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- 気候変動リスクの開示:環境のための認証基準の策定
企業に求められる気候変動リスクの開示規則は、これまで以上に厳格で複雑なものになろうとしています。しかし、国際的に統一された枠組みは、コストに見合う以上の恩恵をもたらす可能性があると考えます。
現行のESG(環境・社会・企業統治)報告基準をすでに厳しいと感じている企業は、規制体制が更に厳格で複雑なものになる状況に備えておく必要があると考えます。
各国政府は、米国、中国、ユーロ圏等、国や地域を問わず、気候変動に関する情報の透明性や説明責任の強化を企業に求める新たな規則を導入する意向を固めているようです。これは、昨年、大統領選前の米国において、ESGのメリットに対する投資家の懐疑的な見方が高まっていた中でも進んでいました。
例えば、米国では今後数年以内に、上場企業の40%が気候関連リスクのスコアを報告することを義務付ける規則が施行される可能性があります。
米国コロンビア大学ロースクール、サビン気候変動法センター(Sabin Center for Climate Change Law)のマイケル・ジェラード教授(Professor Michael Gerrard)は、米国の規則が世界の企業にとっての雛形になる可能性があると話しています。
ピクテ・アセット・マネジメント、テーマ株式アドバイザリー・ボードのメンバーでもあるジェラード教授は、「環境関連規則の厳格化は、この先何年も企業の報告や透明性に影響を及ぼすことになると思われますが、こうした状況は世界的なトレンドであり、トランプ大統領の再任にかかわらず、その勢いが衰えることはないでしょう」とも話しています。
ジェラード教授によれば、新しい開示要件は、広範囲に影響を及ぼすことが予想されます。
企業にとっては、持続可能性(サステナビリティ)に関連するデータの収集や検証、ならびに、社内システムやプロセスの更新等のためのコストが増すことは避けられません。
一方、財務面への影響は対処可能であり、メリットがコストを遥かに上回るものと思われます。国際標準化を目指す報告の枠組みは、気候関連データの質、一貫性、信頼性の改善をもたらすと同時に、企業や投資家にとっては、サステナビリティ報告に対する需要がすでに増加している状況での、関連情報の収集を容易にすると考えます。
米国証券取引委員会(SEC)およびカリフォルニア州の最新動向
米国証券取引委員会(SEC)は、2024年3月、数千の企業に対し、温室効果ガス排出量、水関連リスク、低炭素経済への移行計画等、気候関連リスクの報告を求める画期的な規則を提案し、採択しました。
特に注目されるのは、「スコープ1」および「スコープ2」排出量として知られる、企業の直接排出量と、企業が購入し消費したエネルギーによる間接排出量とが含まれていることです1。
この規則は、排出量が重要であると見なされる場合、SECに登録されている約7,000社の米国公開企業のうち、およそ40%にあたる企業に対し気候変動リスクの報告を義務付けるものです。
また、排出が基準に達した場合、SECに登録されている海外の民間企業(「外国登録企業」)約900社のおよそ半数の企業にも、適用される可能性があります。
一部の企業や投資家は、コストが増えることを懸念していますが、規則の適用に伴う影響は対処可能であることを示唆する証拠も散見されます。
サステナビリティ特化のアドバイザリー・サービスを提供するERMグループが行ったアンケート調査が示しているのは、企業の気候関連開示費用が、すでに年間平均67万7、000米ドルと、SECが試算した53万米ドルを遥かに上回っていることです2。
一方、米国のデューク大学が行った別の調査は、費用面での影響は軽微に留まる公算が大きいことを示唆しています。これは、各企業が、すでに堅固な社内の開示体制を構築しており、新しい規則が出来ても、現行の制度で容易に対応出来ると考えられるためです3。
企業にとっては、資本市場で恩恵が得られる可能性も考えられます。SECが引用している学術研究によれば、信頼性の高い情報を開示する企業には、資本コストが低下し、資産価格あるいはバリュエーションが上昇する傾向があります4。また、最近行われた別の調査によれば、投資判断を下すために必要な気候関連データの収集および分析に、現時点で年間130万米ドル以上を費やしている投資家にも恩恵が及ぶものと考えられます5。
物議をかもすSECの規則は左右双方の政党からの批判に晒され、また、厳格過ぎる、あるいは寛容過ぎるとする州や、米国商工会議所等の組織からの異議申し立てを受けて、法廷で争われています。SECは多数の訴訟を考慮し、訴訟が決着するまで自主的に規則の実施を停止していますが、企業は2026年の発効に備える必要がある、とジェラード教授は考えています。
教授によれば、「SECの規則は、2023年10月にカリフォルニア州で成立した更に厳格な「気候変動関連開示法」に続いて、透明性の厳格化を求める最も新しい規制の強化を示すもの」です。
カリフォルニア州は、2023年に、二つの包括的な法律を制定し、州内で多額の収益を計上する企業に、温室効果ガス排出量の開示を義務付けています。
「気候関連企業データ説明責任法」ならびに「気候関連財務リスク法」は、気候変動対策の一環として、透明性の強化と情報開示の標準化を企業に促すために制定された法律です。
二つの法律は、州法でありながら、いかなる主要企業も無視することの出来ない法律になることが確実です。
これは、世界第5位の経済規模を持つ国と同水準の経済力を持つカリフォルニア州で「事業を展開する」すべての大企業に、二つの法律が適用されるからであり、フォーチュン1,000社の75%が対象になるものと考えられているからです6。
ジェラード教授によれば、「カリフォルニア州の気候変動関連開示法は、SECが採択した規則よりも遥かに厳格ですが、カリフォルニア州経済の重要性を勘案すると、事実上の世界標準になる可能性も考えられます。」
カリフォルニア州の気候変動関連開示法が画期的なものである理由はこれだけではありません。二つの法律は、サプライチェーン全体の間接的な排出量を含み、測定が極めて困難な「スコープ3」排出量の開示を企業に義務付けることで、気候関連法の中でも最も議論を呼ぶ課題への対応を図るものだからです。
ジェラード教授は、カリフォルニア州の気候変動関連開示法がスコープ3排出量を15項目に分類し詳述しているものの、そのすべてを開示している企業は、今のところほとんどないとして、この法律が関係会社にも適用されるのか、スコープ3排出量の15項目のどれが開示を義務付けられるのか、業種別に適用されるのか、どのような気候シナリオを策定する必要があるのか等、未解決の課題は山積しています」と述べています。
カリフォルニア州の気候変動関連開示も、SECが採択した規則と同様に、法廷で争われていますが、州に不利な判決が出ない限り、あるいは、州議会における審議の遅れがない限り、2026年の施行が予定されています。法律に違反した場合には、会計年度当たり50万米ドルの罰金が課される可能性がありますが、アップル(Apple)、マイクロソフト(Microsoft)、イケア(IKEA)等の主要企業は、すでに、法案の時点で支持を表明しています7。
ジェラード教授は、カリフォルニア州と同じ方向を目指す米国内での取り組みとして、審議中のニューヨーク州法にも言及しています8。
欧州などの動向
カリフォルニア州の気候変動関連開示法の適用対象となる規模を持つ大企業は、欧州連合(EU)等の法域の開示規則が適用される公算が大きいと考えます。
EUの企業サステナビリティ報告指令(CSRD)は、2026年半ばから、すべての大企業(上場・非上場を問わず、EU外の子会社を含める)に対し、一定の基準に達した場合、気候変動を含む環境ならびにサステナビリティ・リスクに関わる情報の開示を義務付けています。
非EU企業は、EU域内における売上高が1億5,000万ユーロを上回った場合、報告を義務付けられます9。
EUの執行機関である欧州委員会(EC)は、域内の法律を遵守するために必要となる費用の総額が、10年間で36億ユーロに達するだろうと試算しています。
一方、巨額の費用にもかかわらず、ECが独自に行った影響評価(インパクト・アセスメント)のための調査は、法令遵守にかかる費用が売上高に占める比率は極めて低く、規模の大小を問わず、すべての企業の法律施行後初年度の比率が0.005%以下に留まること、また、2年目以降は比率が低下すること、を示唆しています10。
中国では、国内の3大証券取引所(上海・深圳・北京の各証券取引所)が、大手上場企業を対象とした、包括的な環境情報開示規則を提案しています。
これは、中国企業のおよそ半数に対し、自社の企業活動が環境に及ぼす影響とリスクに加えて、環境要因が企業活動に及ぼす影響の報告を併せて義務付けるというダブル・マテリアリティ・アプローチを採用したものです。
温室効果ガスについては、スコープ1およびスコープ2排出量に加えて、特定の少数の企業にスコープ3排出量の開示を求めており、2024年以降に適用開始し、2026年4月末が最初の報告書提出期限になっています。オーストラリアでも、同様の国際基準に整合する情報開示義務化の枠組みを2024~2025会計年度から適用することが提案されています11。
米国では大統領選が行われたことから、2024年はESG関連課題全般に対する政治動向が、例年以上に投資家の関心を集めていました。
とりわけ、トランプ大統領が再選された場合の環境保護政策が後退する可能性が懸念されていましたが、それは現実のものとなりました。トランプ大統領は、優先課題の一つとして化石燃料事業の推進を掲げており、「インフレ抑制法」を含む、多くの画期的な環境関連法の撤回を公約しています12。
しかし、全面撤回は容易ではありません。下院が可決した「インフレ抑制法」の撤回には、上院で過半数の賛成票が必要となります13。
ジェラード教授は、炭素回収や、水素、燃料クレジットなどの施策は超党派の支持を得ているとして、「共和党支持者の多い「赤い州」の多くが、雇用の創出と、大規模な太陽光発電や風力発電ならびに炭素貯留プロジェクト関連の投資をもたらしたインフレ抑制法から、推定3,370億米ドル相当の恩恵を受けています」と説明しています14。
同様に、投資の意思決定に気候変動リスクやサステナビリティ・リスクを組み込みたいと考える投資家は、支持する政党にかかわらず、気候情報の透明性の強化に向けた取り組みの恩恵を受ける公算が大きいと考えます。
ジェラード教授によれば、「環境情報開示の強化に向けた世界的なトレンドは、止められません。」
投資のためのインサイト
ピクテ・アセット・マネジメント テーマ株式運用チーム、シニア・クライアント・ポートフォリオ・マネージャー
ジェニファー・ボスカルダン・チン (Jennifer Boscardin-Chin) によると
・気候関連情報の開示規則の厳格化は、企業が収集するデータの質、一貫性、信頼性の改善を企業に促し、データ・テクノロジーやインフラ関連投資の拡大につながる可能性のあるトレンドを形成すると考えます。
・クラウド・コンサルティング大手のワーキバ(Workiva)が行った調査によると、回答した企業のほぼ90%が、義務付けられている以上の二酸化炭素排出量関連データの開示を検討しているだけでなく、データ収集プロセス改善のためのテクノロジーに投資していると述べています。回答した米国企業の86%が、義務がないにもかかわらず、EUの企業サステナビリティ報告指令(CSRD)のすべて、または一部を自主的に遵守する検討をしています。
この調査では92%の企業が、テクノロジー投資を通じて報告プロセスを変革していることが示されています。
・環境関連データの収集やコンサルティングに関連する業界は、規制の変更と、透明性や開示に対する投資家の要求を受けて、急速な成長を遂げています。今後は、年率8%弱の成長を続け、2020年代末には650億米ドルに達することが予想されます(出所:リサーチ・アンド・マーケッツ)。
- エミッション・スコープについては以下を参照。 https://am.pictet/en/uk/global-articles/2022/expertise/thematic-equities/understand-emissions-for-climate-risk#overview
- https://www.sustainability.com/globalassets/sustainability.com/thinking/pdfs/2022/climate-disclosure-survey_fact-sheet-april-2022.pdf
- https://econ.duke.edu/sites/econ.duke.edu/files/documents/The%20Cost%20of%20Climate%20Disclosure.pdf
- https://www.federalregister.gov/documents/2022/04/11/2022-06342/the-enhancement-and-standardization-of-climate-related-disclosures-for-investors#footnote-584-p21394
- https://www.sustainability.com/thinking/costs-and-benefits-of-climate-related-disclosure-activities-by-corporate-issuers-and-institutional-investors/
- https://www.citizen.org/article/california-sec-climate-disclosure-report/
- https://www.corporatecomplianceinsights.com/california-climate-law-court-challenge/
- https://www.nysenate.gov/legislation/bills/2023/S5437 and https://www.nysenate.gov/legislation/bills/2023/S897/amendment/A
- https://kpmg.com/nl/en/home/topics/environmental-social-governance/corporate-sustainability-reporting-directive.html
- https://op.europa.eu/en/publication-detail/-/publication/1ef8fe0e-98e1-11eb-b85c-01aa75ed71a1/language-en/format-PDF/source-201819497
- https://treasury.gov.au/consultation/c2024-466491
- 関連記事は以下を参照。https://am.pictet/en/us/mega/2023/ira-and-impact-on-europe
- 法案の廃案には通常60票の賛成が必要だが、IRAを含む税制や歳出に関する法案には51票しか必要ない。
- https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2022/08/17/state-fact-sheets-how-the-inflation-reduction-act-lowers-energy-costs-create-jobs-and-tackles-climate-change-across-america/
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