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金利と株価
市川 眞一
2021/03/15

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概要

米国における市場金利の動きが世界の資産価格に大きな影響を及ぼしつつある。米国株式市場では、高い予想株価収益率を正当化してきたのは低金利と流動性、即ち金融政策だろう。FRBに政策変更の兆しがないなか、イールドカーブが右肩上がりの角度を広げたのは、ポストコロナ期を見据えた期待インフレ率の上昇、そしてジョー・バイデン大統領による大型の経済対策ではないか。イールドスプレッドを見ると、S&P500、NASDAQ総合指数共に2010年以降の平均的変動範囲の下限近辺に位置している。一段の金利の上昇は、米国株をバリュエーションから割高にする可能性があり、それが最近の株式市場の不透明感の背景と言えそうだ。他方、日本株に関し、日経平均のイールドスプレッドは割安感を解消するレベルまで低下した。日銀は長短金利操作付き量的質的緩和を継続する見込みであり、国内金利の上昇が株価調整の背景となる可能性は少ない。日本株の先行きを決定するのは、当面、業績の変化だろう。日経平均のEPS増減は歴史的に米国景気に依存しており、結局のところ、バイデン政権及びFRBが長期金利の水準をコントロール出来るかが、先行きの方向を決める鍵と言えそうだ。



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2010年以降の米国市場の予想株価収益率(PER)は、S&P500の平均が16.7倍、NASDAQ総合指数が21.5倍だった。足下、S&P500の予想PERは22.2倍、NASDAQ総合指数は32.5倍だ。歴史的に高水準の予想PERが正当化されてきた背景は、FRBによる金融緩和でバリュエーションが正当化されると共に、市場のリスク許容度が拡大したことだろう。

 

株式益回り(=予想1株利益/株価)から10年国債の利回りを引いた値であるイールドスプレッドは、株価に対して企業が生み出す利益と金利を比べたバリュエーション指標の1つに他ならない。一般にイールドスプレッドが高ければ株価は「割安」、低ければ「割高」と評価される。市場金利の上昇は、イールドスプレッドを縮小させることで、株価調整の要因となり得るわけだ。

 

足下、S&P500のイールドスプレッドは3.10%だ。2010年以降の平均は3.94%、標準偏差は0.97ポイントなので、2.98〜4.91%のレンジが統計上の標準的な変動範囲になる。現状はそのなかに収まっているものの、株式益回りが4.50%と2001年12月以来の低水準であり、これまでの堅調相場が低金利の恩恵により正当化されてきたことを示していると言えるだろう。

 

NASDAQのイールドスプレッドは、足下1.67%である。2010年以降の平均は2.62%、標準偏差は0.92ポイントなので、統計的な標準的変動範囲は1.69~3.55%だ。現状はこのレンジをやや下回っている。10年国債利回りが0.5ポイント上昇する場合、企業業績の予想に変化がないならば、現状のバリュエーションを維持する上でNASDAQは14.8%の下落が必要だ。

 

3月10日、米国連邦議会はバイデン大統領が求める1.9兆ドルの追加経済対策を可決した。給付金などによる需要拡大、国債の増発、両面から市場金利の上昇要因と言えるだろう。米国の経済・社会は新型コロナ禍を契機として転換期にあり、雇用回復のペースには鈍化が予想される。従って、FRBは緩和基調を維持、長短スプレッドの開いた状況が続きそうだ。

 

米国の金利体系を見ると、FRBのゼロ金利政策により、短期金利がほぼフラットな状態となっている。一方、5年債以上のデュレーションの金利は期待インフレ率の高まりから上昇し、イールドカーブは明確な右肩上がりとなった。FRBの政策に変更がなければ、長短金利差の一段の拡大は、金利裁定により市場金利の上昇抑制要因となることが考えられる。

 

日経平均のイールドスプレッドは、足下、4.16%になった。昨年3月は6.28%で株価に割安感があったものの、現在は2010年以降の平均である4.40%をやや下回る水準だ。日本の場合、日銀が10年国債利回りをコントロールしているため、国内金利が株価の変動要因となる可能性は低い。畢竟、ファンダメンタルズで重要なファクターは企業業績と言えるだろう。

 

日経平均のEPSは米国の製造業景況感指数に概ね連動してきた。自動車など主要製造業が米国周辺に生産拠点を設け、現地製造・現地販売により利益の多くを稼ぎ出しているからだろう。従って、バイデン政権の追加経済対策は、日本株にとり好材料と言えそうだ。ただ、米国における市場金利の動向が、資産価格を通じて景気に与える影響に注意する必要がある。

 

米国で長期金利がさらに上昇した場合、米国株のバリュエーションは「割高」を示すものとなる。従って、引き続き金利の動向がマーケットの鍵を握るのではないか。長短金利差の拡大が一段の金利上昇を抑制する可能性はある。ただし、バイデン政権が大型の追加経済対策を実施することで、当面、米国の債券市場の不透明感は続く見込みだ。一方、日本の場合、国内金利は株価の変動要因にはならないだろう。重要なのは米国景気の方向と言える。間接的ながら、米国株同様、日本株の先行きにも米国の長期金利が大きく影響する可能性が強い。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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