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遺伝子治療:自然界のエラーを修正する
2024/06/10

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概要

遺伝子治療の発展は、癌から遺伝性希少疾患に至る様々な疾病に苦しむ患者に新たな希望をもたらしています。



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遺伝子治療は、医療技術の飛躍的な発展や技術進歩がもたらした可能性のおかげで、バイオテクノロジー生命工学分野で、間違いなく最も期待される領域の一つと言えるでしょう。遺伝子治療は、すでに耐え難い痛みに苦しんできた鎌状赤血球症患者や、デュシェンヌ型筋ジストロフィー症等、不治の病を患う患者を助けており、短い余命という課題も、近い将来、解決されるもしれません。

遺伝子治療の目標は、デオキシリボ核酸(DNA)の一部であり、ヒトそれぞれに固有の特性を決める情報を記録した遺伝子のうち、欠陥のある遺伝子の置き換え、または修正によって、治療に取り組むことです。遺伝子は、身体機能を決定する蛋白質を作るための設計図に相当するもので、突然変異と呼ばれる遺伝子の変異体が、設計図を書き換え、障害や疾病の原因となる欠陥蛋白質を作ります。

1950年代の二本鎖DNAの発見が遺伝子治療への道を開き、1980年代には、重症複合免疫不全症(SCID)を発症した4歳児の治療が初めて承認されました。SCIDは、免疫システム中の遺伝子の異常が原因の希少疾患です。治療は成功し、30歳代になった患者は健康な生活を送っています。現在、遺伝子治療は、死に至ることの多い、重篤な疾患の治療に使われています。およそ2,400の遺伝子治療薬が開発段階にあり、その4分の1ほどについては臨床試験が行われています1

すでに米食品医薬品局(FDA)から承認を受けた12件の遺伝子治療薬には、痛みを伴う皮膚の水疱や開放創等の症状が現れる表皮水疱症治療用の塗り薬(クリスタル・バイオテックのビジュベク)、失明を引き起こす遺伝性網膜ジストロフィー治療薬(ノバルティスファーマのルクスターナ)、血友病治療薬(バイオマリン・ファーマシューティカルのロクタビアン)、脊髄性筋萎縮症治療薬(ノバルティスファーマのゾルゲンスマ)、膀胱癌治療薬(フェリング・ファーマのアドスティラドリン)等が挙げられます。

欧州では、致死性の希少性異染性白質ジストロフィー(MLD)等の遺伝性疾患治療に遺伝子治療が認められています。MLDは特定の脂肪の分解に必要な酵素が欠損しているために発症する致死性希少疾患で、脳や脊髄ならびに末梢神経等に、身体に悪い脂肪を蓄積させます。患者は小児期に発病し、運動障害や認知欠損に苦しみ、若年で死亡します。

遺伝子治療が開発されるまで、MLDの唯一の治療法は骨髄移植だったのですが、英国MLD支援協会のヴィヴィアン・クラーク(Vivienne Clark)会長によれば、進行をわずかに遅らせることは出来ても、成果はあがりませんでした。遺伝子治療の対象にMLDが選ばれたのは、患者の遺伝子に特有のエラーが認められるからです。20年にわたる研究から明らかになったのは、遺伝子治療を受けたMLD患者には、副作用が少ない上に進行中の問題がなく、薬を服用する必要もないということです。

新しい治療法や治療法の改善

クリスパー・キャス9 (CRISPR-Cas9)の発見によって、新しい治療法の研究が加速しています。クリスパー・キャス9は、ヒトの体内に侵入したウイルスのDNA配列を検出し、その遺伝情報(ゲノム)を破壊することの出来る細菌免疫防御システムです。クリスパー・キャス9は、2020年のノーベル化学賞を受賞した発見で、細胞内の遺伝子の正確な修復を可能にします。「ノーベル賞の受賞後は、多くの患者を助ける可能性を秘めた、多様かつ創造的な手法でクリスパー手法を活用する企業が急増しています」と、国際的な提唱団体「再生医療協会(the Alliance for Regenerative Medicine)」の科学および産業部門担当シニア・バイスプレジデント、マイク・レミック(Mike Lehmicke)氏は述べています。

クリスパー(CRISPR)とは、数十塩基対の短い反復配列を意味するClustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeatsの頭文字で、体内に侵入するウイルスから人間の身体を守る細菌ゲノムに存在する配列です。クリスパー・キャス9システムは、二つの分子で構成されています。一つは、キャス9と呼ばれる酵素で、「分子のハサミ」として機能し、任意の個所でDNAを切断することが可能です。もう一つは、DNAと結合するガイドRNAで、キャス9に切断個所を指示する役割を担います。クリスパー・キャス9を使って最近行われた治験は、異常な形状の赤血球が血管閉塞を起こし、激しい痛みを生じる鎌状赤血球症の治療の可能性を示唆しています。



高額な治療費

遺伝子治療は、費用とアクセスという大きな課題を抱えています。米国では、開発や製造のための費用と、治験や患者数が少ないことに起因して発生するその他の費用とを併せて40万ドルから200万ドルもの費用がかかることがありますが、米国以外の国でも状況は同様です。また、治療薬が治療の都度、ゼロから開発されることが多いため、高額の薬剤成分や追加的な治験が必要になることもしばしばです。

遺伝子治療は費用が高額であることから、多くの患者が治療を受けられず、低所得国や中所得国に住む患者は治療が全く受けられません。こうした状況は、特に、相対的に貧しい国で共通してみられる疾病があることから、アクセスの改善を巡る議論を促しています。

問題は治療費だけではありません。遺伝子治療は最先端医療であるため、治療が受けられる施設が限られ、現時点では欧州に5個所、英国には1個所しかありません。

遺伝子治療の擁護者は、家族や介護者、医療制度に大きな経済的負担を強いる病気に対し、全く治療が行われない場合と比較して治癒が期待できるのであれば、その費用は正当化され、何百万ポンドもの資金が節約できると主張しています。MLDの場合に「込み入ったニーズを要する患者の、10~12年間の介護費用を考える必要があるのは、度重なる入院や通院、昼夜の自宅介護の必要性、子供の成長に合わせて定期的な交換を要する特殊器具、乳幼児期からの長い療養期間等に起因して発生する医療費や介護費用が必要となるからです」とMLD支援協会のクラーク会長は述べています。

再生医療協会のレミック氏もクラーク会長と同じ意見で、「治療開始時に何百万ドルもの費用がかかるなんて高過ぎると感じるかもしれませんが、発病後に必要となる生涯費用は2,500万ドルに達する可能性もあるのです。大局的に見れば、考えが変わります」と述べています。費用は明らかに高額ですが、最初に思ったほど高額にはならない可能性もあります。これは、製薬会社が新薬の発売時に設定する薬価が、製薬会社と患者の交渉の出発点とみなされているに過ぎないからです。実際に、英国の国営医療サービス(NHS)の例では、乳児期遅発型および早期若年型MLD治療薬 リブメルディ(Libmeldy)の薬価が、発売後の交渉の結果、大幅に引き下げられています。

とはいえ、医療保険制度側は、遺伝子治療に特有の高額な費用を勘案し、現行の支払方法の代替案を提示すべきだと考えます。一つは、具体的で測定可能な治療成果と払い戻しを関連付ける方法で、実質的に、疾病の治癒が費用の削減を約束するものです。もう一つは「保証方式」で、薬代を支払った患者は、治療の効果が上がらなかった場合、製薬会社から一定額の払い戻しを受けられるというものです。また、支払い方法を、服薬開始時の一括支払いではなく分割払いにすることで、支払者の負担を軽減します。

 「遺伝子治療薬が、より多くの患者に普及した時点では、患者の予算に及ぶ影響を真剣に検討し始め、支払い方法を改善する必要があると考えます」と生命科学関連のコンサルティング会社、L.E.K.コンサルティングのパートナー兼マネージング・ディレクターを務めるアレックス・ヴェイダ(Alex Vadas)博士は述べています。

「疾病にかかる生涯費用は2,500万米ドルに達する可能性があります。」

 

規模の拡大

遺伝子治療のサプライチェーンは、機能を促進させる薬剤や試薬の面でも改善の必要があると考えます。開発プロセスやテクノロジーは、主に学術的な観点から設計された、初期の開発研究に基づくものであり、事業面の規模を勘案して構築されたものではない可能性があるからです。「遺伝子治療薬の多くは、治療の都度、ゼロから製造され、製造量は、殆どの場合、200リットルから多くても500リットルに留まります。製造規模を拡大しようとする動きが見られるのは、生産量が多いほど、単位当たりのコストが下がるからです」とヴェイダ博士は述べています。

製造の大半は米国と英国に集中しているため、温度管理や振動の最小化等、輸送や保管も課題です。個々の患者のニーズに合わせた、リアルタイムの製造は、サプライチェーンの管理に多大な労力を要することを意味します。「製造能力は、地域ごとに設定する必要があり、投資の拡大が必要ですが、資金調達は停滞気味です」とレミック氏は説明しています。エレベート・バイオ(ElevateBio)、ヴィンタ・バイオ(VintaBio)、ベクター・バイオメッド(Vector BioMed)等の新興企業が生産のボトルネックの解消に貢献しています。

労働力のボトルネックも課題です。遺伝子治療の急速な発展が熟練労働者の確保を難しくしているからです。労働力の需給格差は、今のところ、製造、分析開発、検査、品質管理の分野に見られますが、今後は、製造分野の格差が最も拡大するものと思われます。業界調査によると、大半の企業に欠員があり、その3分の2が、欠員を補充するのに約3ヵ月を要しています。熟練労働者需要は2026年までに倍増することが予想され、業界の懸念材料となっています。

一方、メリットとして挙げられるのは、DNAやRNAのようなモジュール化された一連の技術に基づく、高額の「ブランド薬」とみなされ得る遺伝子治療薬の場合には、開発から治験までに要する期間が、薬剤標的に対する最適化を必要とする低分子薬に比べて、遥かに短いことです。ヴェーダ氏によれば、「遺伝子治療の場合、構想から治験にまでに要する期間は2年半ほどに過ぎず、創薬のための研究開発は、従来型の医薬品開発よりも遥かに迅速に進みます」。

遺伝子治療ならびに細胞治療市場は、2030年までに425億6,000万米ドル規模に達するものと予測されます。このことは、遺伝子治療が短期間の一回限りの治療として受け入れられ、患者の生涯を通じて恩恵をもたらすことを根拠に、高額な価格設定が正当化されるかどうかにかかっています。患者の遺伝子を恒久的に改変することの影響が未だ明らかになっていないことから、長期の安全性研究も必要です。また、薬価の設定者には、研究開発投資と患者のアクセスとの均衡を図るための新しい方法論が必要になるかもしれません。




投資のためのインサイト

ピクテ・アセット・マネジメント、テーマ株式運用チーム、クライアント・ポートフォリオ・マネージャー、フローラ・リュウ( Flora Liu)によると



近年、遺伝子治療の分野では、科学技術の目覚ましい発展と生物医学の革新が散見されます。生命を脅かす衰弱性疾患と闘う患者に新たな希望を与える遺伝子治療は、現在、12種類以上、発売されています。2023年には、希少疾患や癌治療のための画期的な遺伝子治療が、複数、承認され、英国では、世界初のクリスパー遺伝子編集技術を用いた治療が承認されました。フェーズ2あるいはフェーズ3段階の治験を実施中の新薬候補は280強にのぼり、今後、承認と発売の増加が見込まれます。

遺伝子治療研究が大きな進展を遂げてきた一方で、事業化には複雑で進行中の課題があることから、経験豊富な運用マネージャーによる慎重な投資が必要です。また、新薬の発売後も、高額な費用、患者の複雑な病歴、製造規模の拡大、医療現場での人材育成の必要性等、遺伝子治療に固有の課題が山積しており、治療の普及を阻んでいます。

医薬品業界が、技術の発展や投資の拡大を通じて状況を改善すれば、採算性も改善し、魅力的な長期成長と投資の可能性がもたらされると考えます。特異な遺伝子治療と強力な事業推進力を有するバイオテクノロジー企業は、こうした変革的技術を活用する上で有利な立場を築き、患者と投資家の双方に価値を提供しつつ、医療の進歩に貢献するものと考えます。



[1] https://resources.perkinelmer.com/lab-solutions/resources/docs/whp-gene-therapy-industry-report-2021.pdf 
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