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- パウエル議長を解任できない理由
ドナルド・トランプ大統領は、再三、FRBに利下げを求めてきた。しかし、ジェローム・パウエル議長は、関税政策による影響を不透明として、政策金利の変更に否定的だ。FRB議長の解任は法的に極めて難しいなか、トランプ大統領による金融政策への口先介入は、市場金利を上昇させ、ドル、株価は下落した。マーケットの厳しい反応は、トランプ政権の政策を抑止する役割を果たすだろう。
■ トランプ大統領の揺れる発言
米国の中央銀行の正式名称は『連邦準備制度理事会』(FRB)であり、どこにも「銀行」、「中央」の文字を使っていない。それは、中央集権を嫌う同国の建国以来の基本的な哲学によるものだ。
歴代議長に関し、民主党の大統領は民主党員、共和党の大統領は共和党員を据える傾向がある(図表1)。例外は共和党のウォーレン・ハーディング大統領に指名された第3代のダニエル・クリシンジャー、民主党のフランクリン・ルーズベルト大統領が指名したマリネア・エクルズの二人だ。
議長の任期は、通例、2期8年が基準とされてきた。ただ、ウィリアム・マーティン、アラン・グリーンスパン両議長の在任期間は18年以上に及んでいる。パウエル議長は、1期で交代させたジャネット・イエレン議長の後任として、第1次政権時代のトランプ大統領が指名した。ジョー・バイデン前大統領が、2022年5月、同議長を再任させたのは、インフレ抑制に関する手腕を認めたからだろう。
一方、再選されたトランプ大統領は、利下げ要請を聞き流すパウエル議長への憤りを隠していない。4月17日には、記者団に対し、自分が同議長を「辞めさせるよう望むなら、彼は直ぐに辞めるだろう」と暗に辞任を促した。また、ケビン・ハセット国家経済会議議長も、翌18日、大統領周辺がパウエル議長の解任を検討している語っている。
しかし、同22日、トランプ大統領は、同議長を「解任するつもりはない」と明言した。市場の厳しい反応に直面、そう言わざるを得なかったのだろう。
■ 司法の高い壁
連邦準備制度法第10章には、FRB理事に関し、「大統領が正当な理由により早期に解任しない限り、各理事は前任者の任期満了から14年間の任期を務める」とある。つまり、大統領がFRB議長解任を考える場合、鍵は「正当な理由」の定義だ。
1935年、フランクリン・ルーズベルト大統領により解任された連邦取引委員会(FTC)のウィリアム・ハンフリー委員長が身分保証を求めた裁判で、連邦最高裁は解任を無効とする判決を下した。FTCは、FRB同様、他の行政機関からの独立性を認められ、大統領による委員の解任には「正当な理由」が必要とされている。1965年、リンドン・ジョンソン大統領が利下げ要請に応じないウィリアム・マーティンFRB議長の解任を検討した際、司法省は、ハンフリー裁判の判例を根拠の一つとして、個別の政策に関する見解の相違は「正当な理由」には当たらないと回答したと言われている。
トランプ大統領がパウエル議長を解任するには、この司法の高い壁を乗り越えなければならない。連邦最高裁が判例を覆さなければ、トランプ大統領にとり、政治的に極めて大きな打撃となるだろう。
■ 抑止力となるマーケット
1990年以降、FRBの利下げ局面は今回が7回目だ(図表1)。このうち4回は景気後退期であり、急速、且つ大幅な利下げを迫られている(図表2)。政策金利であるFFレートと10年国債利回りのスプレッドは、拡大期が景気後退局面と重なった(図表3)。経済の変調を先取りして長期金利が下がり始めた後、FRBが慌てて金融緩和を行ったことが背景だろう。トランプ大統領はパウエル議長を「遅過ぎる男」と揶揄したが、それは必ずしもパウエル議長の個性の問題ではない。
足下、FFレートと10年国債利回りのスプレッドが縮小しているのは、米国景気減速のサインと言える。FRBは昨年9月17、18日のFOMC以降、3回、合計100bpの利下げを行った。
ただし、FRBは連邦準備制度法により連邦議会から「雇用の最大化」と「物価の安定」、矛盾する「二つの責務」を与えられている。物価に関しては、FRBが「長期的目標」とするコア個人消費支出物価上昇率で2%にはまだ達していない(図表4)。
足下、確かにインフレ率は縮小している。しかし、トランプ政権による関税政策が物価に及ぼす影響は不透明だ。関税そのものが物価を押し上げる上、人手不足の米国へ工場が国外からシフトすれば、さらなる資材高騰や賃上げの要因になり得る。
そうしたなか、大きな懸念はドルの急落だろう(図表5)。ドル高は高関税率の下で米国の物価を安定させる手段の一つだが、むしろ市場は逆方向へ動いている。トランプ大統領が自らパウエル議長の解任を否定し、4月23日にウォールストリートジャーナルが対中関税見直しをホワイトハウスが検討していると報じたのは、政権が市場の反応、特に急激なドル離れを懸念した結果と見られる。
パウエル議長は、4月16日、シカゴ経済クラブで講演、「関税によるインフレの影響はより執拗な可能性がある」とした上で、金融政策に関し、「より明確な状況が見えて来るのを待つ上で、良い位置を確保している」と語った。これは、中央銀行のトップとして極めて常識的な判断と言えそうだ。
トランプ大統領が、意に沿わぬパウエル議長を疎ましく思っていることは間違いない。しかし、同議長の更迭には司法の高い壁がある上、市場から手痛い反発を受ける可能性が強い。そのリスクを考えれば、実現は困難だろう。指標である無担保翌日物調達金利(SOFR)の先物とのスプレッドは、政策金利の据え置きを織り込む水準だ(図表6)。
また、連邦議会が実質的に沈黙するなか、マーケットの反応が、トランプ政権の過激な政策を抑止する役割を果たしている。トランプ大統領と言えども、市場の動きを無視することはできないだろう。
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