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- カーボン・クレジット・スキームの審査基準を引き上げる
カーボン・クレジット・スキーム(炭素クレジット制度)が、現在、直面している問題について考察致します。
ニクラス・カスケアラ氏の仕事は、顧客の仕事を難しくすることです。同氏はコンペンセート社のチーフ・インパクト・オフィサーとして、気候変動対策に取り組むふりをするグリーンウォッシングとの闘いの最前線におり、一部の人にとっては聞きたくないような真実をためらいなく語っています。
「カーボン・クレジット市場の急速な拡大が予想されることについては、非常に恐ろしいと感じると同時に、非常に刺激的でもあると思います。」
フィンランドに拠点を置くコンペンセート社は、企業や個人に質の高いカーボン・プロジェクトを容易に提供し、避けられない二酸化炭素排出の責任を取る手助けをします。理論上では、カーボン・クレジットは、植林などの自然環境保護や、大気中からの二酸化炭素(CO2)直接回収などの産業プロジェクトを通じて、CO2排出量を一定量除去または削減するための対価として支払われるものです。
もっとも、カスケアラ氏によれば、こうした制度の殆どは深刻な欠陥を抱えています。カーボン・クレジットの資金源となるプロジェクトの90%が、コンペンセート社の審査基準を満たしていない、と彼は言います。「170件以上の優良プロジェクトを分析した結果、10件中9件が弊社の審査基準を満たしていないことが明らかになっています。弊社の基準が標準であるべきだと考えますが、現在の市場の基準はそれから、大きくかけ離れています。」
つまり、ある企業は、対価を支払って一定額のカーボン・クレジットを購入したことで、CO2排出量を一部削減したと株主に報告できますが、そのマングローブの植林事業が失敗すれば、カーボン・クレジットは書類上のものに過ぎず、実際のCO2排出量に何の変化も、もたらさなかったということです。(実際に、2004年から2015年の間にスリランカで行われたマングローブの植林事業の80%が失敗しています。)
更に悪いことには、カーボン・クレジットを購入した企業は、排出量がクレジットと一致していれば、排出量と吸収量が均衡する「カーボン・ニュートラル」の状態にあることが証明されると考えて、一部、または全体的に効果のないカーボン・クレジットの購入を増やし、それに応じて実際の排出量を増やしてしまうかもしれません。こうした状況は、カーボン・クレジット市場が提供するはずだった効果を相殺してしまいます。
カスケアラ氏は、サステナビリティ(持続可能性)を普及させるための広報活動を行い、アドバイザーとして活躍した後、2019年に、当時はフィンランドの非営利組織だったコンペンセート社に入社しました。コンペンセート社は、広報活動が広く知られた結果、営利事業を起こし発展させることが可能となったのです。
「コンペンセート社の役割は、未成熟で新興のカーボン・オフセット市場でクレジットの売買を行おうとする企業に対し、科学的な裏付けに基づいた詳細なアドバイスを行うことです。カーボン・クレジット市場の急速な拡大が予想されることについては、非常に恐ろしいと感じると同時に、非常に刺激的でもあると思います。恐ろしいと思うのは、カーボン・クレジット市場が現行の審査基準で成長し続ければ、気候変動対策の効果は無いに等しい状況となりかねず、そうなれば、世界目標が実現されず、多くの貴重な資金と資源が浪費されることになりかねないからです。」と、カスケアラ氏は言います。
同氏は、カーボン・クレジット市場の欠陥には多くの理由があると指摘しています。マングローブ植林事業の失敗例の他にも、伐採の恐れのない原生林を買い取って、カーボン・クレジットとして売却していた例が報告されています。「森林破壊の恐れのない地域で、カーボン・クレジットのためにプロジェクトが売却される例を見たこともあります。また、スキームに支払われた資金が中間業者に搾取されたり、技術が想定通りの効果を上げられない場合も考えられます。」
植林事業の失敗の例として、豊かな生物多様性で知られるサバンナの生態系を単一種の木材のプランテーションに転換するアフリカや南米のプロジェクトが挙げられています。
自然ベースのスキームが、今後、重要になると考える人が多いのは、森林や海岸のマングローブ林における炭素貯蔵が適切に行われるならば、生物多様性や地域社会に多くの恩恵が期待されるからです。「マングローブ林は、沿岸生態系を改善し、津波による自然災害リスクを低減することで、気候変動への対応に貢献します。また、マングローブ林の再生は、魚類資源を最大50%増やし、生物多様性を改善します」。
また、地域社会との複雑な相互関係を伴うことが多いため、モニタリングが最も困難な種類のスキームです。
カスケアラ氏によれば、コンペンセート社は、以下の3点から成る体系的な手法でこうした課題に対処しています。
まず、実業界に対する教育の機会を増やして、カーボン・クレジットがどれも同じではないこと、また真の影響とは証明書を受け取ることではなく、最終効果の測定を意味するのを理解してもらうことです。
次に、自社の基準を満たしていると主張する、カーボン・プロジェクトの身元を確認し、監視を怠らないことです。また、資金を提供するプロジェクトとの密接な連携を図り、可能な限りアドバイスを行って、明確な方向性を示すことです。
最後に、顧客企業との協働を通じてリスク分散を図ることです。顧客が1件、または2件のプロジェクにすべての資金をつぎ込まないよう、最大12件のプロジェクトから成るポートフォリオを提供します。「そうすれば、1件のプロジェクトに問題が生じるリスクがあっても、気候変動への影響全体に問題が及ぶとは限りません。このように機動的なポートフォリオを構築し、最適なプロジェクトを見つけ出せれば、気候変動への影響を最大化することが出来ると考えます。また、他のプロジェクトよりもパフォーマンスが劣るプロジェクトがあれば、相対的に優れたプロジェクトに置き換えることも可能です。弊社は、カーボン・プロジェクト・ファンドを管理しているという意味で、ファンド・マネージャーのような存在であると考えています。」
カスケアラ氏によると、コンペンセート社は、相対パフォーマンスが悪化するリスクを回避するために、排出量に対して多めのクレジットを設定していますが、同社のスキームを利用する顧客はこのことを認識しており、追加プレミアムの支払いを厭わないとのことです。
「弊社は、2クレジットが排出量1トンに相当することを前提に事業を行っています」。
従って、コンペンセート社を通じて購入するカーボン・クレジットは、競合他社を通じて購入するものより高価ですが、カスケアラ氏によると、同社には、事業の原動力となる要因が2つあります。
一つは道徳的な要因で、正しいことを行っていると思われたいというだけに留まらず、正しいことを実行する企業が増えていることです。
もう一つは、規制が整備され、グリーンウォッシングが非難される可能性です。コンペンセート社の法人顧客は、今や数百社にのぼり、過去には想像さえ出来なかったことですが、米国のハイテク企業からも提案依頼書(RFP)を受け取っています。
コンペンセート社は、広報活動という同社の原点を見失うことなく、妥協せずに成長し続けたいと考えています。「高いサービスを提供することだけに満足するのではなく、カーボン・クレジット市場の審査基準を引き上げたいのです。」
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