Article Title
北半球の猛暑が示す地球温暖化の深刻度
市川 眞一
2023/07/25

Share

Line

LinkedIn

URLをコピー


概要

北半球は記録的な暑い夏に見舞われている。7月の東京の平均気温は過去最高を更新する可能性が強まった。欧州は3年連続の猛暑であり、ギリシャ、スイスなどで大規模な山林火災が発生している。また、カナダでもケベック州で山火事が起こり、煤煙がニューヨークへ到達、米国のジョー・バイデン大統領が声明を発表する事態となった。日本、韓国、米国などでは豪雨による水害も深刻化している。これらは地球温暖化の影響による現象と考えるべきだろう。気候変動への関心がかならずしも高くないと言われてきた米国だが、人命に関わる自然災害の多発と共に経済的損失が拡大するなかで、対策を求める声が急速に増えているようだ。2020年11月の大統領選挙で『グリーン・ニューディール』を公約に掲げて勝利したバイデン大統領は、気候変動担当のジョン・ケリー特使を中国へ派遣するなど、積極的な動きを見せている。カーボンプライシングの導入、再生可能エネルギー、原子力の活用拡大など、日本を含めた各国の取り組みが加速するのではないか。



Article Body Text

■ 東京の平均気温は10年に0.2度のペースで上昇

気象庁がデータを持つ1876年以降、東京都心部の年平均気温は10年に0.2度のペースでトレンドとして上昇している。具体的には、1876年から20年間の平均気温は13.9度だったのだが、2022年までの10年間は2.5度高い16.4度になった。猛暑となった今年7月の平均気温は、2001、2004年に記録した28.5度を上回る可能性が高まっている。日本の温暖化は着実に進みつつあると言えるだろう。

 

 

■ 「非常に激しい雨」の回数は着実に増加

気象庁は、1時間に50㎜以上、80㎜未満の降雨がある場合を「非常に激しい雨」、80㎜以上ならば「猛烈な雨」と定義している。この激しい雨の発生件数は、年毎に大きな振幅があるものの、趨勢的には増加基調をたどってきた。特に、2018年7月の西日本豪雨、2019年8月の九州北部豪雨、昨年の東北地方豪雨、台風14、15号など、近年は大規模な被害を伴う水害の発生が多発している。

 

 

■ 産業革命を機に温室効果ガス排出量は急増

英国気象庁のデータによれば、世界の気温は1900年代に入って明らかな上昇トレンドになった。1850年からの50年間の平均に対し、2001~2022年までの直近22年間の平均気温は1.0度上昇した。この時期は産業革命により化石燃料の使用、温室効果ガスの排出量が急増した時期と一致する。過去170年間にわたる気温の変化は、温室効果ガス排出量と連動している可能性が強いと考えるべきだろう。

 

 

■ 山林火災は米国において深刻な問題化

米国では、平均気温の上昇に連れて、カリフォルニア州などを中心に山林火災が急増した。米国国家関係機関火災センター(NIFC)によれば、1990年代の野火による焼失面積が年平均1万3,450平方㎞だったのに対し、2020~22年の3年間は倍以上の同3万3,487平方㎞に達している。九州の面積が沖縄など島嶼部を除いて3万6,782平方㎞なので、年毎その9割程度を焼失したことになる計算だ。

 

 

■ 直近5年の平均は国土の6.3%

米国では、森林火災に加え、記録的な豪雨、巨大なハリケーンによる水害も深刻さを増しつつある。異常降水量を記録した地域の面積を5年間の移動平均にすると、トレンドとして増加傾向をたどってきたが、2010年頃からそれを上回るペースとなった。2020年までの5年間の平均では国土の6.3%に達している。これは、5年間の平均としては米国海洋大気庁(NOAA)がデータを持つ1895年以降で最も高い水準に他ならない。

 

 

■ 気候変動に関連した経済的被害は急増

ベルギーのルーヴァンカトリック大学によると、気候変動が影響した可能性のある自然災害、即ち旱魃、水害、山崩れ、地滑り、嵐、森林火災が世界に及ぼした経済的ダメージは、2020~22年の3年間における年平均で1,567億ドルに達した。1950~59年の年平均に対して実質ベースで36.3倍だ。これは、人命や生態系に関わる問題と同時に、経済的なダメージも看過できない規模に達したことを示すだろう。

 

 

■ 嵐・水害で全体の約8割を占める

2018~22年の5年間、地震や火山活動を含めた世界の自然災害による被害は7,182億ドルだった。このうち、嵐による損害が全体の5割を超える3,710億ドルに達し、水害の2,030億ドルが続いている。嵐や水害は直接、間接的に気候変動が要因と考えられよう。地球温暖化が人類の営みにより進んでいるとすれば、産業革命以降の急速な経済・社会の近代化は極めて大きな負の効果をもたらしつつある。

 

 

■ 経済的被害のうち北米が全体の47%

国・地域別では、自然災害による損失の48.0%が北米に集中している。ハリケーンや巨大竜巻による被害が、近年、非常に大きくなっていることが要因だろう。これは、米国が気候変動問題に真剣に取り組まざるを得ない状況を示している。2020年11月の大統領選挙で、グリーン・ニューディールを掲げたバイデン現大統領が勝利したのは、米国の有権者の意識の変化の一端を示していると言えるのではないか。

 

 

■ 北半球の猛暑が示す地球温暖化の深刻度:まとめ

地球温暖化による自然破壊、人命の危機、経済的損失は看過できない状況になりつつある。先行した欧州に加え、米国もバイデン大統領が主導して積極的な取り組みをはじめた。今後はカーボンプライシングにより経済的なインセンティブとペナルティを明確にした上で、再生可能エネルギー、原子力、水素(アンモニア)、さらにバッテリーの活用による化石燃料の使用削減へ向けた国際競争が一段と激化するのではないか。温暖化対策は、その深刻さにつられて、「コスト」から「投資」へ変化しつつある。

 


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


●当資料はピクテ・ジャパン株式会社が作成した資料であり、特定の商品の勧誘や売買の推奨等を目的としたものではなく、また特定の銘柄および市場の推奨やその価格動向を示唆するものでもありません。
●運用による損益は、すべて投資者の皆さまに帰属します。
●当資料に記載された過去の実績は、将来の成果等を示唆あるいは保証するものではありません。
●当資料は信頼できると考えられる情報に基づき作成されていますが、その正確性、完全性、使用目的への適合性を保証するものではありません。
●当資料中に示された情報等は、作成日現在のものであり、事前の連絡なしに変更されることがあります。
●投資信託は預金等ではなく元本および利回りの保証はありません。
●投資信託は、預金や保険契約と異なり、預金保険機構・保険契約者保護機構の保護の対象ではありません。
●登録金融機関でご購入いただいた投資信託は、投資者保護基金の対象とはなりません。
●当資料に掲載されているいかなる情報も、法務、会計、税務、経営、投資その他に係る助言を構成するものではありません。

手数料およびリスクについてはこちら



関連記事


トランプ次期大統領の「基礎的関税」 日本へのインパクト

ATDによる7&iHD買収提案が重要な理由

米国はいつから「資産運用立国」になったか?

米国大統領選挙 アップデート⑤

米国の利下げと為替相場