もっと知りたいメガトレンド
肥満との闘いの行方
肥満 ~ もう一つの流行病~
世界は肥満が蔓延しており、新薬やデジタル・テクノロジー、包括的治療(ホリスティック治療)等、解決策を求める熾烈な競争が繰り広げられています。
1. はじめに
過去3年を通じて、ニュースの見出しを独占してきたかの感がある新型コロナウイルスは、健康に対する唯一の脅威でも重大な脅威でもありません。非伝染性疾患は増加の一途を辿っており、世界全体の年間死者数の3分の2近くを占めています1。肥満は、心臓病や糖尿病等の根本的な原因の一つでありながら、今のところ、これといった妙薬は見つかっていません。
肥満は、低所得層や相対的に貧しい国に、著しく偏って見られます。最新の研究では、糖分含有量の多い炭酸飲料2 と超加工食品3 の2つが肥満の主な原因であることが指摘されています。これらの食品には、高果糖コーンシロップのような合成甘味料なども、よく含まれています。
食生活を改善することは簡単なように思われますが、良質の食品は価格が高く、入手が難しいことに加え、従来以上に栄養教育が必要となるなど、様々な課題を克服しなければなりません。また、健康的な食品とは何かも明らかではありません。例えば、かつては健康的な食品だと考えられていたフルーツジュースは、現在では、糖分が多いという理由で、少量の摂取のみが推奨されています。EAT-ランセット委員会(持続可能な食糧生産と食生活の変革を訴える北欧の非営利団体)が推奨する、完璧に健康によい食事は、多くの人にとって明らかに価格が高過ぎる上、地域や国の状況も考慮されていません。
一方、正しい食生活が可能だとしても、肥満から逃れられるとは限りません。ストレスや睡眠不足等の諸要因が肥満リスクを増すからです。また、食事の質、身体活動レベル、ストレス管理等にかかわらず、親と子の肥満相関が高いという研究結果も報告されています。
幸いなことは、肥満に対する見方が大きく変わる兆しが認められることです。肥満症は、長い間、生活習慣に起因するものと見なされ、肥満症患者には生活習慣に問題があるとの不名誉な烙印が押されていました。しかし、現在では、治療と生活習慣の双方を勘案した多面的な治療法が必要であるとの認識が高まっており、治療費を保険適用とする保険会社も増えています。例えば、米国医師会は肥満を疾病として正式に認め、メディケア(米国の高齢者及び障害者向け公的医療保険制度)は、治療を必要とする疾病に指定しています(もっとも、全ての肥満治療に適用されているわけではありません)。また、米国連邦政府人事管理局は、2024年から抗肥満薬を公務員の健康保険の対象とすることを決定し、子供の肥満症対策を義務付けています。
2. 治療薬を探す
資金調達の見通しは、新しい治療法や予防の手段の開発に伴って改善しています。
ノボノルディスクファーマ(デンマーク)の体重管理薬、Wegoby(ウェゴビー)が米食品医薬品局(FDA)の承認を受ける一方で、イーライリリー(米国)の週1回投与の皮下注射薬、Mounjaro(モウンジャロ)も優先審査によりFDAの承認を得ています。治験データは、両薬剤ともに患者の体重を15~20%程度、減少させる可能性があることを示唆しており、複数の医薬品アナリストが、二つの薬剤の売上高の総計は数十億米ドルに達すると試算しています4。モルガン・スタンレーによれば、世界の肥満治療市場は、2022年のわずか24億米ドルから、2030年には540億米ドルに拡大する可能性があるとのことです5。
従来型の薬に加え、砂糖や脂肪に対する欲求を抑え、インスリン値を安定させる代替製品の市場が拡大しています。例えば、ノボザイムズ(デンマーク)の酵素溶液は、甘味を増すことで乳製品の砂糖の使用料を抑えることに貢献しています。
また、実験的な段階に留まるものの、マイクロバイオームと呼ばれる腸内細菌が肥満に及ぼす影響についての研究が進められており、初期治験では、特定の微生物を腸に入れると、マウスの体重増加を抑える可能性があることが示唆されています6。
「従来型の薬に加え、砂糖や脂肪に対する欲求を抑え、インスリン値を安定させる代替製品の市場が拡大しています。」
3. 包括的(ホリスティック)な治療法
包括的(ホリスティック)な治療も重要です。健康関連のアプリやウェアラブル・デバイス機器市場は既に巨大市場に成長しており、減量薬の服用プログラムとビデオ・フィットネスレッスンの組み合わせや、運動器具の販売と継続的な使用の促進を図ったオンライン・コミュニティの立ち上げ等、企業が多層構造のソリューションを提供する新しいトレンドも生まれています。
社会が肥満を複雑な病気と認めるようになれば、保険会社や国民健康保険が、予防やデジタル・ソリューションのための資金を増額する可能性も考えられます。
重要なことは、規制当局も大きな役割を担っているということです。メキシコ、英国、南アフリカを含む多くの国が、実験的に砂糖税を導入していますが、これまでの分析には、比較的控えめな量に留まるものの、消費量の削減に寄与していることが示唆されています。食品表示の透明性の改善や、低糖および無糖飲料の開発等、食品業界内の製品転換を通じた成果が上がっていることはほぼ確実であり、こうした傾向は今後も続く公算が大きいと思われます。
この他、対象を絞った農業税や補助金にも改善の余地があり、高果糖コーンシロップの生産意欲を削ぐような対策の必要性を主張する活動も散見されます。
再生可能エネルギーの分野では、深刻な課題の解決を図って、政府が野心的な対策を講じ、補助金を導入してきましたが、肥満の解決にも積極的な対策が講じられれば、科学技術の発展と消費意識の向上が相まって、死に至る可能性のある肥満症の拡大の阻止に寄与するものと考えます。
注1:ピクテのデータによる
注2:「インドにおける砂糖入り飲料課税による肥満と2型糖尿病の回避」、S. Basu共著(2014年)
注3:「超加工食品の消費と肥満リスク」、F. Rauber共著(2020年)
注4:ロイター(2022年)
注5:「肥満治療薬が新たなブロックバスター(超大型新薬)になり得ると考える理由」、モルガン・スタンレー(2022年)
注6:「ヒト用後発医薬品による腸内細菌の形成」、J.K. Goodrich共著(2015年)
【 投資家への提言 】
- 世界全体で6億5千万人以上が肥満に苦しんでおり、子供の5人に1人、成人の3人に1人が肥満症患者です。
- コンサルタント大手のマッキンゼーは、肥満が医療費の増加と生産性の低下を通じて、世界経済に及ぼすコストを年間2兆米ドルと試算しています。
- 食品・飲料業界は、より健康的な製品への転換を図っています。オックスフォード大学の調査によると、英国ではソフトドリンク課税の導入後、100mlあたり5g以上の糖分を含む飲料が全体に占める比率は52%から15%に減少しています。
- 医薬品アナリストは、処方箋が必要な減量薬や、肥満対策を目的としたデジタル・アプリケーション市場の急拡大を予測しています。
本ページは2023年1月にピクテ・アセット・マネジメントが作成した記事をピクテ・ジャパン株式会社が翻訳・編集したものです。
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