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主要国のニュー・ノーマル
2024/10/23

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概要

主要国においては、経済成長とインフレに重要な影響を及ぼす要因が確実に変わりつつあります。



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今後数10年は、構造要因に起因するインフレの高止まりと、大幅な変動を伴う新しい経済の形態(レジーム)が顕著になるだろうと、ピクテは見てきました。こうしたレジーム・シフトに潜在する長期的な要因の幾つかは、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大(以後、パンデミック)以前からすでに定着し始めていたものの、コロナ禍以降は、相次ぐ供給面の混乱(サプライ・ショック)と、特に、米国政府のコロナ対策を受けて、その影響が加速度的に増しています。長期的な要因には、脱グローバル化、人口動態、脱炭素化に加えて、金融政策よりも財政政策の影響が支配的となる状況が含まれます。

2024年は、人工知能(AI)が生産性に及ぼす影響、中立金利、そして長期経済成長見通しについて、詳細に分析してきました。換言すれば、AIは潜在成長率ひいては中立金利を押し上げることが予想されるものの(図表1)、普及に向けた道のりは起伏が激しく、経済、金融、政治にかかわる新たなリスクを生み出すため、その対応を迫られる可能性があるということです。AIの普及に起因する経済成長ならびにインフレの「ニュー・ノーマル(新常態)」は、ゼロ金利の下限を脱し、グローバル金融危機以前の金利水準に近づく新しい金融政策体制と整合的であるべきです。


米国

米国では、2023年の実質GDP(国内総生産)成長率は前年比+2.5%と事前予想を大きく上回りました。今後10年間の平均成長率は、米連邦準備制度理事会(FRB)が予想する長期の潜在成長率を上回るものと予測しています。人口の高齢化による、労働力の伸びへの下押し圧力は、最近の移民の急増によって一部相殺されるものと考えます。一方、2023年を通じて著しく加速した労働生産性の伸びは、リモートワークやAIの普及による恩恵が、労働人口の高齢化や気候変動による影響によって相殺される可能性があるため、長期のトレンドに戻ると予想されます。

2023年に著しく鈍化した米国のインフレ率は、2024年には、さらに低下すると見込まれます。もっとも、2023年以降のディスインフレ基調は、主にサプライチェーンの正常化という特殊要因によるものと見ています。向こう10年間の平均インフレ率は、構造要因に起因する高止まりが予想され、パンデミック前の平均1.8%を上回ることが予想されます。また、サプライチェーンの再構築、地政学的混乱、人口の高齢化による労働者不足等が、サプライ・ショックの再燃や賃金の大幅な伸びにつながる可能性があると思われ、消費者物価指数(CPI)が持続的に2%を下回る可能性は低いと見ています。

フェデラルファンド・レート(FF金利)は2024年末から低下基調を辿るものの、米連邦公開市場委員会(FOMC)予想の名目中立金利や、過去10年平均の1.6%を上回る水準に収束するものと考えます。深刻な景気後退(リセッション)に陥った場合を除いて、パンデミック前の低金利・低ボラティリティ環境に戻る可能性は極めて低いと思われます。

また、FRBは量的金融引き締めを通じてペースを落としつつ、バランスシートの縮小を継続するものと思われます。資金調達市場における、いかなる圧力も回避するための十分な準備預金の適正水準は明らかにされておらず、見通しが極めて困難です。2024年末には、FRBのバランスシートは、その大きさのピークであった2021年のGDP比37%から縮小するものの、パンデミック前のGDP比19%を大きく上回る水準に留まることが予想されます。


2024年11月の米大統領選の結果は、民主党と共和党が、貿易、移民、外交等について異なる政策を掲げていることから、今後数年間の経済環境を左右する可能性が大きいと考えます。二人の大統領候補のどちらが選ばれても、中国に対しては強硬な姿勢を貫くことが予想されますが、トランプ氏が関税の強化に訴えると思われるのに対し、ハリス氏は、投資の拡大や先端技術に係る規制の強化に重点を置くことを表明しています。トランプ氏の外交政策や移民政策はハリス氏の政策とは大きく異なり、インフレに大きな影響を及ぼす公算が大きいと思われます。どちらが選ばれても、巨額の政府債務や利払いの増加を受けて、財政収支は大幅な悪化が見込まれますが(図表2)、実態を伴った財政再建を行うとの政治的意思は、どちらの側にもほとんど見受けられません。



ユーロ圏

ユーロ圏は、パンデミック後の優先課題をこなして先に進もうとしているものの、特にドイツは、新しい経済や地政学の現実にビジネスモデルを適応出来ずに苦戦しています。ユーロ圏経済が、近年、米国経済に慢性的に劣後する主な要因には、ウクライナ紛争やエネルギー・コスト上昇への対応の他、財政支援が不十分であることが挙げられます。限定的で最適とはいえない財政支援策では、近い将来の飛躍的な改善はほとんど望めません。2024年6月の欧州議会選挙ではポピュリスト(大衆迎合)政党が躍進したことから、改革の推進に向けた取り組みのペースは鈍る公算が大きいと考えます。進展があるとすれば、世界の分断化と、北大西洋条約機構(NATO)等、国際機関の苦境を勘案した防衛費の増額が実現する可能性があるかもしれません。

低迷するユーロ圏の生産性を巡る懸念が行き過ぎだとの見方を裏付ける理由はあるものの、欧州企業は、競争優位性や先端技術の導入等の観点で、米国企業に遅れをとっています。一方、復興基金「次世代のためのEU」が、グリーン・トランジション(環境を重視する経済への移行)やデジタル・トランスフォーメーション(DX)に取り組む企業を中心に、今後数年間、ユーロ圏経済を支援し続けることは好材料です。

ユーロ圏の今後10間年のGDP成長率は、ドイツおよびその他主要国については、周辺国の成長率を下回る状況が続くと思われるものの、パンデミック前の潜在成長率予想を若干上回る可能性があると考えます。ユーロ圏の労働市場の回復力は、パンデミック以降、最も先行きを期待させるものの一つであり、これまで行ってきた改革が構造要因に起因する失業を減らし、インフレを加速させない失業率(NAIRU)を低下させる一因になったことを示唆しています。

ユーロ圏のインフレは、2022年のエネルギー危機の最中にピークを迎え、その後は鈍化基調となり、2024年前半には欧州中央銀行(ECB)のインフレ目標である、2%近くまで低下しました(図表3)。インフレ鈍化の主な要因は、サプライチェーンの正常化と、7%近いピークから2024年年初には2%以下にまで低下したコア財のインフレですが、需要要因も寄与した可能性があるように思われます。実際、ユーロ圏と米国との決定的な違いは、ユーロ圏経済に、金利上昇分が、より迅速かつ強力に転嫁がなされてきたことです。2022年7月から2023年9月にかけてのわずか14ヶ月間で、ECBが中銀預金金利(預金ファシリティ金利)を-0.5%から+4%に引き上げたことが、信用サイクルの局面転換を遅らせ、経済成長全般に寄与したものと考えます。賃金の伸びには鈍化の兆しが現れ始めており、景気先行指標も、ユーロ圏経済に潜在する、インフレ圧力の正常化が続く状況を示唆していることから、ECBは年内の利下げに自信を深めているものと思われます。ECBはインフレ率を目標の2%を上回って推移すると予想しているため、中銀預金金利は2026年には2%にまで引き下げられるものと思われます。これは依然として、金融危機後の平均を上回る水準です。構造要因に起因して金利が高止まる環境では、公的部門、民間部門双方の巨額の債務が中央銀行の懸念材料であり続けると思われますが、2010年から2012年にかけての欧州債務危機との比較では、協調姿勢を強めるEU諸機関が、金融市場のシステミック・リスクと「経済の突然停止」に対する脆弱性を軽減していると考えます。




中国

中国では、不動産セクター不況が経済成長を損ない、強いディスインフレ圧力になっています。パンデミック後の経済再開や様々な政府支援策にもかかわらず、当セクターには安定化の兆しがみられません。中国の人口の伸びと都市化ペースの鈍化は、都市部の住宅需要が恐らくピークに達し、向こう10年間は減少傾向にあることを示唆しています。建設やサービス等の住宅関連事業は、過去20年のほとんどの場合とは異なり、経済成長を牽引する役目を終える公算が大きく、今後は中国経済の妨げに転じる可能性さえ予想されます。

地政学的環境の急激な悪化も、中国の潜在的な成長を損なう可能性があると考えます。米国は、中国を戦略上の競合相手と特定し、先端技術に係る輸出規制の強化を通じて強硬な姿勢を強めていますが、こうした規制は、恐らく中国の生産性の伸びにマイナスの影響を及ぼす公算が高いと思われます。


日本

日本では、主に金融政策を中心とした大規模緩和策を10年以上にわたって継続してきました。パンデミックの影響もあり、ようやく持続的な2%のインフレ目標を実現しようとしています。日本銀行(日銀)は、向こう数年を通して金融政策の緩やかな正常化を進めることが予想され、8年間に及んだマイナス金利政策に終止符を打って、+0.5%に向けた利上げを行う公算が大きいと思われますが、その道のりは長く、起伏の激しいものになりそうです。賃金上昇のフィードバック・メカニズムは未だ初期段階にあって脆弱であることから、日銀は今後数年間、金利誘導に慎重を期す必要があると考えます、


インド

インドは、アジア新興国のGDPランキングで2位につけ、ここ数年来の力強い経済成長の勢いを維持するものと思われます。2024年4月から6月にかけて行われた総選挙の結果、モディ首相が3期目の政権を発足させたことは、これまでの政策が継続されることを示唆しています。インフラ投資の増額を促す施策や国内製造業の振興を目的とした「生産連動型インセンティブ・スキーム(Production Linked Incentive Scheme:PLIスキーム)」等の施策は、すでに国内経済に影響を及ぼし始めています。また、米・中間の緊張の高まりを受けて、多くの多国籍企業がインドを中国に替わる生産委託先にすることを真剣に検討し始めています。こうした追い風を背景に、インドはアジア域内で最も高い長期成長力を有するものと確信を強めています。


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