もっと知りたいメガトレンド





遺伝子治療における進歩

遺伝子治療:自然界のエラーを修正する

Share

Line

LinkedIn

URLをコピー

遺伝子治療の発展は、がんから遺伝性希少疾患に至るさまざまな疾病に苦しむ患者に新たな希望をもたらしています。



遺伝子治療は、医療技術の飛躍的な発展や技術進歩がもたらした可能性のおかげで、バイオテクノロジー生命工学分野で間違いなく最も期待される領域の一つと言えるでしょう。遺伝子治療は、すでに耐え難い痛みに苦しんできた鎌状赤血球症患者やデュシェンヌ型筋ジストロフィー症等、不治の病を患う患者を助けており、短い余命という課題も、近い将来に解決されるもしれません。
 

遺伝子治療の目標は、デオキシリボ核酸(DNA)の一部でありヒトそれぞれに固有の特性を決める情報を記録した遺伝子のうち、欠陥のある遺伝子の置き換えまたは修正によって治療に取り組むことです。遺伝子は、身体機能を決定するタンパク質を作るための設計図に相当するもので、突然変異と呼ばれる遺伝子の変異体が、設計図を書き換え、障害や疾病の原因となる欠陥タンパク質を作ります。

1950年代の二本鎖DNAの発見が遺伝子治療への道を開き、1980年代には、重症複合免疫不全症(SCID)を発症した4歳児の治療が初めて承認されました。SCIDは、免疫システム中の遺伝子の異常が原因の希少疾患です。治療は成功し、30歳代になった患者は健康な生活を送っています。現在、遺伝子治療は、死に至ることの多い重篤な疾患の治療に使われています。およそ2,400の遺伝子治療薬が開発段階にあり、その4分の1ほどについては臨床試験が行われています1

すでに米食品医薬品局(FDA)から承認を受けた12件の遺伝子治療薬には、痛みを伴う皮膚の水疱や開放創等の症状が現れる表皮水疱症治療用の塗り薬(クリスタル・バイオテックのビジュベク)、失明を引き起こす遺伝性網膜ジストロフィー治療薬(ノバルティスファーマのルクスターナ)、血友病治療薬(バイオマリン・ファーマシューティカルのRoctavian)、脊髄性筋萎縮症治療薬(ノバルティスファーマのゾルゲンスマ)、膀胱癌治療薬(フェリング・ファーマの Adstiladrin)等が挙げられます。

欧州では、致死性の希少性異染性白質ジストロフィー(MLD)等の遺伝性疾患治療に遺伝子治療が認められています。MLDは特定の脂肪の分解に必要な酵素が欠損しているために発症する致死性希少疾患で、脳や脊髄ならびに末梢神経等に、身体に悪い脂肪を蓄積させます。患者は小児期に発病し、運動障害や認知欠損に苦しみ、若年で死亡します。

遺伝子治療が開発されるまで、MLDの唯一の治療法は骨髄移植だったのですが、英国MLD支援協会のヴィヴィアン・クラーク(Vivienne Clark)会長によれば、進行をわずかに遅らせることは出来ても、成果はあがりませんでした。遺伝子治療の対象にMLDが選ばれたのは、患者の遺伝子に特有のエラーが認められるからです。20年にわたる研究から明らかになったのは、遺伝子治療を受けたMLD患者には、副作用が少ない上に進行中の問題がなく、薬を服用する必要もないということです。


新しい治療法や治療法の改善

CRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)の発見によって、新しい治療法の研究が加速しています。CRISPR/Cas9は、ヒトの体内に侵入したウイルスのDNA配列を検出し、その遺伝情報(ゲノム)を破壊することの出来る細菌免疫防御システムです。CRISPR/Cas9は、2020年のノーベル化学賞を受賞した発見で、細胞内の遺伝子の正確な修復を可能にします。「ノーベル賞の受賞後は、多くの患者を助ける可能性を秘めた、多様かつ創造的な手法でCRISPR手法を活用する企業が急増しています」と、国際的な提唱団体「The Alliance for Regenerative Medicine」の科学および産業部門担当シニア・バイスプレジデント、マイク・レーミッケ(Mike Lehmicke)氏は述べています。

CRISPR(クリスパー)とは、数十塩基対の短い反復配列を意味するClustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeatsの頭文字で、体内に侵入するウイルスから人間の身体を守る細菌ゲノムに存在する配列です。CRISPR/Cas9システムは、二つの分子で構成されています。一つは、Cas9と呼ばれる酵素で、「分子のハサミ」として機能し、任意の箇所でDNAを切断することが可能です。もう一つは、DNAと結合するガイドRNAで、Cas9に切断箇所を指示する役割を担います。CRISPR/Cas9を使って最近行われた治験は、異常な形状の赤血球が血管閉塞を起こし、激しい痛みを生じる鎌状赤血球症の治療の可能性を示唆しています。



高額な治療費

遺伝子治療は、費用とアクセスという大きな課題を抱えています。米国では、開発や製造のための費用と、治験や患者数が少ないことに起因して発生するその他の費用とを併せて40万ドルから200万ドルもの費用がかかることがありますが、米国以外の国でも状況は同様です。また、治療薬が治療の都度、ゼロから開発されることが多いため、高額の薬剤成分や追加的な治験が必要になることもしばしばです。

遺伝子治療は費用が高額であることから、多くの患者が治療を受けられず、低所得国や中所得国に住む患者は治療が全く受けられません。こうした状況は、特に、相対的に貧しい国で共通してみられる疾病があることから、アクセスの改善をめぐる議論を促しています。

問題は治療費だけではありません。遺伝子治療は最先端医療であるため、治療が受けられる施設が限られ、現時点では欧州に5ヵ所、英国には1ヵ所しかありません。

遺伝子治療の擁護者は、家族や介護者、医療制度に大きな経済的負担を強いる病気に対し、全く治療が行われない場合と比較して治癒が期待できるのであれば、その費用は正当化され、何百万ポンドもの資金が節約できると主張しています。MLDの場合に「込み入ったニーズを要する患者の、10~12年間の介護費用を考える必要があるのは、度重なる入院や通院、昼夜の自宅介護の必要性、子供の成長に合わせて定期的な交換を要する特殊器具、乳幼児期からの長い療養期間等に起因して発生する医療費や介護費用が必要となるからです」とMLD支援協会のクラーク会長は述べています。

The Alliance for Regenerative Medicineのレーミッケ氏もクラーク会長と同じ意見で、「治療開始時に何百万ドルもの費用がかかるなんて高過ぎると感じるかもしれませんが、発病後に必要となる生涯費用は2,500万ドルに達する可能性もあるのです。大局的に見れば、考えが変わります」と述べています。費用は明らかに高額ですが、最初に思ったほど高額にはならない可能性もあります。これは、製薬会社が新薬の発売時に設定する薬価が、製薬会社と患者の交渉の出発点とみなされているに過ぎないからです。実際に、英国の国民保健サービス(NHS)の例では、乳児期遅発型および早期若年型MLD治療薬Libmeldyの薬価が、発売後の交渉の結果、大幅に引き下げられています。

とはいえ、医療保険制度側は、遺伝子治療に特有の高額な費用を勘案し、現行の支払方法の代替案を提示すべきだと考えます。一つは、具体的で測定可能な治療成果と払い戻しを関連付ける方法で、実質的に、疾病の治癒が費用の削減を約束するものです。もう一つは「保証方式」で、薬代を支払った患者は、治療の効果が上がらなかった場合、製薬会社から一定額の払い戻しを受けられるというものです。また、支払い方法を、服薬開始時の一括支払いではなく分割払いにすることで、支払者の負担を軽減します。

 「遺伝子治療薬が、より多くの患者に普及した時点では、患者の予算に及ぶ影響を真剣に検討し始め、支払い方法を改善する必要があると考えます」と生命科学関連のコンサルティング会社、L.E.K.コンサルティングのパートナー兼マネージング・ディレクターを務めるアレックス・ヴァダス(Alex Vadas)博士は述べています。

「疾病にかかる生涯費用は2,500万米ドルに達する可能性があります。」

規模の拡大

遺伝子治療のサプライチェーンは、機能を促進させる薬剤や試薬の面でも改善の必要があると考えます。開発プロセスやテクノロジーは、主に学術的な観点から設計された、初期の開発研究に基づくものであり、事業面の規模を勘案して構築されたものではない可能性があるからです。「遺伝子治療薬の多くは、治療の都度、ゼロから製造され、製造量は、殆どの場合、200リットルから多くても500リットルに留まります。製造規模を拡大しようとする動きが見られるのは、生産量が多いほど、単位当たりのコストが下がるからです」とヴァダス博士は述べています。

製造の大半は米国と英国に集中しているため、温度管理や振動の最小化等、輸送や保管も課題です。個々の患者のニーズに合わせた、リアルタイムの製造は、サプライチェーンの管理に多大な労力を要することを意味します。「製造能力は、地域ごとに設定する必要があり、投資の拡大が必要ですが、資金調達は停滞気味です」とレーミッケ氏は説明しています。エレベート・バイオ(ElevateBio)、ヴィンタ・バイオ(VintaBio)、ベクター・バイオメッド(Vector BioMed)等の新興企業が生産のボトルネックの解消に貢献しています。

労働力のボトルネックも課題です。遺伝子治療の急速な発展が熟練労働者の確保を難しくしているからです。労働力の需給格差は、今のところ、製造、分析開発、検査、品質管理の分野に見られますが、今後は、製造分野の格差が最も拡大するものと思われます。業界調査によると、大半の企業に欠員があり、その3分の2が、欠員を補充するのに約3ヵ月を要しています。熟練労働者需要は2026年までに倍増することが予想され、業界の懸念材料となっています。

一方、メリットとして挙げられるのは、DNAやRNAのようなモジュール化された一連の技術に基づく、高額の「ブランド薬」とみなされ得る遺伝子治療薬の場合には、開発から治験までに要する期間が、薬剤標的に対する最適化を必要とする低分子薬に比べて、遥かに短いことです。ヴェーダ氏によれば、「遺伝子治療の場合、構想から治験にまでに要する期間は2年半ほどに過ぎず、創薬のための研究開発は、従来型の医薬品開発よりも遥かに迅速に進みます」。

遺伝子治療ならびに細胞治療市場は、2030年までに425億6,000万米ドル規模に達するものと予測されます。このことは、遺伝子治療が短期間の一回限りの治療として受け入れられ、患者の生涯を通じて恩恵をもたらすことを根拠に、高額な価格設定が正当化されるかどうかにかかっています。患者の遺伝子を恒久的に改変することの影響が未だ明らかになっていないことから、長期の安全性研究も必要です。また、薬価の設定者には、研究開発投資と患者のアクセスとの均衡を図るための新しい方法論が必要になるかもしれません。


[1] https://resources.perkinelmer.com/lab-solutions/resources/docs/whp-gene-therapy-industry-report-2021.pdf 
[2] ここで言及されている企業は、例示のためであり、直接的な提供、投資勧誘、または投資助言として考慮されるべきではありません。特定の企業や証券への言及は、その証券の購入または売却を推奨するものではありません。



投資家のためのインサイト

 

ピクテ・アセット・マネジメント、テーマ株式運用チーム、クライアント・ポートフォリオ・マネージャー、フローラ・リュウ( Flora Liu)によると

  • 近年、遺伝子治療の分野では、科学技術の目覚ましい発展と生物医学の革新が散見されます。生命を脅かす衰弱性疾患と闘う患者に新たな希望を与える遺伝子治療は、現在、12種類以上、発売されています。2023年には、希少疾患や癌治療のための画期的な遺伝子治療が、複数、承認され、英国では、世界初のクリスパー遺伝子編集技術を用いた治療が承認されました。フェーズ2あるいはフェーズ3段階の治験を実施中の新薬候補は280強にのぼり、今後、承認と発売の増加が見込まれます。

  • 遺伝子治療研究が大きな進展を遂げてきた一方で、事業化には複雑で進行中の課題があることから、経験豊富な運用マネージャーによる慎重な投資が必要です。また、新薬の発売後も、高額な費用、患者の複雑な病歴、製造規模の拡大、医療現場での人材育成の必要性等、遺伝子治療に固有の課題が山積しており、治療の普及を阻んでいます。

  • 医薬品業界が、技術の発展や投資の拡大を通じて状況を改善すれば、採算性も改善し、魅力的な長期成長と投資の可能性がもたらされると考えます。特異な遺伝子治療と強力な事業推進力を有するバイオテクノロジー企業は、こうした変革的技術を活用する上で有利な立場を築き、患者と投資家の双方に価値を提供しつつ、医療の進歩に貢献するものと考えます。
     

 


執筆者
エコノミスト・インパクト(Economist Impact)

エコノミスト・グループ(The Economist Group)が、企業や財団、NGO、政府などと連携し、サステナビリティ(持続可能性)、ヘルス、グローバル化などの重要なテーマについて、さらなるポジティブな変化の実現を目指して立ち上げた事業体。シンクタンクならではの厳密な分析力と、メディアブランドとしての創造性を兼ね備え、世界的に影響力のある人々を巻き込んだ独自のサービスを幅広い層に展開している。



本ページは2024年1月にピクテ・アセット・マネジメントが作成した記事をピクテ・ジャパン株式会社が翻訳・編集したものです。



関連する投資テーマ



もっと知りたいメガトレンド|最新の記事


人工知能(AI)はあなたの仕事を奪うか?



関連するオンライン専用ファンド


投資リスク、手続き・手数料等については、ページ下部に表示されているファンド詳細ページのリンクからご確認ください。




未来を創る企業に投資する

iTrustオールメガトレンド




先進国の公益企業が発行する株式に投資する

iTrustインカム株式




世界の環境関連企業の株式に投資する

iTrustエコイノベーション




スマートシティ関連株式に投資する

iTrustスマートシティ




先進国の公益企業が発行する株式に投資する

iTrustロボ




バイオ医薬品関連の株式に投資する

iTrustバイオ




世界のブランド企業に投資する

iTrustプレミアムブランド




世界のセキュリティ関連株式に投資する

iTrustセキュリティ




木材関連企業の株式に投資する

iTrustティンバー




お申込みにあたっては、交付目論見書等を必ずご確認の上、ご自身でご判断下さい。
投資リスク、手続き・手数料等については以下の各ファンド詳細ページの投資信託説明書(交付目論見書)をご確認ください。

iTrustオールメガトレンド

iTrustインカム株式(ヘッジあり)
iTrustインカム株式(ヘッジなし)

iTrustエコイノベーション

iTrustスマートシティ

iTrustロボ

iTrustバイオ

iTrustプレミアム・ブランド

iTrustセキュリティ

iTrustティンバー

投資リスク

基準価額の変動要因

  • ファンドは、実質的に株式等に投資しますので、ファンドの基準価額は、実質的に組入れている株式の価格変動等(外国証券には為替変動リスクもあります。)により変動し、下落する場合があります。
  • したがって、投資者の皆様の投資元本が保証されているものではなく、基準価額の下落により、損失を被り、投資元本を割り込むことがあります。ファンドの運用による損益はすべて投資者の皆さまに帰属します。また、投資信託は預貯金と異なります。

株式投資リスク(価格変動リスク、信用リスク)

  • ファンドは、実質的に株式に投資しますので、ファンドの基準価額は、実質的に組入れている株式の価格変動の影響を受けます。
  • 株式の価格は、政治経済情勢、発行企業の業績・信用状況、市場の需給等を反映して変動し、短期的または長期的に大きく下落することがあります。

為替変動リスク

  • ファンドは、実質的に外貨建資産に投資するため、対円との為替変動リスクがあります。
  • 円高局面は基準価額の下落要因、円安局面は基準価額の上昇要因となります。


基準価額の変動要因は上記に限定されるものではありません。

投資信託に係る費用について

投資信託に係る費用について

(1)お申込時に直接ご負担いただく費用:ありません。

(2)ご解約時に直接ご負担いただく費用:ありません。

(3)投資信託の保有期間中に間接的にご負担いただく費用 :

  • 運用管理費用(信託報酬) :毎日、信託財産の純資産総額に年0.6776%(税抜0.616%)の率を乗じて得た額とします。
  • 実質的な負担(投資先ファンドの信託報酬を含む実質的な負担) :上限年率1.2676%(税込)

(4)その他費用・手数料等:

信託事務に要する諸費用(信託財産の純資産総額の年率0.055%(税抜0.05%)相当を上限とした額)が毎日計上されます。
その他、組入有価証券の売買委託手数料等、外国における資産の保管等に要する費用等が、信託財産から支払われます。(これらの費用等は運用状況等により変動するため、事前に料率・上限額等を記載することはできません)。また、投資先ファンドにおいて、信託財産に課される税金、弁護士への報酬、監査費用、有価証券等の売買に係る手数料等の費用が当該投資先ファンドの信託財産から支払われることがあります。詳しくは、目論見書、契約締結前交付書面等でご確認ください。

当該費用の合計額については、投資者の皆さまがファンドを保有される期間等に応じて異なりますので、表示することができません。


個別の銘柄・企業については、あくまでも参考であり、その銘柄・企業の売買を推奨するものではありません。


●当資料はピクテ・グループの海外拠点からの情報提供に基づき、ピクテ・ジャパン株式会社が翻訳・編集し、作成した資料であり、特定の商品の勧誘や売買の推奨等を目的としたものではなく、また特定の銘柄および市場の推奨やその価格動向を示唆するものでもありません。
●運用による損益は、すべて投資者の皆さまに帰属します。
●当資料に記載された過去の実績は、将来の成果等を示唆あるいは保証するものではありません。
●当資料は信頼できると考えられる情報に基づき作成されていますが、その正確性、完全性、使用目的への適合性を保証するものではありません。
●当資料中に示された情報等は、作成日現在のものであり、事前の連絡なしに変更されることがあります。
●投資信託は預金等ではなく元本および利回りの保証はありません。
●投資信託は、預金や保険契約と異なり、預金保険機構・保険契約者保護機構の保護の対象ではありません。
●登録金融機関でご購入いただいた投資信託は、投資者保護基金の対象とはなりません。
●当資料に掲載されているいかなる情報も、法務、会計、税務、経営、投資その他に係る助言を構成するものではありません。

手数料およびリスクについてはこちら