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日銀の利上げを制約する要因
市川 眞一
2024/12/17

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概要

12月18、19日、日銀は今年最後の政策決定会合を行う。それに先立つ11月27日、日銀は2024年度9月期の財務諸表を発表した。経常収益は前年同期比17.1%減の2兆8,521億円、経常費用は同308.3%増の1兆596億円、経常利益は同43.7%減の1兆7,925億円である。問題は、753兆円に及ぶ巨大なバランスシートだろう。2013年4月に量的・質的緩和を採用して以降、日銀は長期国債を購入する一方、マネタリーベースを市場に供給してきた。それが、貸出に回らず、市中銀行によって日銀の当座預金口座へ超過準備として積み上げられている。政策金利である無担保コール翌日物の金利を引き上げるには、同時に超過準備に対する付利金利を上げなければならない。それは、経常収益をETFの配当金と長期国債の利息収入に依存する日銀にとり、逆鞘による大幅な赤字を生む要因となり得る。結局、日銀は保有する長期国債が償還で入れ替わり、運用利回りが上昇するペースに合わせて、利上げのペースを決めることになるのではないか。



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■ ETFの配当金が1兆2,641億円

2024年度上半期は、為替の円安が一服したことで、前年同期に経常利益を1兆1,394億円押し上げていた外国為替関係損益が、今9月期は5,197億円の損失となった。つまり、為替は1兆6,591億円の減益要因である。一方、ETFの受取配当が1兆2,641億円に達し、経常収益全体の44.3%を占めた。保有する国債の利息収入9,636億円と合わせ、日銀の経常収益の大きな柱と言えるだろう。



■ ETFの貢献で評価益を確保

日銀が保有するETFの簿価は37兆1,861億円だが、時価は70兆2,573億円であり、評価益が33兆711億円に達している。長期国債の評価損が3月末の9兆4,337億円から13兆6,604億円へ4兆2,267億円拡大したものの、保有するETF、株式など有価証券全体では今上半期も大幅な評価益を確保した。もっとも、実質的にETFを売ることができない以上、評価益は飽くまで紙の上の数字に止まる。



■ 長期国債の評価損は債券取引損失引当金を上回る

日銀は保有する長期国債に関して、満期までの保有を前提に償却原価方式で評価している。従って、アモチゼーションによる均等処理分を毎期計上する必要はあるものの、この評価損が日銀の収益、経営に大きな影響を与えることはない。ただし、売却すれば損失が実現する。これは、日銀が出口戦略の一環で量的縮小を図る際、バランスシートを圧縮する上での大きな制約要因と言えるだろう。



■ 期待インフレ率は緩やかに上昇して2%へ接近

インフレ連動国債と10年国債の利回りから算出した市場が織り込む期待(予想)インフレ率は、足下、1.6%になっている。日銀がターゲッティングしているコア消費者物価上昇率は2%であり、まだその水準には達していない。ただし、円安による輸入物価の上昇やコメ価格の値上がりなど、基調的でない要因によるインフレ圧力は根強い。期待インフレ率の上昇もトレンドとして続くことが想定される。



■ 国債買い入れ分は概ね超過準備に積み上がった

2013年4月4日、黒田東彦日銀総裁(当時)の下で採用された量的・質的緩和の最重要ポイントは、日銀が長期国債を市場から大量に購入し、その対価としてマネタリーベースを供給することだった。日銀の保有する長期国債の残高に沿う形で、日銀当座預金に超過準備が膨らんだのは、供給されたマネタリーベースが、貸出を刺激することなく、そのまま市中銀行を通じて日銀の当座預金に積み上げられた結果と考えられる。



■ マネタリーベースの大量供給でも与信は伸びず信用乗数が急低下

中央銀行によって供給されたマネタリーベースは、信用乗数倍のマネーストックとなる。一般に信用乗数が一定であれば、マネタリーベースの供給拡大は市中銀行の貸出を増加させ、マネーストックが増えるはずだ。しかしながら、量的・質的緩和下において日本で起こったのは、信用乗数の急激な低下だった。結果として、日銀の当座預金勘定には、市中銀行による超過準備が積み上がったわけだ。



■ 資産の保有長期国債は負債の当座預金残高に対等

日銀が政策金利を引き上げる場合、超過準備の付利金利も上げることになるだろう。付利金利が低水準のままだと、市中銀行が市場運用のため超過準備を取り崩し、金融引き締め期に量的緩和状態となるからである。ただし、日銀が抱える超過準備は500兆円を大きく超えており、政策金利が1%上がる毎に年間5兆円の利払い費が増加する。これは、金融政策にとって大きな制約要因ではないか。



■ 利上げなら付利金利が長期国債の運用利回りを上回る可能性

今上半期、日銀の保有する長期国債の運用利回りは加重平均ベースで0.326%だった。既に超過準備の付利金利は0.25%へと上昇している。日銀が一段の利上げを行えば、逆鞘になる可能性が強い。ETFの配当などを計算すれば、まだ余裕はあるが、政策金利が0.5%を大きく超えた場合、日銀は赤字になるだろう。さらに利上げが行われると、日銀が債務超過に陥ることも十分に考えられる。



■ 日銀の利上げを制約する要因:まとめ


日銀のバランスシートは”too big to change”状態にある。政策金利である無担保コール翌日物の金利水準を上げるに従って、超過準備の付利金利を引き上げた場合、日銀のALMに深刻な問題が生じ、政策金利の水準次第で債務超過になる可能性は否定できない。従って、日銀は保有する長期国債が償還を迎え、より表面利率の高い国債に置き換えられることで、保有国債の加重平均利回りが上昇するペースを考えつつ、利上げを実施するのではないか。利上げのペースは緩慢なものになるだろう。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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