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- 世界的な水不足
水は生きるために不可欠です。水資源の分配が課題とされてきましたが、解決には、公共投資と民間投資の両方が必要だと考えます。
世界の上下水道インフラは、今後25年で13兆米ドル近くの投資を必要としています。政府部門も民間部門も、これほど巨額の投資を単独で行うことは不可能です。官民共同の取り組みは、長期的な思考に基づいて賢明に運営されることが必要であり、そうでなければ、どちらの側にとっても失敗に終わることが過去の例から明らかです。
水業界の専門家であり、ピクテの水関連運用諮問委員会(ウォーター・セマティック・アドバイザリー・ボード)のメンバーを務めるデイビッド・ロイド・オーウェン(David Lloyd-Owen)氏は1、「2050年までにすべての人に水へのアクセスを確保する」こと、換言すると、すべての世帯に安全な水および衛生設備を提供すると同時に、下水処理を都市の基盤施設とするには、新興国では8.8兆米ドルのインフラ投資、先進国では4.1兆米ドルの追加投資が必要」だと予測しています。
年間ベースでは約3,700億米ドルの投資が必要だということになりますが、ピクテの分析では、農業を除くと水の設備投資は2,870億米ドルに留まります。どちらも異なる試算もあり、例えば、経済協力開発機構(OECD)は年間1兆米ドルの投資が必要だと試算しています。一方、実際の投資額が、必要とされる投資額を遥かに下回る、という点では大方の見方が一致しています。
解決への道のりは長い
水インフラが必要であることには疑いの余地がありません。安全性に欠ける水が原因で、毎年約120万人が寿命を全うすることなく命を落としており、低所得国では、安全でない水源が直接の原因となった死者が全体の約6%に上ります2。2020年から2022年にかけては、世界の人口の4人に1人(25%)が安全な水に、一方、43%が安全な衛生設備にアクセス出来ませんでした3。また、高所得国においてさえ、安全な水や衛生設備にアクセス出来なかった人は、それぞれ、6%ならびに9%に達しており、足元の投資の進捗率では、2030年には23%と35%に達することが予測されます。
問題は、先進国が依存する水道網の多くが、公共の衛生基盤の大規模な整備が進められた19世紀に敷設されたものであることです。例えば、ロンドンでは、ジョセフ・バザルジェット卿(Joseph Bazalgette)が設計し、1875年に完成した下水道システムが未だに使われています。当時の土木技術が「奇跡的に」優れたものであったとしても、現代のロンドンのニーズを満たすことは不可能です。こうした状況を是正するため、ロンドン西部と東部を結び、一部はテムズ川の川底を通る全長25キロメートルのテムズ・タイドウェイ・トンネルの建設が進められており、2025年の完成時には、現在使われている下水道網を補完します。
公共投資であれ民間投資であれ、要は、投資が必要だということになり、世界中で必要な設備投資が膨れ上がると同時に、水道料金の値上げが見込まれます。
公営か、民営か
世界の人口の20%は、民間の水道会社のサービスを受け、残りの80%は、公営の水道公社のサービスを受けているか、またはそうした恩恵に浴していないかのいずれかです。しかし、提供されるサービスが要求される基準に満たず、サービスの質にも問題があるという事実は、政府が公益としての水事業の運営主体として最良ではない可能性があることを示唆しています。
公営の事業者には、適切なインセンティブを提供する仕組みや監視体制が必要とされながら、条件が整っているとは限らないことが理由の一つです。インドネシアやケニアを含む多くの国では、富裕層には十分なサービスが提供される一方で、富裕層以外の層には供給が不足しています。また、問題を抱えているのは新興国政府に限りません。2014年から2017年にかけて、米国ミシガン州フリント市で発生した水危機では、高濃度の鉛で汚染された水道水を飲んだ約12,000人の子供が被害に遭い、デトロイト上下水道局の責任が問われています。フリント市当局が僅かな経費を節約するために水源を切り替えたことが、巨額の社会コストと修復コストを発生させたのです。
さらに、政府は補助金やその他の失策によって歪みを作り出し、適切な水道料金を設定しようとしません。こうした状況に苦しんでいるのが、砂漠のように乾燥した地域でありながら、農業生産者団体の強力なロビー活動により人工的に安価な水を使用することで、水集約度の高い農業を発展させたカリフォルニア州です。
同様に、民間セクターにも失敗の例が見られます。例えば、英国では、イングランドとウェールズの民営化された水道会社が、川や公共のビーチへの相次ぐ下水流出を受けて厳しい調査の対象となっています。
多面的な視点の必要性
英国には、公営と民間の水道サービスが混在していることから、両者の比較に特に興味深い実例が散見されます。英国を構成するイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドは、それぞれが異なる制度を採用しています。イングランドとウェールズの上下水道会社10社は1989年に民営化され、イングランドに拠点を置く9社は、プライベート・エクイティ・ファンドや海外企業の子会社が保有する上場会社であるのに対し、ウェルシュ・ウォーター(Welsh Water)は、非営利の未上場企業です。一方、北アイルランドとスコットランドでは、従来通り、水事業が政府の独占事業です。民営の水道会社は、総じて経営が良好で、相対的に漏水が少なく、下水には高度処理が施され、飲み水の質も良好です。
民営化後の民間水道会社のインフラ投資は、国営公社が水道事業を行っていた1970年代および1980年代の投資額を上回っており、サービス効率も改善しています。例えば、一世帯当たりの月額の水道料金(10立法メートル当たり)は、ロンドン(テムズ・ウォーター)では39.4米ドル、カーディフ(ウェルシュ・ウォーター)では53.3米ドルと、グラスゴー(スコティッシュ・ウォーター)の82.7米ドルを下回ります4。一方、北アイルランドでは水道料金が「無料」で、普通税で賄われています。
ここ数年で発生した下水流出事故は、欧州に比べて英国の監視が厳しいことに起因すると考えます。欧州では、大雨の後の数日間、海の水質が測定されない場合があるからです。川の汚染の主な原因は農業と工業であり、水道会社が原因となっているのは30%に満たないとピクテは試算しています。
もっとも、規制上の欠陥に起因する汚染もないわけではありません。公益セクターの官民提携プロジェクトに係る政府の交渉能力や設計能力には、総じて、大きな進歩が見られます。30年前には、設計の不備によって険悪な雰囲気のうちに頓挫するプロジェクトが少なくなかったものの、その後は、政府の単独プロジェクトよりもコストを抑えて、目標を達成するにはどのように契約を結んだらよいかを体験し、過去の例を蓄積してきたからです。もっとも、テムズ・ウォーターの場合のように、プライベート・エクイティ・ファンドの運営手法等、規制当局が精通していない分野は残ります。
適切に行う
適切な規制下で行われる独占事業は、実験的な環境においてさえ、優れた成果を上げることが可能です。フィリピンのマニラやカンボジアのプノンペンでは、民間セクターが、漏水や窃盗に起因する水の流出を低めに抑えつつ、普遍的かつ信頼性の高い水の供給を行っています。両都市の水の流出率は、マニラが11.6%5、プノンペンが8.5%6と、ロンドンの約25%7を大きく下回ります。
過去20年間で締結された民間セクターの参加する契約は、上下水道処理資産および水のネットワークの構築に重点を置く一方で、地方自治体が住民サービスを提供するものであり、インフラ施設の新設コストは劇的に削減されました。
水事業の運営主体が、官民のいずれであるかを問わず、上下水道料金で費用を賄う方式が好ましいのは、それが持続可能だからであって、料金が問題となる場合には、対象を絞って政府の補助金を給付することが可能です。汚染を減らし、インセンティブ制度を設けるには、投資家の継続的な関与が必要であり、そうすれば、環境面や財務面の成果も上がると考えます。
清潔な水と安全な衛生設備は人間の生活に必須の存在ですが、最大の効果を生むには効率的な運営が必要です。このことは、多くの場合、規制当局の適切な監視下での民間企業による運営を意味します。また、必要な計画を立案し、実行するには、専門知識や能力の開発も必要であり、社会の大義のために最も効果的な官民協力態勢の構築が必要であることが示唆されます。
[1] デイビッド・ロイド・オーウェン(David Lloyd-Owen)
「世界の水セクターの資金調達:安全、確実、手頃な水の供給を可能とするための技術革新と効率性」2020年
[2] 出所:Our World in Data, ourworldindata.org/water-access
[3]「家庭の飲み水、衛生設備、保健衛生の進捗状況に係る報告、ジェンダーの観点から、2020年~2022年」
ニューヨーク、国連児童基金(ユニセフ)、世界保健機関(WHO)、2023年
[4] 世界の水道料金調査、2022年
[5] マニラ・ウォーター(Manila Water)統合報告書、2022年
[6] プノンペン水道公社(PPWSA)年次報告書、2022年
[7] https://www.thameswater.co.uk/about-us/performance/leakage- performance
[8] 「持続可能な水の供給と公衆衛生サービスの実現のための資本の有効活用:実例の紹介と次の段階に進むための提案」
世界銀行グループ、「ウォーター・グローバル・プラクティス」プログラム、米国ワシントンD.C.
[9] デイビッド・ロイド・オーウェン(David Lloyd-Owen)「民間セクターおよび水の供給:省察」2022年、
「ウォーター・インターナショナル」(国際水資源協会の公式ジャーナル、年8回発行)
■投資機会
人権としての水を得る権利
政府のバランスシートは拡大し過ぎており、水の課題に他の政治課題が優先される状況が続いているように思われます。従って、水事業に焦点を当て、能力および透明性を持って事業運営にあたる上場企業は、適切な規制の枠組みと監視、ならびに責任あるアクティブ・オーナーの協力を前提とすれば、国連が宣言した「人権としての水を得る権利」の実現に貢献し、積極的に変革をもたらす主体として活躍出来る立場にあると考えます。
正当な対価
生活費高騰の危機や政治的配慮を巡る懸念が強まる状況下、消費者に課される水道料金に影響を及ぼさず、資金調達を制限することなく、必要な投資を実現するには、民間企業と規制当局の協働が必須です。そのためには、民間の投資家からの多額の出資が必要であり、目標を達成した企業には、透明で公正な対価が提供されて当然だと考えます。ピクテはこうした状況が実現するよう、企業および規制当局とのエンゲージメントを継続します。ここ数年の投資活動では、規制当局の監督下で上下水道事業を展開する米国の公益企業のリスク・リターン特性に、従来以上に注目しています。
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