PFAS と化学汚染との闘い
魔法が解けた「永遠の 」化学物質
PFASと総称される人工化学物質群は、長年にわたり、実に様々な家庭用品や工業製品の製造に使用されてきました。しかし今、それが間違いであったかもしれないことが明らかになりつつあります。
ノンスティック(焦げつき防止加工の)フライパンから、電子レンジ用ポップコーンの袋、デンタルフロス、ヨガパンツ、消火剤の泡、廃水処理システムまで、現代の私たちの生活はPFASと呼ばれる人工化学物質に依存しています。
PFAS(パーフルオロアルキルおよびポリフルオロアルキル化合物)は、熱や油、水に強く、優れた電気絶縁性を持つ、表向きは「魔法の化学物質」です。
そのため、PFASは様々な家庭用品や工業製品に使用されてきました。PFASの広がりを証明するある研究によると、PFASがほぼすべての産業と非常に多くの消費製品で使用されており、1,400を超える異なるタイプのPFASに対して、200以上の用途別カテゴリーとサブカテゴリーがあることが明らかになっています1。
しかし、その魔法は解けつつあります。
PFASの耐久性と汎用性は、今や恵みというよりも呪いになっています。PFASは決して分解することなく、空気、水、そして私たちの血液中にまで残留します。
また、「生物蓄積」として、魚のような食物連鎖の下層に位置する生物の体内に蓄積されることで、食物網に入り込んでいます。
いくつかの研究では、3,000種類以上が流通しているPFASと、腎不全や精巣がん、乳がん、甲状腺疾患、コレステロール値の上昇、ワクチンへの反応低下などの様々な健康被害が関連付けられています2。
何年にもわたる世論の反発を受け、世界中の規制当局や政府はようやくPFASの取り締まりに乗り出し、これを公衆衛生と環境における差し迫った危機として扱うようになりました。
国民の97%が血液中にPFASを有しているとされる米国3では、ジョー・バイデン大統領がこの有害物質を禁止する抜本的な計画を発表し、欧州連合は2023年から約200種類のPFASを禁止するとしています。
サビン気候変動法センターの創設者兼所長であり、米国で最も著名な環境弁護士の一人であるコロンビア大学ロースクールのマイケル・ジェラード教授は、「これらの規制や立法措置により、今後数年間はPFASメーカーや工業生産者に対する環境訴訟が相次ぐ可能性があります」と述べています。
「現在や過去の汚染に関係する企業などが訴訟や集団訴訟の提起に備える一方で、環境および医学的なモニタリング、検査、問題改善への需要も大幅に増加するでしょう。」
身近にある化学物質
PFASに反対する動きはバイデン大統領の法案よりもずっと前から始まっており、2010年には早くもメーカーに対する訴訟が記録されています4。
しかし、米国環境保護庁(EPA)が3年間のPFAS戦略ロードマップを発表したのは、2021年10月のことでした。
具体的には、EPAは、PFAS関連の健康問題に対する現在および今後の治療法やその改善、有害物質の安全な廃棄または破壊、自然環境へのPFAS排出の防止などに関する研究を行っています。また、同機関は汚染浄化も加速したいと考えています5。
優先順位が高いのは水です。バイデン大統領は、全米の飲料水からPFASを除去するために100億米ドルを確保しました。この動きは偶然ではありません。清潔で安全な水へのアクセスは、米国では差し迫った公衆衛生と環境における問題であるだけでなく、2014年のミシガン州フリントで起きた水道水汚染事件などの影響で、大きな政治・社会問題にもなっているのです。
ジェラード教授は、今後数年間、米国では、飲料水や大気中のPFASを1兆分の1レベルで測定する新しい基準や新たな汚染物質の監視体制、製造業者に対する規制など、新しい措置が次々と導入されると予想しています。
しかし、浄化作業は容易ではないでしょう。
結局のところ、これらの小さな粒子は半永久的に存続するように設計されています。ある種のPFASでは、半減期が500年にも及ぶと推定されています6。
このため、業界では新たな処理技術の実験が行われています。活性炭は最もよく使用されるものの一つで、市場の約65%を占めています7。
活性炭は、木材や石炭など炭素含有量の多い多孔質材料で、飲料水からPFAS化合物を効果的に除去することができます。
"課題は、環境にやさしいだけでなく、コスト面でも優れたPFASの代替物を見つけることです。"
PFASのない未来に向けて
議員や規制当局がPFASの禁止に動く中、ある国際的な研究チームは、製品を非必須、代替可能、必須の3つのカテゴリーに分類し、PFAS含有製品を商取引から秩序立てて排除することを提案しています8。
ストックホルム大学のイアン・カズンズ教授が率いるこのチームの提案は、かつてどこにでもあった夢の化学物質でありながら、地球を守る成層圏のオゾン層を破壊してしまったフロン(CFC)の生産と使用を段階的に廃止することに成功した、国際条約をモデルにしています。
1987年のモントリオール議定書の下で、世界は、非必須とされたほとんどのエアゾール缶(スプレー缶)のガスに使用されていたフロンを迅速に廃止することに成功し、喘息用の吸入器など必須とされた用途のものについては、適切な代替品の開発とともに徐々に廃止していきました。
カズンズ教授のチームは、PFASも同じような経過を辿るとみています。
課題は、環境にやさしいだけでなく、費用対効果の高いPFASの代替品を見つけることです。ただし、カズンズ教授は、PFASに代わる「永遠の」化学物質をまた生み出してしまうことに警告を発しています。教授は、10年以上前に害の少ない代替品として開発されたものの、実は置き換えられた物質よりも毒性がより高いことが判明したGenXの例を挙げています9。
その代わりに、教授が主張するのは、環境とともに持続可能性に配慮するという化学の原則に基づき、メーカーは使用後に分解される分子を設計するべきだというものです。
例えば、食品業界では、PFASフリーの食品包装を製造するための様々な実験が行われています。革新的な持続可能パッケージの中には、竹、ヤシの葉、バイオベースのワックスやクレイコーティング剤、そして一般的にトウモロコシから作られる堆肥化可能なプラスチックであるポリ乳酸(PLA)などが使用されています。
ファッション業界では、H&M社、Burberry社、Uniqlo社などの企業がすでに自社製品へのPFASの使用を禁止しており、IKEA社やWhole Foods社などの他業界の企業も「永遠の」化学物質の使用をやめ、他の企業にも追随を促しています。
PFASのない社会への移行には、ある程度の時間がかかるでしょう。しかし、研究開発への大規模な投資は、次世代の健康的な代替品を生み出す革新的な技術に、大きなチャンスをもたらすはずです。
[1] https://pubs.rsc.org/en/content/articlehtml/2020/em/d0em00291g
[2] https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31284092/
[3] Lewis RC, Johns LE, Meeker JD. 2015. Serum Biomarkers of Exposure to Perfluoroalkyl Substances in Relation to Serum Testosterone and Measures of Thyroid Function among Adults and Adolescents from NHANES 2011-2012. Int J Environ Res Public Health. 12(6): 6098-6114.
※血中濃度で測定可能な少量のPFASが見つかっても、必ずしも健康への悪影響が示唆されるわけではありません。
https://www.cdc.gov/biomonitoring/PFAS_FactSheet.html
[4] https://www.mncourts.gov/mncourtsgov/media/High-Profile-Cases/27-CV-10-28862/Complaint-123010.pdf
[5] https://www.epa.gov/pfas/pfas-strategic-roadmap-epas-commitments-action-2021-2024
[6] https://www.sciencedirect.com/journal/chemosphere/special-issue/10BTM6FQ2FW
本ページは2022年3月にピクテ・アセット・マネジメントが作成した記事をピクテ・ジャパンが翻訳・編集したものです。
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