものではありません。
●当資料中に示された情報等は、作成日現在のものであり、事前の連絡なしに変更されることがあります。
●投資信託は預金等ではなく元本および利回りの保証はありません。
●投資信託は、預金や保険契約と異なり、預金保険機構・保険契約者保護機構の保護の対象ではありません。
●登録金融機関でご購入いただいた投資信託は、投資者保護基金の対象とはなりません。
●当資料に掲載されているいかなる情報も、法務、会計、税務、経営、投資その他に係る助言を構成するものではありません。

手数料およびリスクについてはこちら



関連記事


USスチール買収審査は分断の象徴か!?

日銀の利上げを制約する要因

企業倒産件数が示す変化

「トランプ政権」の人事と死角

日本企業の問題点 法人企業統計より

米国景気が堅調な二つの背景