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- 浮体式洋上風力発電を巡る一考察
浮体式洋上風力発電機が再生可能エネルギーの流れを変える理由について考察します。
スコットランドからノルウェーにかけての北海には、巨大な風力発電機(タービン)が立ち並び、ヨーロッパ北西部に大量のクリーンな電力を提供しています。もっとも、世界の海の大部分は水深が深過ぎて、タービンを海底に固定することが難しいため、洋上風力発電は、その他の地域では、殆ど行われていません。
洋上風力発電を世界に普及させるには、タービンが海面に浮かんでいる必要があるのです。イタリアの沖合で洋上風力発電の実証実験が始まってから15年が経過して、ようやく、エネルギー企業が投資を始めており、洋上風力発電の先行きが期待され始めています。
1991年にデンマークが最初の洋上風力発電所を建設して以来、再生可能エネルギー事業の一角を成す洋上風力発電事業は、北海の浅い水深を想定して発展してきました。タービンは陸上で製造された後、海底に届く最大60mの支柱が設置された場所まで曳航されます。
もっとも、欧州風力エネルギー協会によれば、海や海洋では、多くの場合、水深が60mより遥かに深いため、洋上の風力エネルギーの80%はいわゆる着床式タービンでは入手することが出来ません1。洋上タービンはヨーロッパ域外では殆ど普及しておらず、2017年末時点では北海に面する数ヶ国が世界の洋上風力発電容量の82%を占めています2。
また、ヨーロッパの洋上風力発電の中心地においてさえ、コスト高が課題です。着床式タービンは、設置される海底の特性に合わせて作らなければなりません。特注仕様タービンの開発には詳細かつ費用のかさむ調査が必要となり、複雑な設置作業には1日あたり35万ポンドから50万ポンドの船舶賃貸料が発生します。
「洋上の設置場所まで行って、3日間悪天候が続いた場合には、100万ポンド相当の損失を覚悟しなければなりません」と、洋上風力発電会社ケルティック・シー・パワー社の最高経営責任者(CEO)を務めるスティーヴン・ジャーミー氏は述べています。
小規模な地域市場、コスト高、大量生産が出来ない特注仕様の機器等が洋上風力の魅力を限定的なものとしているのです。
浮体式洋上風力発電の先行き
産業革命前からの気温上昇幅を1.5℃以内に抑えるという「気候変動に関する政府間パネル」の主要目標の達成に必要な風力発電量は、「現在の設置率では、2030年までに3分の2さえ確保出来ないだろう」と世界風力エネルギー協議会(GWEC)は予測しています3。従って、発電量を増すことが不可欠なのです。
GWECによると、現在、風力発電量全体に占める洋上風力発電量比率はわずか7%に過ぎず、風力発電タービンを陸上に設置する方が容易であることを示唆しています。一方で、世界の海に浮体式タービンを設置することで、風力発電量を大幅に増やせる可能性があるのです。
世界初の浮体式風力発電タービンは、2007年にイタリアの沖合に設置されましたが、タービンは海底に固定されるのではなく、錨につなげて固定されました。こうした方式を採用すると、海底の特性を考慮せずに済み、浮体式タービンの大量生産が可能になると考えられたからです。
「どの海でも海面の状況は常に同じです。つまり、タービンに浮体式発電の基盤があるならば、大量生産が可能なのです」と、浮体式タービンの開発に取り組むジャーミー氏は説明しています。
浮体式タービンは、1970年代に米国のマサチューセッツ州立大学アマースト校で初めて提唱されてから、「繰り返して使える」という再現性のため、理論上では魅力的な技術だと考えられてきました。しかし、タービンが何年間も大波に耐え、長期間の投資回収を可能とすることが証明される必要があったため、開発は遅々として進みませんでした。
イタリア沖に設置された最初のタービンは、半年間の概念実証のために設計され、その後は使用されていませんが、ノルウェーの国営石油会社エクイノールが、2009年、北海で世界初の商業用浮体式風力発電所「ハイウィンド」の開発に踏み切るきっかけとなりました。 エクイノール社は施設を10年間運営し、浮体式タービンの耐久性を証明した後、2019年に売却しました。その際、投資家は「投資の出口を迎えること」が可能であるのを確認できました。
その後、ヨーロッパでは複数の浮体式タービン建設プロジェクトがプライベート・ファンドから資金の拠出を受けて進められています。その1つはポルトガル沖の施設の建設で、洋上風力発電事業が、初めて北海以外の海域に進出することとなった記念すべきプロジェクトです。今では、世界中の製造会社やエネルギー企業が洋上風力発電事業に投資を始め、技術革新に拍車をかけています。2021年には、米国最大の建設会社ベクテルが英国で実験プロジェクトを開始し、ゼネラル・モーターズ社は、ノルウェーの新興企業ウィンド・キャッチング・システムズ社の最初の資金調達を主導しました。
ウィンド・キャッチング・システムズ社のイノベーションは、巨大なタービンを1基設置するのではなく、中小型のタービンを何台も積み重ねる手法を採用したことです。同社の設計が意味するのは、浮体式プラットフォーム1基で、従来のタービン2倍分の面積から風力エネルギーを集められること、また、回転翼(ローター)を何台も使って発電量を複数倍に増やせることです。また、小型のローターは保守・管理チームがその場で修理出来るため、陸まで運んで修理するのに比べて、費用を削減出来ます。
電力会社や石油大手の再生可能エネルギー部門も市場に参入しています。英国では、2022年1月に行われた「スコットウィンド」(スコットランドの洋上風力発電に関する海域リース権益を対象とした入札)で、BP およびシェル両社がスコットランド沖の海洋権益を落札しています。「堅固なバランスシートと優れた技術の両方を持つ企業が業界に参入し始めていることには大いに期待しています」とウィンド・キャッチング・システムズ社のオーレ・ハグナイムCEOは述べています。
新しい市場
商業ベースで採算が取れている浮体式風力発電所は今のところヨーロッパにしかありませんが、技術が他国市場に輸出可能であることは大きなメリットです。2013年には、米国エネルギー省が、ヨーロッパ以外では初めてとなる浮体式タービンの実証実験をメイン州沖で行い、エクイノール社は韓国沖の発電所の建設を検討中です。またケルティック・シー・パワー社は米国西海岸と日本周辺の深海が浮体式タービンに適していると述べています。
ウィンド・キャッチング・システムズ社も、ヨーロッパ以外の市場に関心を示しています。同社のヘッグハイム氏によれば、「浮体式風力発電の基盤があれば、新しいプロジェクトを進めるのがずっと容易になります。水深が深い場所にも浅い場所にもタービンが設置出来るから」です。
巨大な風力発電市場が開かれるにつれて、洋上風力発電産業がいかに早く成長出来るかを示す事例が散見されています。ワールド・フォーラム・オフショア・ウィンド4(世界の洋上風力レポート)によると、2021年中に新規に追加された世界の洋上風力発電量の80%を中国が占めており、世界洋上風力フォーラムによれば、中国の風力発電量は、現時点では世界最大です。中国は、これまで中国東部の海岸の浅瀬に着床式タービンを設置するだけだったのですが、浮体式タービンの設置が可能になれば、更に多くの海岸線で事業が展開されることになると思われます。
一方、洋上風力発電事業の拡大には課題も残ります。浮体式タービンは沖合に設置されるため、魚類や大型の海洋哺乳類をケーブルに巻き込む等、これまで手付かずだった海洋環境を破壊する可能性があるからです。また、沖合でのタービンの保守作業は安全上のリスクを抱えることになり、修理船が何度も現場に出動することになれば費用がかさむことも考えられます。加えて、気候変動により異常気象の頻度と強度が増すと、はるか沖合での浮体式タービンの設置や保守作業が一層難しくなる可能性も見逃せません。最近の例では、中国広東省の沖合でタービンの設置船が台風で沈没しています。
とはいえ、こうした障害を克服するための研究開発に投資資金が流入しており、何十年間もヨーロッパだけで行われてきた事業が、ようやく世界の市場に進出しようとしています。再生可能エネルギー発電業界には大きな経済効果が見込まれます。
[1] Wind Europe, Floating offshore wind vision statement, 2017
[2] IFRI, The expansion of offshore wind power in the North Sea, 2018
[3] GWEC, Global wind report 2022
[4] World Forum Offshore Wind, Global offshore wind report, 2021
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